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意天  作者: 安藤 兎六羽
四章 仙
126/159

二十五、≪荊山≫、鳴動




 〓〓〓




――≪荊山≫に、≪三老≫、≪八洞仙≫あり。


 帝都庶人に親しまれる言葉である。


 ≪力牧真人≫を頂点とした≪荊山≫。

 その配下とみなされる者に、まず≪三老≫が在る。≪常喘仙≫、≪顛老仙≫、≪山稽仙≫――

 そこに≪力牧真人≫と、九百歳前、その≪力牧真人≫に眼球を譲った≪叢頡そうけつしん≫を加えれば、かつての≪黄帝≫下、≪五賢臣≫が揃う。


 ≪五賢臣≫のうち、≪力牧≫と、のちに≪三老≫と呼ばれる事になる三名――併せて四名は、≪荊山≫にて千歳前に≪黄帝≫を見送った・・・・

 ≪叢頡≫は、≪黄帝≫に近づこうと≪神≫となり御坐に坐る。

――見送った四名と、追った一名。


 その違いが、そのまま≪黄帝≫への忠義の篤さだとするならば、どちらがより≪黄帝≫に忠を尽くしているか。

 それは論の別れるものだろう。


 とにかく、≪黄帝≫の重臣であった四名は、只今も≪荊山≫にある。

……≪八洞仙≫とは、その四名の下に集まった八名の≪仙≫である。


 ある者は≪黄帝≫に誓って。

 ある者は四名の忠義心に打たれて。

 ある者はより高位の力を望んで。

 また、≪三老≫に挑み、降された者すらいる。


 ≪荊山≫の懐は深い。

 より多くの≪仙≫たる者を管理し、それらを管理下に置く事で、統御し、平穏を維持する――

 それが、≪力牧真人≫の≪意≫でもあるからだ。……数を治め、≪仙界≫を治めるという≪意≫。


 ≪八洞仙≫の≪荊山≫における位階は、≪力牧真人≫下にあり、また他山においても≪三老≫に次ぐ力を持つと認められる。

 また、≪荊山≫総勢一万を超える≪仙≫のうち、おおよそ七割は≪八洞仙≫の下にある。

 つまり、≪荊山≫の戦力の過半数は、この八名に握られている。


 それだけでは無く、≪八洞仙≫に許された事は多い。

 新たな下位の≪仙≫――道士の名を≪仙碑≫に刻む為の教導。

 ≪八洞≫の名が示すように、≪荊山≫において数多ある洞の中でも最大級のものを持つ事を許され、また、洞の≪仙≫を率いる事も許されている。


――守らねばならぬのは、三つの掟のみ。


 ひとつに、≪黄帝≫への忠誠。

 ひとつに、≪力牧真人≫への服従。

 ひとつに、帝域への関与の禁止。


 最後のひとつは、帝国創立から加えられたものである。

――曖昧で、強制力の低い掟。ゆえに、≪八洞仙≫を発端とした他山との諍いも少なくは無く、≪八洞仙≫同士の諍いも多い。

 さらに三百歳ほど前の帝国草創期までは、≪八洞仙≫の多くは人界を闊歩していた。


 この世の全域、処を選ばず多くの鬼怪が顕れた為であり、それを討ってはひとから物品を巻き上げる者もいた。

 また、己を崇め奉るように強制する者もいた。

 ≪仙≫たる身に、それらは必ずしも必要では無く、それは趣味の域と言っていい。


 ≪八洞仙≫といえども、元はひとの身。

 中央――≪荊山≫近くの諸侯に手を伸ばす者もあったし、美食美姫に耽る者もいた。

