聖剣カタストロフィⅢ
実に耐え難い血と腐敗の入り混じった臭気が辺りを漂っていた。
ここはティガレスク城の地下にある、死刑宣告者や国家の重大犯罪者などを監禁する監獄である。
監獄に照明器具などはなく、側にポツンと置かれてあるちょうちんのみが、この薄暗い監獄を照らす唯一の光源で、頼りなさげにぼんやりと周囲を照らしていた。
それにしても、何とも気味の悪い空間だ。
血生臭い匂いはするわ、目の前の檻では骸骨が監禁されているわ、おまけに、背後の天井の片隅には毒蜘蛛であるセアカゴケグモが巣食っているわで、おちおち眠ることもままならない。
全く、監獄の掃除係くらいちゃんと配置しておけよ。
監視器具などないこの御時勢においては、もはや脱獄天国じゃねーか。
俺は、この全く手入れのされていない、放置状態の監獄を見回して、深い溜め息をつくのだった。
「それにしても、ずいぶんとやつれているみたいね、春人。助けに来たわ」
「それでは、こんな気味の悪いところから早く抜け出しましょう」
「全く世話の焼ける奴だぜ!」
おいおい、マジかよ。
まさか、助けに来るとは思ってもみなかったな。
本当に無茶をするもんだぜ。
どうやら、俺が監禁され学校にも通えなくて暇を持て余している間、オルター、凛、大地の三人は授業終了後に監禁されている俺を助けに来てくれたらしい。
オルターは腰に装備している剣を抜くと、監獄の檻を横になぎ払って、真っ二つにし、それから、見事な剣技で手錠と足枷の鎖を断ち切るのだった。
「助かったよ、みんな。本当にありがとう」
俺は、素直に心からの感謝の言葉を送った。
「それでは、厄介な敵が駆けつける前に、早くこの場から立ち去りましょう。どうぞこちらへ」
「……おかしいですね」
オルターは、いぶかしげな表情で辺りを穿鑿しながら、首を傾げた。
「そうよね。確かに方向は合っているはずなんだけど……」
凛は深い溜め息をついて、辺りを見渡した。
「本当にどうなっているんだこの監獄は? どこもかしこも同じような風景でまるで迷宮だぞ」
大地は驚きの表情で、周囲を見守る。
彼らの言葉から察するに、どうやら俺達は道に迷ったらしい。
面倒なことにな。
「迷宮? それはなかなか的をついた表現じゃないかしら?」
聞き覚えのない女の声が監獄の狭い通路内に不気味に響き渡る。
「誰だ!?」
どうやら、この先に誰かいるようだ。
俺は眉をひそめ、通路の奥の様子をじっくりと観察した。
すると、通路の奥のほうから、見覚えのあるローブを着込んだ少女と、タンクトップにブルマといういかにも動きやすそうな服装の少女の姿が現れる。
「私達は『Evil Innocence』(イーヴィル・イノセンス)。姫から遣わされた陰の部隊。言ってみれば、必殺お仕事人みたいなものかしら? または、監獄の番人?」
「まあ、そういところかもねぇ。ところで、こんなところで君達、何やってるの?」
「そう言うお前たちこそこんなところで何やってるんだよ? 確か……江坂沙姫に天音美架だったか?」
俺は、うろ覚えの記憶を何とか引き出しながら言った。
江坂沙姫に、天音美架。
彼らは6ヶ月前、謎の誘拐事件に巻き込まれて行方不明となっていたのである。
「へえ、まさか6ヶ月間も不登校だったクラスメイトの名前を覚えてくれているなんてなかなか光栄なことね、江戸川春人にオルター・モナーク、鈴鹿凛、広末大地」
沙姫は長い黒髪をなびかせながら、大胆不敵な笑みを浮かべて言った。
「謎の誘拐事件に巻き込まれて行方不明となったときは正直驚いたが、まさかこんなところで番人なんてやっていたとはな。ところで、こっちは4人に対してそっちは2人で分が悪い訳だが、黙って見過ごすって訳には行かないのか?」
「そうね、私達が姫様に遣えている以上は役目を全うするしかないのよね」
沙姫は肩をすくめた。
「そうか、俺達の脱獄という目的の前に立ちはだかるのならば、手加減はしないがせいぜい後悔はしないでくれよ」
