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意天  作者: 安藤 兎六羽
四章 仙
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二十三、≪力牧真人≫の≪意≫

えー、前のお話にて、≪常喘仙≫の「≪朱蝶≫と連れを、≪極南山≫を窺っていたほかの≪三老≫が迎えに行った」というセリフが抜けていたので、付加させて頂きました<(_ _)> 引き続き、『意天』をお楽しみください(陳謝)

――弁明。……弁明ねぇ。


「……み、みなさんは『無知の知』ってヤツを知ってるでしょうか? し、知らないことは恥ずべきことでは無いんです。……問題は、誤認した事実を、真実だとすることでして……」


「――我らが何を誤認しておる、と?」


 片目の奥の瞳をぎゅるぎゅる動かしながら、≪力牧真人≫はなんだかこっちを嘲るみたいな感じで問いを放つ。

 何を下らないこと、言ってるんだ? みたいな。

――ただ、顔は無表情。その表情はどこか、皐山の≪神≫を思わせる。声には感情が搭載されてて、顔は無表情。不気味だけど、それ以上に違和感がある。


「わざとじゃ無いかもしれないじゃ無いっすか?! ほら、おひい様たちが勘違いしてたとか、そういう――」


「――≪神怪≫よ。この≪荊山≫は、貴様らを護った。それを主に報せ、古き盟いを守るように警告をしようとした≪常喘≫どのを嬲る、……それを誤りで済ませと言うか?」


 声色に変化。責められてるように感じる。低く抑えた怒声って感じのバリトンボイス。

 でも、なんなんだろう? ――なんか違和感が強くなる。


「――いやいやいや、俺にもワケわかんねえっすけど! 弁明とか、無理だけど! それでも――」


「……然様か。こちらの使者が殺されかけたのだ。……≪巫姫≫の僕たる貴様、そして、そこなひとは皐公国の官にあるな……≪顛老≫どのは≪仙器≫を、≪山稽≫どのは≪八洞仙はちどうせん≫に戦の備えを呼びかけて下され」


 怒声から、平静そのものの声へ――

 キレイに切り変わる、声に載せられた感情。……これは?

――いや、その前に!


「――弁明! 弁明します! させて下さい!!」


 俺は挙手した。

 でも、≪力牧真人≫と≪三老≫は無視する。


「≪帝器≫はよろしいので?」


「陛下の御坐を損なう事もあるゆえ。……≪仙器≫にて。それと、大狼煙おおのろしを御願い致そうか。……一応は≪霊恝れいけい≫どのに問わねばなるまい」


 一礼した≪顛老仙≫が巨体を躍動させて、大広間の奥へと消えて行った。


「待て待て待て!」


「≪八洞仙≫にはなんと? また、帝都へは如何に申し上げるか?」


「まずは、≪極南山≫と事を構える、と。――今上帝には、≪八洞仙≫がうち緑鶯ろくおうあたりを遣わせて下され。確か今上帝の覚えもめでたいはずゆえ。……それと、かの悪神らがおるならば、≪孟邑≫へも使いを送らねばなりませぬな」


「≪八洞仙≫が灰髯かいぜんあたりで如何か?」


「お任せ致す」


 ≪山稽仙≫も一礼すると巨躯を揺すって、≪黄帝廟≫の入口へと駆ける。


「だから、待ちなさいって!」


 ふたりのマッチョを見送った、最後のマッチョ――≪常喘仙≫が口を開く。


「……しかし、≪力牧≫どの。かの≪赤螭竜せきちりゅう≫ならば、早くもこの≪荊山≫に到る事が適うのでは?」


 お? 援軍来るの?

 マジで? 竜に乗ってみんな来ちゃう感じ?


「――ふむ、確かに今、この眼にて見たところ、≪火聖真女≫と≪巫姫≫と≪女神のはらわた≫の姿は無かった。竜脈に入ったと見るべきでしょうな。……ふつうの竜ならば竜脈を辿ったとて、九日はかかりましょうが」


 ぎょるぎょる動いてる瞳は、みんなの姿を探してたのか?

 あれ? ……九日? なんかおかしくないか?


「……しかし、人界をゆるゆる進んでいた者らが、それほど安易に攻めて来るものか。こちらには陛下の遺された≪帝器≫があるは承知のはず。どちらにしても人界の時・・・・にして、あと一日ほどは猶予があると考えるべきでしょう。……≪神怪≫よ。妙な望みは捨てる事よ。……さて、貴様にほかに言う事はあるか?」


 えーー。そんなに戦う気まんまんなのに、今さら何か言え、って言われてもさぁ。

……てゆーか、その前に、やっぱ何かおかしく無い?


「……その前に、計算おかしくないっすか? だってそこの≪常喘仙≫さんは、十日でココに着いたんでしょ? だったら、みんなが竜に乗って助けに来てんなら、そこの≪常喘仙≫さんより早く到着しててイイじゃないっすか?」


 そう、だって言ってたじゃないか。「地脈を渡ると一瞬で十日経つ」って言ってたのは、≪力牧≫先生じゃん。

 それがなんで、九日で到着する竜よりも、この≪常喘仙≫のほうが早く到着してて、それでも一日猶予があるなんて話になるんすか?

