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洋館に忍び寄る怪人Ⅶ

 季節は春。雲ひとつない青空が辺り一面に広がっていた。鮮やかなビビッドカラーで染色された派手な広告の入った高層ビルがズラリと立ち並んでいた。それは、ハリウッド映画や衣服、コカコーラなどのメーカーの清涼飲料水の広告だった。車道は広く、黄色いフォードのタクシーがあちらこちらで確認できる。これらの風景は、ハリウッド映画などでよく目にする光景だ。まだ、真夏でもないのにサングラスを掛けてちょび髭を生やした半袖Tシャツ姿の強面こわもての胸板の厚い筋肉質な男性や、へそに付けているピアスを自慢げに見せびらかす、或いは自身の細いウエストを自慢する(細いとは言っても、それはアメリカ人の基準で細いと言っているわけであり、日本人の基準では決して細い方であるとは言い切れない)かのようにへそ出しTシャツを着た思春期くらいの年頃のスタイルのいいハイティーンがスクランブル交差点の雑踏にまぎれて歩いている姿などがたびたび見受けられた。お洒落な独特のファッション姿の観光客や膨大な自動車の騒音などがこのニューヨークをさらにニューヨークらしいものに仕上げていくのが感じられた。

 ニューヨークの繁華街にある、ややこじんまりとしたシャレた雰囲気のある小さなお店、そこでルリア達は、ニューヨークで1日をどう過ごそうか相談していた。


「ねえ、ヤマト。これからどうする?」

 ルリアはコーヒーを飲んでいたティーカップをナフキンの上に置くと、ヤマトに尋ねた。

「さあ? 実際に来たのはいいが、まだ何をするかは決めていなかったからな」

 ヤマトは肩をすくめた。

 

 ルリアはティーカップを再び手に取ると、中に入っているカプチーノをんくんく飲み始める。

 ルリアの手元には、チョコレート味のショートケーキが用意されていた。


 店内は、艶のある美しい木材を多用した落ち着いた雰囲気のあるお店で、店内には管弦楽演奏の有名なクラシック音楽が流れていた。

 店内の時計はすでに、PM3時を過ぎている。これは、ワシントンD.C.からニューヨークまで、電車で約4時間かかるからだ。二人はモネとの戦闘を終えると、すぐさま、ニューヨークへ向かった。だから、二人は昼食を取っているはずもなく、つまり、これが昼食でありおやつでもあるのだ。