 もちろん、古くから在る≪八洞仙≫のうち半数ほどは身を慎んでいたが、欲得を追う者ほどある種の者を惹きつけるのも確かな事。


 そうして、そのような者ほど、多くの≪仙≫を従えていた。密かに≪力牧真人≫に取って代わろうとする者すら。

……そのような≪意≫など、≪叢頡神≫の眼が看破してしまう為、実現するには至らなかったが。

 ≪力牧真人≫と≪三老≫の四名にあしらわれ、≪極南山≫あたりに戦を仕掛けて疲弊させられる事が常だった。


 それが二百五十歳前に≪竜帝≫が立って以来、大きく様変わりした。

 ≪仙気≫を纏う≪仙≫は、巫術によって別けられた人界――帝域では、存分に力を振るう事が出来なくなったのだ。


 弱い≪仙≫は、もう、少しだけ操気が巧く、少し強いだけのただのひとと変わらない。

 ≪八洞仙≫クラスですら、かなり弱くなる。具体的には、高位の≪怪≫に手を焼くほど。

 やたらに帝域をぶらぶらする事すらままならない。


――こんなものか。……≪仙≫たる身の力とは、この程度のものか――


 溜まっていく鬱憤フラストレーション。≪八洞仙≫が元となる≪仙界≫の諍いが増える。あまりに≪仙界≫が乱れれば、人界――帝域にも影が及ぶ。

 ≪気≫が千切れ、大きな≪異気≫が産まれ、また強い≪怪≫を産む。

 強すぎる力、抑えの利かない力は、時に思わぬ災厄を齎す。


 ≪荊山≫を初めとした≪仙界≫は、≪怪≫の駆逐に躍起になり、あたら無駄に≪仙≫の命を散らす事となる。

 ≪力牧真人≫には、大問題である。≪仙≫たり得る者は万に独り以下。補充はなかなか利かない。

 しかも、≪荊山≫が発端の≪怪≫であるならば、≪荊山≫が討つが筋である。


 ≪荊山≫の力は削がれても、他の五山の力は衰えない。≪仙界≫の均衡が崩れかねない。≪炎陵仙≫などは、本気で≪荊山≫を仇と考えている。

 ≪力牧真人≫にとって最も厄介な事は、手に余る≪八洞仙≫ほど、腰が重い事だった。

 ≪仙≫としての、力を示したがって、帝域に赴く事を嫌がる。


 無理に行かせようとすれば、≪不山≫あたりに逃げようとする。

 しかたなく、≪力牧真人≫が信を置ける洞を動かせば、力を減ずる。

 ゆっくりと、≪荊山≫の力は減じて行った。


 しかし、おおよそ百歳前、また風向きが変わる。

――帝国内乱である。


 

 その時に、≪八洞仙≫のうちふたりが≪死≫した。

 ≪五岳≫に挑み、ひとり。≪澄清真人≫の手により、ひとり。

 数百歳、変わらなかった≪荊山≫の景色が変わる。


……≪力牧真人≫が適度なガス抜きに、≪仙界≫の争いを利用しようと案出したのは無理も無かったのかもしれない。その相手に、力の衰えない≪極南山≫を択んだ事も。

 二百五十歳前と現在とでは、≪仙≫に求められるもの、≪仙≫が求めるべきものは大きく違う。

 ≪仙≫とは、択ばれ、択んだ者であった。


――そして、現在。

 ≪仙≫とは、無用の長物に近く、≪仙≫はただ時を徒に費消する事を求められる。

 だから、≪仙≫はただ永久に近い時に、完結する事の無いようなものを求めねばならない――


……それが、今の≪仙≫の資質である。

 それに気づいている者が、≪仙≫の中に、≪力牧真人≫以外にどれほどいるだろうか?