俺は不敵な笑みを浮かべながら、薄ら笑いして言った。
「後悔? 何を言っているのかしら?」
沙姫はニヤリと不気味に微笑む。
すると、この空間が狭い通路から、急に広い体育館にステージが変わるのだった。
「何だ!? まるで魔法みたいだな……」
俺は、思わず周囲を見渡した。
辺りの風景を見渡す限りでは、そこらにある体育館とは何ら変わりはなかった。
「魔法みたい? そりゃそうよ。正真正銘本物の魔法なんだから」
沙姫は不敵に微笑むと、腰に手を当てて、仁王立ちする。
「魔法? そんなものは物語だけの話じゃなかったのか?」
俺は、沙姫の不可解な言動に顔をしかめた。
「それはあなたが知らないだけよ。あなたが知らない間に、水面下では研究者が魔法の研究を進めていて、そして、度重なる苦労の末、ついに魔法が完成したのよ。まあ、信じたくなければ、信じる必要はないわ。後々、この話が本当であると痛感することになるのだから」
「ところで、一つ訊きますが、あなた方は何者かに連れ去られて行方不明になって、それからというものの、どのようにして生き永らえたのですか?」
オルターは、心の奥底にある純粋な疑問を呈した。
「いい質問ね、オルター。私達は確かに表では何者かに連れ去られたというふうになっているけれど、実はそうではなかったのよ。本当のところは、秘密裏に魔法の研究者が私達の元に訪問し、合意の下で私達を研究所に連れて行ったのよ。そこで、私達は人体実験を受けた」
沙姫は、深刻そうな表情を浮かべながら言った。
「じ……、人体実験!?」
凛は、思わず言葉を口にした。
「そりゃそうよ。生身の人間が魔法を使うための魔力を持ち合わせている訳がないもの。私達は、魔法を使う魔力の元となる魔法核を体内に埋め込むために、人体実験をされたのよ。私達は、姫様から魔法の才能を認められた稀有な存在なのだけれど、しかし、実験は困難を極めた。私達は、魔法核と身体を一体にさせるために、3ヶ月ものの間、ずっと人体カプセルの中で過ごしてきた。すると、1ヶ月も経てば、実験当初は60人だったのが、一気に26人までに激減していた。あまりの実験の過酷さに身体が耐え切れなくなり、34名もの生徒が死んでしまったのよ。恐ろしい話でしょ? そして、最終的には、実験当初60名だったのが、何人になったか分かる?」
俺達は、あまりの話の残酷さに思わず口をつぐんだ。
「12人よ! 12人! 最初60人だったのが、一気に12人にまで激減してしまったのよ!」沙姫は急に興奮気味になって叫んだ。「人体実験は本当に苦痛だったわ。あんなの拷問と大して変わらないもの。まあ、あなた方には分からないでしょうね」
「分からないし、特に分かりたくもないな」
俺は冷たく言い放つ。
「それにしても、楽しみだわ。魔法を使ってのまともな対人戦は初めてだもの。少しは楽しませてくれるかしら?」
沙姫は不敵な表情を浮かべると、杖の湾曲している部分を俺達に向けて言った。
「へえ、面白そうね。それじゃ、魔法がどれだけ強いか見せてもらおうじゃない。行くわよ、大地!」
凛は、背中に掛けてある、2メートルもあろうという巨大な斧を両手に持って、その場から全速力で飛び出す。
「おう、凛!」
大地は凛に呼びかけられると、大声で応答し、背中に掛けてあった、身の丈ほどもある大きな大剣を両手に持って、凛の跡を追った。
凛と大地はそれぞれに武器を持って、容赦なく沙姫に襲い掛かる。
ただ、どういう訳か。
沙姫の表情には余裕の笑みが浮かんでいた。
凛、大地は武器を上段に構えながら、沙姫に向かって駆け抜けると、途中でジャンプして空中から沙姫の頭上に向かって、巨大な武器を振り下ろした。
大気を切り裂くほどにすさまじい轟音を立てた二つの刃は、無鉄砲な沙姫の頭部目掛けて、容赦なく牙をむくのだった。
その瞬間、沙姫は口が裂けそうなほどに大きく不気味に笑った。
すると、あまりにも信じがたい光景が俺の目の前に映し出される。