「それなら、せっかくニューヨークまで電車で約4時間もかけて来たのだから、ショッピングというのはどう?」

 ルリアはカプチーノを飲み終えると、ティーカップを持ちながら尋ねた。


 ティーカップの中にはカプチーノが少しだけ残されていた。


「それは、決まっていることなんだけれど、ニューヨークに来たからには何を食べようかということで迷っているんだよ。言ってみれば、グルメツアーみたいなもんかな」

 そう言うと、ヤマトはコーヒーにドサドサ角砂糖を入れて、飲み始める。

「ヤマト?」

 ルリアは、ヤマトが角砂糖をドサドサ入れて飲む姿を見て、くすくす笑いながら尋ねる。


「うん?」


 ヤマトはルリアがくすくす笑いしているのを見て、何がそんなにおかしいのかと、首をかしげた。


「知ってる? イタリアではね、コーヒーに入れる砂糖の量が多ければ多いほど男らしいんだよ」

 ルリアは不気味な笑みを浮かべながら言った。


 すると、それを聞いたヤマトは思わず吹き出してしまう。


「ちょっ、ルリア! いきなり変なこと言うなよ!」

 ヤマトはさっとティーカップをナフキンの上に置いて、壁際にある紙ナプキンを1枚取って、口元を拭いた。

「事実なんだから仕方がないじゃない」

 ルリアは満面の笑みを浮かべながら答える。

「本当に…………そうなのか?」

 ヤマトは青ざめた表情でおそるおそる尋ねる。

「本当の話よ。ヤマト」

 ルリアはまた、満面の笑顔で返事を返した。


「やっぱり私…………、男らしかったんだ」

 それを聞いたヤマトは愕然とする。


 えっ、今さら!? とルリアは口元に手を当てて、目を丸くしながら心の中で呟く。

「別にそれでいいじゃない。ヤマトはヤマトで男らしいほうがヤマトらしいわよ」

 愕然とするヤマトに、ルリアはあたふたしながらフォローする。

「そうなんだよな…………、私は男らしいから、昔から周りの男子にいろいろと男女おとこおんなだのと言われてきたんだよな…………」

 しかし、ルリアの決死のフォローもむなしく、ヤマトは愕然としたままだった。いや、むしろ、さっきより状況は悪化しているかもしれない。

「冗談よ! 冗談! ここはアメリカだから何となくアメリカンジョークをかまし

てみたかっただけなのよ」

 ルリアは両手を鳥のようにパタパタさせるほど慌てながら言った。


 実際にイタリアでは、コーヒーに砂糖を入れれば入れるほど男らしいという慣習があるのは事実だが、それだと、ヤマトが今にも立ち直れそうにないので、ルリアは冗談ということにする以外、ヤマトを立ち直らせる方法が、ルリアの頭には浮かばなかった。


「なーんだ、冗談か。ルリアもルリアで言うようになったんだな」

 それを聞いたヤマトは、ケロッとした明るい表情で言った。

 いえ、あの……私はまだ冗談が好きにはなれないのだけれど…………。

「ま、まあね」ルリアは苦笑いしながら答える。「ところで、さっきの話の続きなのだけれど、グルメツアーの件で、何を食べるのを迷っているのよ?」

 

 ルリアはそう言い終えると、手元のチョコレートケーキをフォークで小さく切って、それをケーキの横にある大量の生クリームに付けて口元へと運んだ。

 とろけるように甘い特殊な加工の施されたカカオの甘みが、ルリアの口の中でじんわりと浸透していく。

 そのチョコレートケーキのあまりの美味しさに、ルリアの表情が緩んだ。

 一方、ヤマトは通常のマクドナルドのハンバーガーの3倍はある大きさの巨大なハンバーガーに思い切りかぶりついた。ハンバークの肉汁が口の中で爆発的にあふれ出す。


「そうだな、ベーグル、ホットドッグ、クロナッツ、パストラミサンドイッチ、カップケーキ、ブランチあたりでどれを食べようか迷ってるんだよ」

 ヤマトは一口、ハンバーガーを食べ終えると、ハンバーガーを小皿の上に置き、腕組みしながら、気難しそうな表情で相談した。


「ところで、クロナッツって何かしら?」

「クロナッツっていうのは、クロワッサンの生地で作ったドーナツのことで、クロワッサン独特のサクサク感が美味しいらしい」

「それじゃ、パストラミサンドイッチは?」

「ハーブや香辛料などで味付けした牛肉の生ハムをライ麦パンではさんだサンドイッチのことで、スパイシーな味付けがヤミツキになるらしい」

「へえ。私は辛いものがあまり好きじゃないから、なしの方向でいいわね」

「ちょっ、待って! これだけは絶対に食べに行こうと思ってたんだからこれだけは外さないでくれ!」

 ヤマトは顔の前で両手を合わせて、おねだりするように言った。

「な~んだ、もう決まってるのがあるんならそこから回っていけばいいじゃない」

「それもそうだな」

「それじゃ、ランチを食べ終わり次第向かうわよ。ショッピングの後で」


「やっぱり、ショッピングの方が優先されるのか…………」

 ヤマトは気を落としながら言った。


「当然でしょ? だって、ランチを食べた後でお腹一杯なんだから、せっかくのご馳走も美味しく食べれないじゃない」

「それもそうか……それじゃ仕方がないなあ」


 ヤマトはそう言うと、ハンバーガーに一気に手をつけ始める。

 ルリアはチョコレートケーキの味をじっくりと満喫しながら、ゆっくりと食べるのだった。



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