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意天  作者: 安藤 兎六羽
四章 仙
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十四、朱蝶、開眼(?)



「竜めっ! 獣の血の臭いをさせおって! ……さては、眷属らを食らったな!」


『猫どもが、こちらの頭上を泳いでいたのが悪い。……≪獣神≫!』


 そいつは竜と会話をしてた。

――四つん這い――短距離走のクラウチングスタート、それをガニ股にしたみたいなポーズをとってる。

 振り返った道の先にはそんな女がいた。


 天に向かって突き上げられたお尻から、真っ直ぐ垂直に毛羽立った尻尾が伸びてる。

 そして、頭というかこめかみのちょっと後ろぐらいに獣の三角形の耳が生えてる――


「ケモっ娘――」


――いわゆる獣人。

 俺は、そんなものこの世界にはいないと思ってた。

 だって、この世界の人間はみんな東洋系だし、ムーのひとたちだって肌がちょっと黒いだけでふつうの人たちだった。


 亜人種的なのとか、エルフなんかいないモンだと思ってた。

 だけど、眼の前――建物と建物の間――道の先にソレはいた。


 しかも、巨乳。

 前傾姿勢の為に、豊饒の谷間が着物の襟の合わせ目から覗いてる――



――その時、俺の中の何かがキレる音がした――




 〓〓〓




――突如、激しい悪寒に≪白≫は襲われた。

 宙を舞う竜の姿を見て、四つ足で駆けて来たのに、≪白≫が悪寒を覚えているのはその竜の怒気の為では無い。

 朱蝶だ。かの≪神怪≫の眼が、闇夜の中で尋常では無く爛々と輝いている――



『――≪獣神≫め! ≪人帝≫の領野にて、何……――?』


 吐き捨てるように念話で怒声を発する竜。

 だが、その竜も≪白≫の視線の先に気づいたらしい。



「――フザケんなよ――」


 呟き。

 朱蝶がこちらを見ながら、呟いていた。


「……カワいいものとカワいいものを足したら、もっとカワいい? ――バカにすんのも、大概にしろっ!!」


 怒声。いや、絶叫に等しい――

 なんだ? 何を言っているんだ?

 ≪白≫は固まりながらも、僅かに首を傾げる。


 それを見て、朱蝶が左手で己の胸を抑える。指を這わせ、胸を掻き毟るようにしている。

 なんだ? いったい、何があったと言うのだ?


「……塩分を摂り過ぎたから、そのぶん糖分を摂ってバランスを取ればイイよね? ……っていうアレか? そういう発想なのか?」


 朱蝶の挙動がおかしい。言っている事も何もわからない。

 いや、考えてみれば、≪白≫が初めて朱蝶に遭って以来、朱蝶の行動がまともだと思った事など一度も無い。

……だが、これは……。


 とっくに朱蝶の≪異気≫から解放されている眷属たちも、空に浮かぶ竜でさえ唖然としている。


「……高血圧と、……高血糖で、寿命縮むわっ――!!」



――刹那、朱蝶の≪異気≫が破裂した――

 いや、破裂したかのように膨れ上がり、膨張し続けていく。


『これは――』


 空に浮かぶ竜が、巨体の平衡を崩すほどの勢い。

 眷属たちが仔猫のように丸まって転がり、軽いひとどもはさらに弾き飛ばされる。

 ≪白≫は巻き上がる粉塵に眼を瞑り、必死に地面にしがみ付いていた。≪異気≫の嵐に抗って。



――薄く目蓋を開けると、そこには朱蝶がいた――

 間近に迫った、怖気を震うような視線。


 ≪白≫は気づく。己の身体が小刻みに震えている事に。

 ≪白≫が、三千歳の永きを生きる≪獣神≫の王たる≪白王神≫が震えるだと――?

 怯えているとでも言うのか?



