洋館に忍び寄る怪人Ⅳ
ルリアの部屋から歩くこと40分程度。ここは、ホワイトハウスの地下にある、ありの巣状に張り巡らされた研究所のコンバットルームだった。約500平方メートルの敷地には正方形の白い縦横1m×1mコンクリートのタイルが22行、22列に隙間なく敷き詰められていた。壁は特に飾り気のない5メートルほどの無機質な灰色のコンクリート塀となっており、特殊部隊による軍事訓練によって出来た弾痕がちらほら確認された。基本的にこのコンバットルーム及び地下研究所は、特殊部隊の上層部による許可なしには原則立ち入り禁止となっているのだが、特例として、モネは特殊部隊の上層部から『特殊部隊に相当する優れた身体能力、知的能力を有する』と認められているため、特別にコンバットルーム及び地下研究所の使用許可を認められているのだ。
「それにしても、ホワイトハウスの地下にまさかこんなところがあるなんて思ってもみなかったわ」
ルリアは、アメリカの映画で出てきそうな見慣れないSF的な空間にあちこち視線を走らせながら言った。
「ここはホワイトハウス地下研究所、コンバットルーム。主に特殊部隊による白兵戦演習に用いられています」
「ここで私とあなたが戦うわけね?」
ルリアは少しだけ口元を怪しく歪ませた。今ルリアには、モネに負ける気が全くと言っていいほどしなかった。敷地面積約500平方メートルという、日本の一般的な学校の体育館の半分の広さを有するコンバットルームでは、両者が互いに自由に動き回ることが出来るわけだがルリアには白兵戦においては絶対の自信を持っていたのだ。
「その通りです」モネは手短に答える。「しかし、ただ漠然と手合わせするだけでは面白みに欠けるきらいがあります。ですから、事前にこのような物を用意させていただきました」
そう言うと、モネは指をパチンと鳴らした。
すると、3Dグラフィックスで出来た巨大な電子掲示板のようなものが互いの前後の壁に大きく映し出される。3Dグラフィックスで出来たそれの上部にはモネとルリアの名前、顔、体力ゲージのようなものが表示されており、それは以前に流行った2人用の対戦格闘ゲームの対戦中の画面さながらだった。
「これは?」
突然現れた巨大な3Dグラフィックスに、ルリアは首を傾げる。ルリアはこれがかつて日本で流行った格闘ゲームのゲーム画面に似ていることは分かっていたが、わざわざこんなものを用意してモネは一体何がしたいのかについて全く見当がつかなかったのだ。
「この3Dグラフィックスにはあなたの顔写真、名前が表示されていますね。そして、その下には枠に囲まれた緑の横長の長方形があります。これを体力ゲージと言い、これはダメージが与えられると徐々に減っていき、それが全てなくなってしまうとあなたは私に負けてしまいまい、この体力ゲージを残して、私の体力ゲージを全てなくならせてしまえば、あなたの勝ちとなります。他に質問はございますか?」
「てことは、私はあなたの胸を触っても勝ちにはならないってことね?」
「何を言っているんですか、ルリア? まあ、確かにそういうことになるのですが、あなたはそうまでして私の胸を触りたいという変態さんだったのですね、全く呆れました……」
ルリアの発言に、モネは一歩引いた態度で応対する。
「うっ……、違う。私はそんなんじゃないわよ!」
ルリアはあたふたしながら言った。
「本当に違うのですか?」
モネは横の壁にもたれかけながら突っ立ているヤマトに対し、やや威圧的に尋ねた。
「そうだな。確かにルリアは変態…………」ヤマトは冗談でモネにルリアが変態であると言おうとしたが、ヤマトはルリアの殺気に満ちた矢のように鋭い眼差しに一種の危機感を感じ、冗談を途中で中止する。「……じゃない。ごく普通のか弱い少女だ」
「本当にそうなのですか? さきほどのパンツ姿にしても、発言にしてもどうにも変態のようにしか見えないのですが…………」
「ちょっと待って。さきほどのパンツ姿って……、あのことについてはちゃんと納得してくれたじゃない?」
「ホワイトハウスの執事たる者、分裂症ですから」
「そんなのあり!?」
「はい。まずどんな状況があってもパンツ姿で寝ることはあり得ませんし、『胸を触りたい』という発言も明らかに普通の人の発言ではありませんし、これらのことを考慮して私はあなたを『さりげなくオープンなすけべ』と判断させていただきます」
モネは自信満々に言った。
だから、どうしてこうなるわけ!?
「そもそも、胸を触っていいと言ったのはあなたよ! そして、いきなり胸の発育がどうだとか言い出したのもあなたからじゃない!」
「あれー私そんなこと言いましたっけー? 忘れましたー。ホワイトハウスの執事たる者ー、忘却症ですからー」
「どんだけ都合のいい頭なのよ、あなたの頭は!」
「まあ、そんなことは置いといて、早く手合わせ願いたいのですが……」
モネは早く戦いたいとでもいうように腰の鞘に手を掛けた。モネはルリアやヤマトと対面する前、クラークスから彼女達の人間離れした高い戦闘能力について聞かされていたし、その時の映像も見せてもらっていたので、どれだけ彼女達が強いのか、実際に強さを肌で感じてみたかったのだ。そして、映像を見ていく中で気になる部分も出てきた。それは、ルリアが銃弾が効かないということと、砲丸直撃時にルリアは何をしていたのか灰煙のせいで見えなかったことだ。その理由を彼女は何としても調べたかったのだ。だから、彼女は心にもなく、ルリアにとげのある発言を繰り返しては、ルリアを挑発していたのである。
「ああもう、あったま来たわ。いいわよ、やってやる! 私が勝ったら、私が変態であるということを取り消しなさいよ!」
ルリアは文字通り怒りに身を任せるというふうに、投げやりになって言った。
「それは、ヤです」
モネは手短に断る。
「いいわよ、いいわ! やってやろうじゃない。私を怒らせるということがどんなに愚かなことであるか身を持って教えてやろうじゃない。覚悟はいいかしら?」
ルリアは不気味な笑みを口元に浮かべた。その時の表情は、獲物を狩る蛇のように、何ともいえぬ禍々(まがまが)しさを放っていた。
そのルリアの鋭い殺気に、さっきまで終始無表情だったモネは嬉しそうに口元だけ笑ってみせた。