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意天  作者: 安藤 兎六羽
序章 首
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プロローグ――≪邯鄲の夢≫――

 ご意見・ご感想、アドバイスお待ちしてます。

 蝶が舞っていた。




 ゆっくりと、湿った暖かい風に踊らされる蝶。

 蝶は、やがて農夫が紐を引くくつわに繋がれた、黒い水牛の背膚に停まる。




 水牛の背から腹を廻る綱が後ろへ延びて、木の小型のそりのようなものに繋がっている。

 末尾に鋭利な石製の先端を地へと深く突き立てるすき




 春。

 薄く荒い編目の着物を纏った農夫は、まばらに茂みが残りながら、どこまでも拡がるような田の中に立っていた。

 田畑が幾つも繋がった大地の上で、水が引いた泥土を耕すために、田の中心から渦を巻くように牛を引く。



 そんな光景。たぶん、どこでも見られるはずの風景。

 でも、俺は初めて目にする。



 だって俺はここでも、余り者だから。

 いやケチをつけるようだが、俺が余りなんじゃなくて、たぶんこの景色が余りなんだ。



「それぐらいは言わせてもらっていいだろ?」



 そう、俺は毒づいた。

 どうせ夢なんだから、って――




 夢の中で俺は、微かな風にゆらゆら浮かぶ一匹の虫けらだった。

 バタフライエフェクトとか、ウソだろってぐらい。いや、現実の俺もそう変わらない。



 幼稚園ではガキ大将の一の子分的、すなわち骨川ス○オ的ポジション。陰ではきっとス○ちゃまと呼ばれていたことだろう。

 小学校では無駄に熱いことのたまわる教師の言いなりになって、優等生に見られようとして実際、見られてたと思う。

 優等生面は中学校でも変わらない。ただ、ちょっと複雑な人間関係に挫折して、面倒くさくなってイジメを見ないふりした。

 高校ではちょっと反省。加担するのも、責任を負うのも馬鹿らしくなって、一匹オオカミを気取ってみたり。



 実際は、一回も誰かに吠えたこともなく、イケてない単なるボッチなわけで。

 エセ優等生の頃の財産で多少勉強のできた俺は、滑り止めの偏差値50の都内からちょっとだけ外れた私立大学に妥協して入って、一人暮らしのアパートに引きこもる。

 冷蔵庫と電子レンジとベッドと、そして最後にパソコンおよびネット環境。

 六畳半の天国パライソである。



 そして、今に至るわけだ。

 そう、色とりどりのカビに、主に赤とか、青とか、緑とか、黒とかのそれに、彩られた腐海に横たわる俺。

 うず高く床に積まれたラノベと漫画の山と、親の仕送りで衝動買いしたDVDの山。その谷間に寝転がる俺。

 安息の場であるはずのベッドの上に鎮座するパソコン様を、漫画雑誌五冊を枕にして床から弄る俺。

 固い床に横たわり過ぎて、最近、腰の辺りに床ずれが出来始めた俺。




 俺だってわかってるさ。

 こんな人生なんにも意味ない、って。

 たぶん、もう少しこんな生活をしてたら、俺は詰む。いや、もしかしたらもう詰んでるのかも。

 腐れニートと非リア充っていう真っ暗なレールに俺は乗ってるわけだ。



 それをどうしようとも思わない。正真正銘のクズだ。





……でも、俺だけじゃないだろ?

 誰だって面倒くさいのはイヤだろ?



 手加減を知らないタメとか、

 ウザい教師とか、

 こえー先輩とか、

「ラブソングか?」ってくらい、聞いたことあるセリフ、リフレインする周りとか。




 俺はたぶん、正直だっただけだ。

 だから、いつものように寝てただけなのに、こんな夢を見させられてる。




「蝶なら、そこまで悪くなくね?」

 とか諸君は言うかもしれない。



 いや、悪い。最悪だね。まさしく悪夢だね。

 何が悪いって、俺、今、チョー、必死だもの。チョー、カロリー使ってるもの。冗談とかではなく。

 どこぞの漫画もかくや、ってほどの巨人と巨獣が闊歩する世界。

 そらあ、ナマケモノの俺だって必死こきますわ。「I can fly!」ですわ。


 だって落ちたら、泥に呑まれて死んじゃうもの。

 流石の俺も夢だからって死んじゃうのはヤダもの。




 できるだけ大きく羽ばたいて、中空へと飛び上がる。

 人間様の営為ってのは、虫けらにとっては地獄絵図なのね。

 そんなことを思って、眼下を見下した。


 






 広大な泥土の真ん中で、牛が田を耕し終わる前に停止している。





 複眼で良く見れば、泥土へと鋭い先端を突き刺した犂――太い綱で頑強に括られた石と木の接合部、その屈曲部に何だか藻のようなものが絡み付いてた。





 だが、そんなことにはお構いなしに農夫は頻りに牛の尻を叩き、紐を強引に引っ張る。

 牛が農夫の期待に応えるように鼻息も荒く、もぅっ、とひとつ唸りを上げて一歩を踏み出した。





 ごろり――





「ひぃぃっ!!」

 農夫の悲鳴だ。その気持ちは良くわかる。

 今、俺が人間だったら、同じようなリアクションをしてたはずだ。




 牛の牽く力で、泥土を剥いて現れたもの――農夫に悲鳴を上げさせたものは、それだけで農夫の身の丈ほどもありそうな泥に塗れた巨大な頭であり、犂に絡んでいたのはその頭髪だった。






 頭は人のものに見えた。

 目蓋に塞がれてる眼窩があって、

 少し浮き出た両頬骨があって、

 長い頭髪を掻き分けるように両サイドから耳が飛び出してて、

 広めの額から下へと通る鼻筋があって、




 だが、そのすべてがただ巨きい。

 そして、深く地中に埋もれていたはずなのに息をしていた。

 泥に覆われた口のあたり、ぽっかりと穴が開いたそこから、俺の身体を吹き飛ばす大気の流れが起こってる。









 そう――身体から引き裂かれたと思われる巨大な首は、頭部だけで白骨化もせずに未だ生きていたんだ。






 そして、俺はなんでか悟っていた。



 たぶん、これを見せられる為に俺は蝶になっていたんだ、って。






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