 俺の疑問に、≪力牧真人≫は無表情のまま応える。


「御坐を有する頂きは、時の流れが人界に比して総じて速い。それは、≪●≫の根に近づくほどに乖離かいりする。最も速いのは、最も丈高き≪崑崙≫。あまりの速さに星が尾を引いて見ゆる。……ここ、≪荊山≫は五山のうちでもなだらかだが、それでも人界で旬が流れるうちに、こちらではおおよそ旬と五日ほどが流れる」


 ああ、そう言えば、≪白帝≫も「≪崑崙≫の時は断たれてる」って言ってたっけ?

……つまり、時間が相対的に流れてるってこと?

 でも、あれは光速に近い乗り物に乗ると、時間の流れがゆっくりになるって話じゃ無かったっけ?


 うん? つまり、それとは逆の現象なのか?

 浦島さん家の太郎さんは、何日か竜宮城にいたら、地上ではウン十年と経ってました――俗に言う「浦島効果」だっけ?

 そうすると、御坐の頂きって言うのが、地上の漁村で、こっちの世界での地上――人界が、水の底の竜宮城に対応するのか?


「……はぁ」


 そのあたりはよくわからんが、とりあえず頷いとこう。


「地脈とは≪●≫の下流にして、ふたつの場・・・・・を無理やり繋ぐもの。……地脈を渡る刹那、ふたつの場の時の流れが異なるならば、半ばは発った場に、半ばは着いた場に依った時の流れとなる」


「……へぇ」


「つまり、人界から≪荊山≫、≪荊山≫から人界に地脈を渡って到るならば、掛かる時の旬のうち五日は、≪荊山・・の時に依り・・・・・、もう五日は、人界の時に依る・・・・・・・事となる。……すなわち、≪荊山≫での五日は人界での三日と三分の一となり、地脈を渡る時の流れは、人界の時の流れに換えると八日と三分の一ほどとなる」


「……マジっすか?」


 なんか超理論キタ。

 待て。するってえとどうなる? お山の上は≪世界の法則ルール≫に近づくほど、時間の流れが速くなる?

 時間の流れが速くなるっていうのは、≪世界の法則ルール≫が静止状態にあって、逆に人界が……極端な話、光に近づく速さで動いてるってこと?


――んな、阿呆な!

…………いや、光の速さってのは極論なんだけど。お茶目な顔の写真で有名なアグレッシブな髪型のおじいさんが予言したこと。それに近い現象が、こっちの世界では日常的に起こってる?

 そうだ。あれだ、≪大荒≫行った時だ。あん時も、俺と龍は十数分≪大荒≫に居ただけだったのに、ムーの村とかおひい様たちは数時間が経ったって言ってた。


 あれこそまさに「浦島現象」だ。相対的な時間の流れってヤツ。高速で動くものは、時の流れが遅くなるってヤーツ。

 つまり、俺と龍が突き抜けた≪気≫の壁――アレが地脈に近いものだった、と。

 で、どうも≪仙≫が利用する地脈は、時の流れが遅い・・んだ、と。……光速なのか? 地脈は光速で流れてるのか?


 俺の身体の支えが急に無くなった。

 隣を見れば、俺と一緒に≪大荒≫に行って不思議体験をした相棒が四つん這い状態で、うんうん唸ってる。

……そう言えば、コイツは計算とかが割りと苦手だったね。


「加えて、貴様らがここで過ごした旬、人界では六日と三分の二ほどしか、時が流れておらぬ。……≪伯夷≫どのの言葉を借りれば『≪●≫とは時を伸び縮みさせる』という事になるのだが……」


 万能か! ≪世界の法則ルール≫、万能なのかっ?!

 いや、≪世界の法則ルール≫なんだから、当たり前っちゃ当たり前なんだけど……。

 万能、って言うよりは、そうできている・・・・・って言う感じがするんだけど……。



「――偽りは口にしておらぬ」


 ≪力牧真人≫は相変わらず、皺の刻まれた無表情でそう言った。

 その言い方、なんか引っかかる。

 ≪三老≫の「悪逆に反応する」って言うのもそうだけど、なんか、こう――


「なるほど。確かに『旬ほどで≪荊山≫に着く』と言うた。……それは人界の時の流れであって、≪荊山≫の時はまた異なる・・・


 ただ、その片目だけが半ば開かれ、溶接されたようなふたつの瞳だけが忙しなく動いている。

――≪力牧真人≫は、何見てるんだ?


