トレスティン魔法学院Ⅵ
「私は天音美架だよ。よろしくピース!」
「私は江坂沙姫です。よろしくお願いします」
「私は伊吹亜利沙だ。こちらこそよろしく」
「え……えーっと、私は初瀬日向です。どうぞよろしく」
「俺は、江戸川春人だ。よろしく頼むぜ」
ところで、一つ尋ねよう……神様よ。
この奇遇な組み合わせは一体どうなっているんだ? …………と。
俺はあれから、伊吹亜利沙と初瀬日向、俺の三人で軽い自己紹介を交えながら朝食を食べて、指定された教室に向かったわけだが、そこの担任教諭が来るなり、いきなり訳の分からない講義を1時間中し出して、それを演習だと言うことで、優秀なティーチングアシスタントを呼んで魔法を教えるというわけである。そして、そのティーチングアシスタントを務めるのが、天音美架と江坂沙姫というわけだ。
どうやらこの二人は、お互いの間にある席が俺の席だからということで、俺の顔を覚えていたらしく、俺の顔を見ると、すぐさまこちらに向かって来たわけである。
「それでは、さっそく魔法を教えることにしましょう。まずは基礎魔法である、【floter】、【emfanizontai】の二種類からです。ところで、この二種類の魔法についてですが、どのような魔法なのかについて覚えていますか? 春人」
沙姫は黒いマジックペンを取り出すと、手前にあるホワイトボードに二つの魔法名を見事な筆記体で書き示した。
「【floter】は物質を宙に浮かせる魔法、【emfanizontai】は頭の中で想像したものを出現させる魔法だな」
俺は何となく面倒くさそうにしながら、頬杖をついて先生の話を聞いていた訳だが、先生の話によると魔法を使えるようにするためには人間の脳機能を100%にする必要があるらしく、そのために俺達、《The gate of ability》のプレイヤーの脳機能は自動的に100%に引き上げられ、一度見たものや聞いたものを一発で覚えることが出来るという能力が備わっているらしい。
ちなみに、この記憶力などのプログラムによって自動的に極限までに高められた脳機能は、現実世界でも適用できるらしく、学校の勉強などとっとと終わらせて、魔法を極めよということらしい。
「正解よ、春人。さっき春人が言った通り、【floter】は物質を宙に浮かせる魔法、【emfanizontai】は頭の中で想像したものを出現させる魔法です。それでは、実際に私たちがこの魔法を実践してみましょう。美架、お願い」
「OK、サッキー。それじゃあ、まずは、【floter】から始めるね。今から私は目の前にあるりんごを10センチくらい軽く浮かせます。魔法発動の手順は魔法発動後の状況を想像して、そして、魔法名を詠唱する。この二つだけ。それじゃあ行くよ、【floter】」
美架は制服の懐から長さ20センチくらいの黒い杖を取り出すと、杖の先端をりんごに向けて、魔法名を詠唱する。
すると、確かに台の上にあるりんごが約10センチくらい浮いているのが見て取れる。
この現実的にあり得ない光景を見た俺、亜利沙、日向の三人は美架に対して盛大な拍手を送った。
美架はその盛大な拍手に照れくさそうに笑いながら、こちらを振り向いた。意識はりんごから一気に俺達の方に傾いたわけだが、りんごはそれでも決まった位置にぴったりと宙に浮いたままだった。
どうやら、この【floter】という魔法は本当に基礎中の基礎のようだ。
「それじゃあ、次は【emfanizontai】行ってみようか? それっ【emfanizontai】!」
美架がそう詠唱すると、美架の杖の先端からマジシャンの手品のように一本の花が咲くのだった。
俺たちはまたもや、盛大な拍手を美架に送った。
「ありがとう、美架。魔法は大体こんな感じですね。次は実際にこれらの魔法を演習をしてみましょう。それでは、私はあなたたちに杖を渡しますから取りに来てください」
沙姫は愛想良くそう言うと、美架から三本の杖を受け取った。
俺達は、先頭から日向、亜利沙、俺の順番で沙姫から、それぞれでお礼を言いながら笑顔で受け取る。
美架は俺達が沙姫から杖を受け取っている間に、台の上に三つのりんごを並べていた。
「それでは、各自りんごの前に立って下さい」
沙姫はキビキビとした調子で言った。
俺たちは指示された通りにりんごの前に並んだ。
「準備が出来ましたね。それではまず最初に、杖を構えて、魔法でりんごを浮かせている様子を思い浮かべて下さい」
俺は目を閉じて、りんごが魔法で浮かぶ様子を静かに想像してみる。
杖から何らかの力を受け取ったりんごが、宙を舞う。
それは、杖の動きに従って左右に空中を動いているようだ。
俺は何かに目覚めたかのように、閉ざされた目を急に大きく見開いた。
「それぞれ、りんごが宙を浮かぶ姿が想像できましたね。それでは詠唱を開始してください」
俺達は沙姫の指示と同時に、いっせいに詠唱を始めた。
すると、亜利沙のりんごは勢いよくシャトルのように真上へぶっ飛び、日向のりんごは何故か真っ二つにりんごが割れていた。
そして、俺のりんごは果たしてどうなったのか?
その場から動いた様子もなく、りんごそのものにも特に変化は見受けられなかった。
俺はその様子を見て、思わず愕然とする。
「亜利沙はちょっと魔力が強すぎよ、もうちょっと抑えたらいいとこ行けるんじゃない? 日向のは攻撃魔法だわ、もうちょっとリラックスして。春人はもう少ししっかりイメージを固めるのよ。分かった?」
「意外と難しいな……」
「は、はい。頑張ってみます」
「ちょっと待ってくれ! 俺は一応ちゃんとりんごが宙を浮かぶ様子をイメージしたはずなんだよ」
「そう? それなら、ここからは私と春人の1対1で練習してみるしかなさそうね。それじゃ、亜利沙と日向の監督を頼めるかしら、美架?」
「大丈夫だよぉ。困ったときは美架におまかせ」
美架はウインクしながらピースして笑顔で返した。
「ありがとう、お願いするわ美架。それじゃ、私たちはこれから少し移動するわ、ちょっと着いてきてね」
沙姫はそう言うと、素早い足取りで教室を出る。
俺はその跡を、やや小走りで追いかける。
「ところで、あの二人は仲良くどこへ行くつもりなんだ?」
俺と沙姫が教室を出て行った後、亜利沙はどこか気がかりな様子で美架に尋ねた。
「さあ、私も知らないからねぇ。どうしたのアリリン? 気になる? そんなに気になる?」
美架はニヤリと怪しい笑みを浮かべて尋ねた。
「い、いや……別にそういうわけではない」
亜利沙はぷいとそっぽを向いて答えると、何かをまぎらわすように左右に首を振って、もう一度、りんごに向けて杖を構え直した。