プロローグⅡ
無数の獣の雄たけびのようにも、すさまじい壮大な銃声は、ホワイトハウスの内部までにも、騒がしいほどに響くのだった。
あまりの騒がしさに、大統領の妻はつい飛び起きてしまう。
寝起き早々、唐突な銃声の嵐に恐怖のあまり、彼女は顔をしかめた。
「ちょっと、あなた! 起きてよ! 一体何が起こっているのよ!?」
そして、彼女はすっかり正気を失って、大統領の年齢相応に脂肪の乗ったたくましい腹部を、狂ったようにゆすって、無理やり起こしにかかるのだった。
それと同時に、耳の中で無数の蜂が飛び回るような耳障りで騒がしいクラシック音楽が大統領の携帯電話から発生する。
そのあまりの騒がしさに、妻は思わず大統領の腹部から両手を離し、耳を塞いでしまう。
気持ちよく眠っていた大統領も、さすがにこれには勝てず思わず飛び起きる。そして、大統領はすぐさま携帯電話を手に取った。
「もしもし」
眠たそうな調子で、彼はゆっくりと言葉を発した。彼の声は年相応にいくらかしわがれていた。
「やあ、ごきげんよう! どうだい騒がしいコンサートで目覚める気分は?」
電話相手はクヴォルツ・フローレンだった。彼にしては、珍しく興奮していた。
「ハハハ、最悪だよ! よくもこれをコンサートと言ったもんだ。これはこれはなかなか物騒なコンサートじゃないか? あまりの最悪さに、薬中の君を強制解雇したい気分だよ」
大統領はクヴォルツの冗談を聞いて、口元に笑みを浮かべた。
彼は元々、あまり冗談が好きでない方だった。だから、彼がクヴォルツと互いに冗談を言い合えるのは、そこに堅い信頼関係があるからに他ならない。そうでなければ、彼は、このくだらない冗談を訊いた瞬間に、いらだたしく電話を切っていたに違いない。彼らは、互いに尊敬しあっているし、友人として愛し合ってもいる。だから、彼らはどんなに忙しかろうと週に一回は、このホワイトハウスで酒を飲んで互いに愚痴をこぼしあっているのだ。
「おいおい、そりゃあ冗談じゃないよボス。そんなことされたら、俺の明日からの食事は朝昼晩全てがカロリーメイトになってしまうよ」
「ハハハ。朝昼晩カロリーメイトととは、まだずいぶんと余裕があるじゃないか。本当に経済的に余裕のないものなら、一日の食事は食パン一袋だけだと聞いたことがあるが……」
「食パン一袋? そいつは酷いな」
「ああ、今となっては考えられない状況だよ。創立1776年という短い歴史とはいえ、全く我が国も本当に豊かになったもんだよ。だが、文化がないのが玉に瑕だ……、ところで、この銃声は何だね? クヴォルツ」
大統領は一瞬、顔をしかめた。
「ちょっと、わざわざこんな真夜中にボスに会いに来るような熱心なファンがいましてね、最高のファンサービスでお迎えに上がっている所なんですよ」
「ほう、ファンサービスか……、なかなか面白いことをしているじゃないか」
「そうでしょう、ボス? ここまですごいファンサービスをもらってしまえば、ボスの熱心なファンなら嬉しさのあまり死んでしまいそうだよ」
「ハハハ、そいつは愉快だ。私もファンサービスを受けている熱心なファンの様子をこの目で確かめたくなってきたところだ。君は今、どこにいる?」
「ホワイトハウスの玄関ドア前にて待機中です」
「そうか、それは良かった。それでは、ワイングラスでも持って、そちらへ向かおう。もちろん、心配せずとも君の分のワイングラスも用意している。彼らが戦っている勇姿を、この目で確かめながらそこで君と乾杯を交わそうではないか」
「イエス! 愛しているぜ、ボス」
「ああ、心の友よ」