「――なんか、変ですよね?」


 瞳の動きが止まった。

 片目のふたつの瞳が、俺を見る。


「急に、タイミングよく≪堺陽≫に≪三老≫なんて強そうな≪仙≫が出て来たこともそうだし、≪神≫なんかに追われてる俺を庇うのも考えてみりゃおかしい。……その上、アンタはどうも話を戦争に持って行こう、持って行こうってしてるように見える……」


 ≪力牧真人≫の隣の≪常喘仙≫の顔が強張ってる。

 あ、これ、ビンゴっぽい?


――初めて、≪力牧真人≫の頬に表情が顕れる。

 場違いにも、穏やかな微笑み。


「……なるほど。ただの阿呆では無い。≪白帝≫様が眼を付けられただけはある」


 褒められた。ちょっと照れるけど、そんな場合でも無いな。


「……それで……戦争がしたいんすか?」


 眉根をハの字に寄せる≪力牧真人≫。


「望んでいるのは儂では無い。……まずは、ここ≪荊山≫の数多の≪仙≫がそう望んでおる。次に、≪仙界≫の均衡。最後に、帝域における均衡じゃ。……それらが、それを求める」


 ゆっくりと眼を閉じた≪力牧真人≫。

 その声は、実に穏やかで、さっきまで感じてた違和感は少しも無い。

――さっきまでの違和感は、たぶん、感情を使用・・してる・・・ように見えたからだろう。――これが、本音なんだ。


「この眼は、≪神≫へと登った、かつての同胞より譲られた。……あれは儂らと同じく≪黄帝≫陛下の直臣にして、秀でた者ではあったが、今は≪●≫に半ば≪意≫を削られておる。……つまりこの眼は≪●≫の理法に遵って、均衡を望む」


 儂とて≪荊山≫を率いる者。そう唯々と従うわけも無い。

 呟くように補足する、≪力牧真人≫。


「……じゃが、利が合わさる事はある。この眼を用いれば、先を幾許か見通せる。……帝域――ひとの平穏と、≪仙界≫の安寧は、儂が唯お独り仕える御方の遺命じゃ」


 そう言って、≪力牧真人≫は大広間の奥を見た。

 今は閉じられた扉の奥にあるはずの、空の玉座を。


「遠からず、大乱が起こる。……火種はまずは≪巫姫≫。そして、≪極南山≫と≪雷名≫によって齎される。……百歳前の≪鬼邦≫と≪澄清真人≫など、比にならぬ」


 予言みたい。

 でも、それを確固とした事実のように、≪力牧真人≫は語る。


「あれら二名はただでさえ、ひとの身に余る力を持っておる。……特に≪神怪≫。貴様が顕れてより、それが加速しておる。……本来ならば、≪巫姫≫が乱の火種となるは、数十歳も先であり、≪雷名≫はこの≪荊山≫に来る。……そのはずが、ここ数か月で星が変わる変わる」


 俺のせい?

 いやいやいや、まさか!


「火種が小さいうちに摘み取り、≪極南山≫の力を削ぎ、ついでに御山の≪仙≫どもも纏まり、少々、手に余る者の数を減らす。……これにて、均衡は保たれる、というわけじゃ」


 えぇーー? なんか、雑じゃないっすか?

 俺は戦争する為の理由に使われたってことっすか? 俺の扱いが誰より雑じゃないっすか?

 それに、じゃあ今までの茶番はなんだったの? てゆーか、どこまでが茶番で、どこまでが本気だったの?


「……さて。貴様には、≪巫姫≫の下に逃げ戻って、この≪荊山≫の戦支度と戦の理由が、≪極南山≫と≪巫姫≫の暴虐に因る事を伝えて貰おうと思うておったが。……思うたより、貴様は危ない」


「…………マジっすか? そうでも無いと思うんすけど?」


 ≪力牧真人≫は穏やかに微笑み、眼を開いた――


「種明かしも済んだゆえ、≪異気≫が効かぬうちに貴様には消えて貰おう」


 動いた視線の先、なんか長い槍とか、斧とか、剣を持ったマッチョじじいこと、≪顛老仙≫が駆けてくる――

 あ、さっき言ってた≪仙器≫ってヤツっすか?


――おいおいおいおい!

 ちょっとちょっと! 今、俺、≪異気≫使えないから、身体強化できないんすけど! 片足も折れてるんすけど!

 龍、龍! 逃げよう! こんなとこおさらばしよう!


……とか、思ってたら、龍が床に手を突いてなんかやってる。

 踏ん張ってるの? 何をそんなに力むことあるの?


「ひとよ。……なるほど、儂らに手を出せずば≪黒竜≫の抜け殻を剥がそう、……と?」


 ≪力牧真人≫が微笑ましげに龍を見つめる。

 おお! ナイスアイディアなんじゃ無い?


「無駄な事を……ただのひとたる貴様が……」


 そこで≪力牧真人≫の顔が固まる。

 うん? 何?


(……これは)


『≪竜気≫か――っ!!』


――は?


「――なぜ、ひとたる者が≪竜気≫を――」


「――存じませぬっ!!」



――≪黄帝廟≫に龍の、ふんぬらばー、って声と、床を剥ぐ音が響き渡った――

 


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