「ネコ耳、だとぉお?」


 眼前の朱蝶のゆがんだ口から、そんな声が漏れる。

 その声に迸る感興が如何なものか、≪白≫にはわからない。

――しかし、ねこ耳。その言葉に≪白≫はとうとう己の失態に気がついた。


――そう、≪白≫は己の転化が不完全なものだとは、ついぞ気がついていなかったのだ。

 過信。いや、≪獣神≫の王たる≪白≫には十分な力と業がある。だが、ひとに対する理解が足りない。

 そして、≪白≫は八百歳ぶりに転化する前から、雪辱に囚われていた。


 何かに囚われれば、何かを見失う。そんな単純な事に、≪白≫は漸く気がついた――


「――待てっ」


 ≪白≫はそう吠えながら、飛び退る。朱蝶はぴたりと≪白≫の動きに付いて来る。

 悪寒に、耳の毛が――尾の毛も――総毛立つ。


「寄るなっ!」


 ≪白≫は我知らず吼えていた。吼えるというよりは悲鳴に近い。

 海千山千、空を駆け、あらゆる敵を爪牙の露として来た≪白王神≫が、絶叫していた。



「…………俺は、認めない。こんなモン、認めてたまるか」


 朱蝶がうわ言のように呟きながら、迫って来る。

 なんだ、何を認めないと言うのだ? いったい≪白≫の何が気に食わないと言うのか?


――そして、次に聞こえた朱蝶の吐いた言葉に、≪白王神≫は慄きを深める――


「こんなもの、現実リアルにいるなんて、俺は認めない――」



 まるで、その瞳は幽鬼のよう。その言葉は呪詛の如く。≪異気≫が泥のように纏わり付いて来る。

 ≪白≫は尾を振って、一目散に駆け出した――




 〓〓〓




――逃がさない。

 俺は、それしか考えられなかった。

 俺の中の何かはキレイに断ち切られ、迸る≪異気≫は眼の前の「ケモっ娘」を捕まえようと、勝手に動き回る。


――捕まえて、どうするのか?

 そんなことは考えてない。どーでもイイことだ。なんだろう、この気持ち?

 たぶん、蝶だった時の俺に思わず手を伸ばしてしまった龍の気持ちは、きっとこんな感じだったに違い無い。



『――待て』


 銀色の竜が、逃げるケモっ娘を追う俺を空を駆けて追って来てる。

 ≪竜気≫が俺の身体を縛ろうとする。俺は≪異気≫で強化した肉体と、硬質化した≪異気≫の板を擦り合わせて、≪竜気≫を裁断する。


『――ばかなっ』


 竜の驚きに満ちた声が聞こえた気がした。

 でも、そういうの関係無い。とにかく、今はアレを捕まえないとイケない。


……俺は別に、ケモっ娘萌えとかそーゆーんじゃ無い。

 現実のネコのほうがよっぽど好きだった。ただ引き篭もってた俺にネコを飼う余裕は、金銭的にも、精神的にも無かった。第一、あのボロアパートはペット禁止だったし。

 二次元のケモっ娘を見ても、別に萌え無かった。


 いや、カワいいとかは思った。だけど、それだけ。萌えとか、そーゆうのは皆無。だって、流石に俺だって三次元と二次元の区別ぐらいついてたもの。

 コスプレ衣裳とかのネコ耳は論外。手触りがフェイクファー以下。しかも、固くて、血も通って無い。……いや、当然なんだけど。

 そもそも、耳の内側にちょっと血管が透けて見えて、ピンク色をしてないとケモ耳とは呼べない。ふざけるなってヤツだ。


 だいたい、ネコのイイところは耳と尻尾だけじゃ無いじゃないか。知性的な瞳とか、ごろごろ言いながらくねくね転がるところとか、普段は素っ気無いのにこっちがなんか食ってると寄って来るところとか。

 ちょっとケモノっぽいくせにちゃっかりしてるところとか。こっち見て、意味不明にみゃーみゃー鳴くところとか。近づいてったら、急に逃げ出すところとか。警戒心が高いはずなのに、なぜか不用意に近づいて来たりだとか。

……それを、尻尾と耳だけ切り取って、美少女に装着して、語尾に「にゃ」って付けただけなんて、全然ネコじゃ無い!!


 だから、俺は別に二次元のネコ耳少女に萌えたりはしなかった。


――だけど、眼の前のコイツはなんだ?

 ネコ耳美少女? 少女では無い。巨大な脂肪の塊を胸にふたつ装備している。にも関わらず、踊るように揺らめく尻尾と、ぴょこぴょこ動く耳。

 なんなんだ、コイツ?


