決戦、四面挿花!Ⅰ
ルリアの左手に掛けられている、白いピアノブラックフレームのローマ数字表記の入った小さな腕時計の時刻は20時37分を回っていた。
すでに辺りは薄暗くなり、あともう少しで深夜の夜空になりつつある時間帯だ。列車内には、昼間の旅行や仕事、ショッピングで疲れきった乗客であふれかえっており、車内は不思議なほどに静まり返っていた。
すると、ルリアの携帯電話が膝の上に乗せてある、青く装飾された表面が本皮の高級そうな小さなバッグの中でバイブレーションの振動音と共に揺れ踊り始めた。ルリアはバイブレーションが鳴り始めた当初は、びくともしなかったけれども、それからしばらくすると、それに気づき、ぼんやりとした表情で目を覚ました。
ルリアは眠たそうな表情でバッグから携帯電話を取り出すと、鮮やかな手つき画面をタッチし、内容を確認した。メールの送信者はモネからだった。
彼女は、唐突にモネからメールを受け取ったことに対しては特に気にも留めることはなかった。何故なら、彼女はホワイトハウスを出る途中でモネとのメールアドレスの交換を済ましていたからだ。
ただ彼女を驚かせたのは、モネからのメールの内容だった。
そこには、こんなことが記されていたからだ。
初めまして、私は『The gate of ability』の管理人及びプライマル・ディーラーを務めさせていただくモネ・ウィルソンと申します。
この度は、身分などの情報の一切をお伝えすることが出来ず、大変申し訳ございませんでした。今回の件につきましては非常に重要な案件でございまして、『The gate of ability』の管理人及びプライマル・ディーラーを務めているルリア・グラシアル様、日暮ヤマト様の二方のお力をお借りしたい所存でございます。
と申すのは、この件は本日、ホワイトハウスで悪盗が盗みに来るであろう『マジェスタンスの鏡』の件と深く関わりがあるからです。
今からでも至急ホワイトハウスにお戻りいただけるようよろしくお願いいたします。
プライマル・ディーラー。
これはかつて『The gate of ability』を開発したICW社が、『The gate of ability』の開発を行うために、特殊な選定基準を設けて、世界中から集められた超能力の才能を有するモルモット集団の総称で、彼らは年収にして2千万以上という高額な賃金を貰って、1年間にも渡ってこのVRMMOの開発の実験台となり、現在はこのゲームの管理人として高額な賃金を受け取って生活しているのである。
「ヤマト……、ヤマト」
ルリアはこのメールを見ると、隣で幸せそうな表情で眠っているヤマトのほっぺをプニプニッと押しながら、周囲の迷惑にならないように出来る限り無声音で囁いた。
すると、互いの胸と胸が接触し、ルリアの小振りな胸がヤマトのメガトン級の胸に押し付けられた。
「どうかしたのかルリア?」
ヤマトはまだ覚醒寸前の眠たそうな表情で尋ねた。
「さっきモネから緊急のメールが届いたのよ。内容は至急、ホワイトハウスに戻るようにってね」
ルリアは深刻そうな表情を浮かべて言った。
「そんなこと言われても、まだ列車の中だぞ?」
「それは、何とかなるわ。何せモネは、私達と同じプライマル・ディーラーらしいから」
「なるほどな。一度、『The gate of ability』の世界にログインして、向こうの世界に入り、それから、向こうの世界からホワイトハウスに移動しろってことだな」
プライマル・ディーラーや管理者としての特権は複数存在しているが、彼らは、本来ゲーム内でしか使用できないトランス・テスラを現実世界で使用することができ、パソコンが無い状態であっても手元にトランス・テスラがあれば、そのトランス・テスラを用いて、ゲーム内の世界に現実世界の持ち物を持ったままログインすることが出来るのである。さらに、ゲーム内の世界から知っている場所へのワープなども可能である。
「ところで、モネがプライマル・ディーラーであることについては全く驚かないのね……」
「そりゃあ、あの戦いを見せ付けられたら、むしろそうでないことの方が驚くよ」
「確かに、それもそうね。それより、早くログインして、ホワイトハウスに戻りましょう」
「それもそうだな」
彼女達がそう言うと、トランス・テスラで視界にゲーム画面を開き、ログインのタグをタッチする。
すると、彼女達の姿が列車の席からなくなり、彼女がこの席に座っていたという認識すらも 周囲からは不思議と消え失せてしまうのだった。