 いや、≪力牧真人≫ですら気が付いていないかもしれない。


――彼が、永続するはずの≪仙界≫という舞台上での勢力争いパワーゲームの、とりことなっている事に。




――その、彼の永遠の城が、今揺れていた。……物理的に。




「≪廟≫が騒がしくはありませぬか?」


 ≪荊山≫中層、最上部――

 五山中、比較的なだらかな≪荊山≫の中層域の頂点。斜面から横に飛び出たかつての噴火口痕、≪荊山≫に付随したカルデラ湖のほとりに集められた≪八洞仙≫のひとり、≪藍麓らんろくせん≫が言った。

 雲を透かしてうっすらと≪黄帝廟≫が目視できるここには、既に発った≪灰髯かいぜんせん≫と、≪緑鶯ろくおうせん≫以外の≪八洞仙≫が集まっている。


 首を傾げる≪山稽仙≫。

 そこに、大気を震わせる衝撃が響く――

 顔を見合わせる≪八洞仙≫一同。元は、どう考えても、頂上――≪黄帝廟≫。


「――まさか――」


 ≪山稽仙≫の顔色が変じたのを見て、古仙のひとり≪褐鰐かつがくせん≫と、百歳前に≪八洞仙≫へと登った≪櫨剛ろごうせん≫が、≪仙気≫を固めて中空を駆け上がる――

 二仙は特に、血気に富み、≪荊山≫では大きな勢力を持っている。

 それを追うように≪碧庸へきようせん≫がまた宙を駆ける。彼の洞がここから一番近い。おそらくは、洞に残る≪仙≫を集めるつもりなのだ。


 ≪香苑こうえんせん≫と、≪緑青ろくしょうせん≫が居残り、初めに口を開いた≪藍麓仙≫と伴に不審と驚愕の眼差しで、呆けたような≪山稽仙≫を見つめる。

――≪八洞仙≫のすべてが気づいたのだ。気づかないわけが無い。

 黒々とした、≪異気≫の柱が、≪荊山≫頂上から立ち上っている事に。


 ≪異気≫の源など、只今、≪荊山≫に迎えられているという火種――≪神怪≫以外に考えられない。

 ≪八洞仙≫のうち、最も≪力牧真人≫に近い三名は、これも詐術の一環・・・・・では無いのか――そう、考えて立ち止まっていた。

 詐術――≪力牧真人≫の心の裡では、既に≪極南山≫との戦における犠牲者が決まっている。≪八洞仙≫のうちのふたりを嵌める詐術。


――だが、みるみる蒼くなる≪山稽仙≫の顔に、三名は悟る。

 これが、非常事態である、と。



――そして、彼らは二度目の衝撃に晒される。

 心的衝撃に。

――≪異気≫が、≪黄帝廟≫の屋根を薙ぎ払っていた。




 ―――




「≪神怪≫!」


 隣を駆けながら放たれた≪櫨剛仙≫の狂喜の言葉に、≪褐鰐仙≫は僅かに平静を取り戻す。

 ≪八洞仙≫のすべてが知っている。この≪荊山≫に≪神怪≫がいる事を。

 そして、≪八洞仙≫のうち四名が承知している。その≪神怪≫が、≪極南山≫との戦の間接的な火種になり、≪八洞仙≫のうち二名が亡びる予定だと。


 火種は、火種にしか過ぎない。ここで、騒動が起きるなどという事は想定外のはずだ、そう≪褐鰐仙≫冷えた頭で考える。

 それとも、予定が変わったのか。いや、違う――


――≪力牧真人≫ともあろう御方が、≪黄帝廟≫のうちで争いを求めるはずが無い――


 衝撃音。

 それとともに、飛び散る、宮を飾る屋根の破片――


 それを眼にして、≪褐鰐仙≫は確信した。


――これは、真の騒乱である――



 だが、≪尸仙≫たる≪褐鰐仙≫は、まだ気づいていなかった。



…………突然だが、≪仙≫になるには三つの方法がある。


 ≪神≫やその係累が≪仙≫になるのがひとつ。≪火聖真女≫がその最も顕著な例である。