 俺は決して、ケモっ娘には萌えない。だけど、確かめずにはいられない。コイツの耳の内側がどうなってるのか。コイツの尻尾の生え際がどうなってるのか。

――そう、これは言わば学究的な、知的好奇心というヤツだ。

 決して、単なる邪まな欲望では無い!!


(この糞ど阿呆めっ!!)


『なんだ? あの気持ちの悪い状の何が良いのだ?』


(……やはり、朱蝶どのは変わった性癖をお持ちですなぁ)


(……はぁ、)



――しゃらくさい! 俺の身体の中に非難とかいろいろ飛んでるけど、関係無いから!

 今は、眼の前のこと以外、どーでもイイから!

 小さなことから一歩ずつ。眼の前のことを蔑ろにするようなヤツは、ダメなヤツだ!! それを俺は龍に実体験で教えて貰ったんだ!



――それにしても、あのケモノ娘。

 おそろしく動きが、しなやかだ。俺が繰り出す≪異気≫の罠をどんどん躱していく。すり抜けていく。

 実に動きが猫っぽい。……けしからん。追うと逃げるところまで猫のよう。自分の身体がギリギリ通れるぐらいの狭い路地とか、建物の間とかを選ぶあたりとか、スッゲえ猫っぽい。


 俺は粉砕していく。建物とかそんなモン知ったこっちゃ無い。どんどん、障害物をこじ開け、持ち上げ、放り投げて、どかしていく。

 そうこうしてるうちにケモノ娘が西門だったものの外に出て、丘を駆け下って行く。これでもう障害物は無い。俺も駆ける。

――おそらく、初めてこの身体と、能力をフルに駆使してる。



『おのれ! この≪銀螭ぎんち≫を愚弄するかっ!!』


――うなじあたりの産毛が逆立つ気がする。

 アイツ、いい加減に五月蝿い!


 俺は≪異気≫の屋根を解いて、自由になった≪異気≫を部分的に硬質化して、どんどんお空の竜に向かって飛ばしていく。≪異気≫の槍みたいなモンだ。ぜんぶ、≪竜気≫に弾かれる。

 やっぱ、≪竜気≫は厄介。堅ぇのなんの。

 そこで、俺は気づいた。あの竜も≪竜気≫を固めて巨体を空の上に留めてるんじゃないかって――


 俺がやったのは実に簡単なこと。

 俺が拡げた≪異気≫――ちょっと≪二天≫に≪喰われ≫て縮んだけど、まだ≪相柳≫の≪異気≫も取り込んでるしかなりデカいはず。それをぜーんぶ引きずり出しながら圧縮して、巨大なハンマーみたいにする。んで、竜のほうじゃなくて、その下あたりを狙って思いっきり叩いた。


『――んな』


 そんな驚きの声と伴に、残ってた柵が圧し潰される音がすぐ後ろから聞こえて来た。

 この辺りにいた生きた人間はほとんど中央部に逃げてたから、まあ、巻き込まれた人はいないでしょう。

 ん? ……後ろからなんか音がする。


――振り返ると全長100メートル近い竜の巨体が、≪堺陽≫の坂を転がり落ちてくるところだった。

 もんどりうちながら、俺に迫って来る巨体。


『≪神怪≫っ!』


…………激怒ゲキオコだ。

 落下速度を利用して身体をくねらせながら、竜が牙を剥いて来る! ≪竜気≫とか、≪異気≫とかカンケー無えと言わんばかり!!



 あ、食われる。



――そう思った次の瞬間、いきなり俺と竜の間にふたりの人影が現れた。

 2メートル近い大男――大きなジジイだ。そのふたりの頭を彩る髪の毛は、白髪に見える。でも、着物の上からでもわかるほど筋骨隆々。

 地球のボディービルダーを彷彿とさせる、筋肉。


 そんなマッチョなジジイが、ふたりで竜の顎を抑え、身体を支えていた。


「――≪荊山≫が≪三老≫・≪山稽さんけいせん≫」


「同じく≪三老≫・≪顛老てんろうせん≫。ここにまかり越した」




『――≪荊山≫』


「≪三老≫か!」


 俺の眼の前と、後ろから声が上がっていた。――誰?



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