トレスティン魔法学院Ⅴ
俺の視界がぼんやりと辺り一面を映し出す。
ここは、俺が亜空間に転送される前にいた場所だった。
目の前には、意味深にもの問いたげな表情を見せている亜利沙の姿があった。
「春人、最後の件…………あの件については何も覚えてないな?」
亜利沙は恥ずかしそうに言葉を途中で詰まらせながら、ぎこちない様子で尋ねた。
最後の件?
何のことだ?
あの恥ずかしがる表情からして、おそらくハプニングで胸から俺の顔面に突っ込んだあの件についてではないだろうか?
「最後の件? 何のことだかさっぱりだ」
数秒ほど間を置いた後、俺は苦笑いしながら言った。
まあ、あのことはかなり一瞬の出来事だったんだが、実はというと、幸運にも俺の体内時計が突如として早くなり、1秒が100秒のように感じられたので、あの胸の柔らかい感覚は今でもはっきりと残っている。
さっきの決戦で、亜利沙のあの悪趣味な悪魔モードのときに胸が露出しているのを見て分かったんだが、亜利沙は推定身長142センチの割には意外と胸は大きい方らしい。制服越しであまり胸が目立たなかったものの、いわゆる脱いだらすごいというヤツか? それとも……、悪魔モードの副作用として胸が大きくなるとか?
悪魔モードのときは明らかにDカップ相当はあるように見えたが、今見るとそこまで大きくないような……。あまり胸のラインが目立っていない気が、或いは……
「おい!!」
亜利沙の掛け声に俺は我を取り戻した。
気づけば俺は、無意識のうちにずっと亜利沙の胸を見ていたようだ。
「あまり私をじろじろ見るな……恥ずかしい」
亜利沙は顔中、いや耳の裏まで真っ赤にしながら、鋭い眼差しを俺に向けた。
「わ……、悪い」
俺は慌ててそっぽを向く。
「さ て は 貴 様」亜利沙の表情は語るにつれて険しくなる一方だ。「覚えているだろう!? 例の件について覚えているだろう!?」
亜利沙は上目遣いで激しく俺をにらみつける。
「い、いや誤解だ。誤解。そんな訳ないだろ? だいたい俺には例の件について全く分からないわけだし」
「それなら、何故私の胸をじろじろと見るのだ!?」
亜利沙は思い切りドスを利かせた調子で叫んだ。
すると、周囲が急激にざわつく。
どうやら、亜利沙の言葉を断片的に聞いた連中が俺が亜利沙にセクハラまがいのことをしたのだと勘違いしたらしい。
周囲の男女が好奇の視線を持って、俺と亜利沙の姿を面白可笑しそうに見守る。
全く、面倒なことになった。
さて、この場合はどう切り返すべきだ?
俺は俺自身に自問自答をかえした。
この状況、この会話…………、俺はこの展開に何千回と立ち会ったような気がした。
ヒロインとの喧嘩イベントはギャルゲーでは定番の要素ではあるが、これは一歩間違えれば崖っぷちのピンチであると同時に、さらにヒロインとの絆を深めるためのチャンスでもあるのだ。
俺はギャルゲーで幾度となくこの展開に遭遇してきたわけだが、この展開を外したことは一度たりともなかった。
それは、中学生時代、人と関わる時間を犠牲にして人間の恋愛感情の本質を知るために有名な恋愛小説を読みあさった賜物だ。だから、中学生時代はボッチだったわけだが。
この手の問題で、誰にも負けるつもりはない。
ボッチの処世術ナメンナァ!!
「悪いな。俺はどうやら、ついうっかり亜利沙のことを見つめてしまっていたらしい。それも無意識のうちに。でもな……誇ってもいいんだぜ」
「何っ!?」
亜利沙は思い切り首を傾げた。
「目の前の男子を一瞬にして恋に落としてしまう……その反則的にかわいらしい自分自身の容姿をね」
俺は爽やかな微笑みを浮かべながら言った。
「えっ…………、えっ!?」
亜利沙はまたもや顔中を真っ赤に染めて、恥ずかしそうに両手で頬を押さえながら言った。
ふう、何とか修羅場をくぐり抜けたぜ。
俺は深く安堵した。
ちなみに、俺は亜利沙のことを演技半分でかわいいと言ったわけだが、これは決して嘘を言ったわけではない。
実際に、亜利沙はかわいいのだ。
亜利沙の体格は、推定身長142センチと非常に小柄で、顔もしっかり整っていて、まるでフランス人形の和風版といった感じだった。見たところ、胸もBカップ相当でそこまで小さいわけではない。
まあ、悪魔モードのときほど胸が大きいわけではないようだが……。
「いいバトルだった。次やったときは絶対負けない」
俺はまたもや、爽やかに言った。そして、さりげなく亜利沙に手を差し伸べる。
「あ、ああ……こちらこそいいバトルだった。今度やったときだって勝つのは私だ。全力で来るといい」
「ああ、望むところだ」
これにて、亜利沙攻略完了。
といったところか。