 ≪黄帝≫の臣――≪神格≫であった≪力牧真人≫、≪三老≫もそれに含まれる。


 次に、≪尸鬼≫が≪仙≫になる例。この世の≪仙≫のほとんどがそれだ。


 最後に、生きたひとが≪仙≫に転んだ≪転仙≫――長双や≪伯夷真人≫のような、それである。


 これら三者に明確な力量差があるわけでは無い。

 ただ、この世の中層――≪仙界≫の≪仙気≫により馴染むか、否か。≪仙≫の力量とはそれによって決まる。

 だが、ふつう≪尸仙≫ならば生前よく≪気≫を操った者ほど強くなり、下手だった者ほど弱くなる。操気自体を≪意≫して行う事が出来なければ、死後、≪仙≫となる事は適わない。


 ≪神≫や≪神格≫は、≪仙≫になると≪仙気≫によって力が弱まる事が多い。

 また、≪神≫から墜ちた時に心――器を損ねてしまう者も多い。≪意≫が戻らないからだ。

 そうすると単に程度の低い悪神となるか、≪仙碑≫に名を刻まれても≪仙気≫に弾かれる事となる。それらの行く末は、消失だ。


――≪仙気≫は中庸を好む。

 ≪白帝≫がそのように創ったのでは無く、あまりに≪意≫の弱い者は≪仙気≫を纏う事すら出来ず、あまりに力が弱く器の小さいものは触れられ無い。また、あまりに≪意≫が強すぎる者は≪仙気≫の操作に適さない。≪仙気≫とはこの世で最も繊細なもの・・である。

……ひとでありながら、≪仙気≫満ちる≪仙界≫に触れた者――そのうちでも、≪仙気≫を纏う事が適うほど操気に長け、己が≪意≫を遵える事が出来た者だけが――生きながら≪仙≫へと転ぶ。



――だからこそ、≪転仙≫は≪仙界≫における≪仙≫の中で最も強いと言われる。

――≪転仙≫。それは、≪仙界≫にあって、初めて本来の力を示す者だ――



「――≪荊山≫に属する、≪仙≫の御方でしょうか?」


 ≪褐鰐仙≫と≪櫨剛仙≫の眼の前に迫った≪黄帝廟≫の門前に三つの人影。静かだが良く通る声――朱蝶ならば「マイルドな声」だと言うであろう声が、掛けられた。

――≪褐鰐仙≫はそこで漸く気がついた。彼が決して敵し得ない存在の登場に。


 古くから≪仙≫として、≪荊山≫に属する≪褐鰐仙≫は知っていた。

 ≪力牧真人≫の義弟、ここ千歳ほどで唯一の≪転仙≫――≪伯夷真人≫を。

 だからこそ、瞬時に気づいた。……気づいてしまった。


「――≪転、仙≫」


 ≪褐鰐仙≫が慄き、呟く横で≪櫨剛仙≫が怒鳴っていた。


「――何者だっ! ここを≪荊山≫が≪黄帝廟≫が門前と知って、ここまで来たか! 単なる≪仙≫は御坐に近づく事は許されておらぬっ!!」


「≪火聖真女≫様に、地脈とやらを開いて貰ったのですが……そうですか、ここが≪荊山≫とやらですか……」


 その呟きに、怒りを滾らせる≪櫨剛仙≫と、慄きに身を震わせる≪褐鰐仙≫。

 ふたりの上から、陽光に輝く黄金の粉塵が舞い落ちていた――



――一方、微笑を溢す中央に立つ男は、かつて己の邸宅にて暇を持て余していた時、ふと考えた事があった。

 自分の纏う≪気≫がどこまで空に向かって伸ばせるのか、という事を。

 それは、本当に単なる暇潰しの為に過ぎなかった。


――だが、男は知らずに≪仙気≫に触れてしまった――


 ≪仙気≫は中庸を好む。……彼が、中庸に相応しいかどうか、論の別れるところではあろうが、とにもかくにも≪仙気≫は彼を択んだ・・・


 そんな男が、今、ふたりの≪仙≫の前でいつものように微笑んでいた――


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