洋館に忍び寄る怪人Ⅱ
それは髪を短く切った黒髪の美しい女性で齢はルリア達とさほど変わらず、細身で身長がスラリと高く、理知的な雰囲気を漂わせていた。
「お初にお目にかかりますね。ここで執事の仕事をやらせていただいているモネ・ウィルソンと申します。よろしく」
モネはそう言って彼らに丁寧に挨拶をした。
しかし、無表情で愛想がなく、抑揚のない口調だったために、まるで心がこもっていないような、或いはロボットから挨拶されたような複雑な印象を受けた。
「私は日暮ヤマトだ、よろしく」
「私はルリア・グラシアルよ、こちらこそよろしくお願いします」
彼女達は一瞬戸惑いの表情を浮かべた後に、笑顔で挨拶した。
「さきほど、ルリア様がお腹がすいたとおっしゃっていましたので、急ぎ朝食を用意させていただきました」
モネは相変わらず抑揚のない調子で話す。
「えっ!? さっきの私の声が聞こえたっていうの? ここから食堂までは1000歩以上の距離があるはずなんだけど……」
ルリアは目を丸くし、戸惑いながら言った。
「私はホワイトハウスに仕える執事でございますが、執事である以上万の事に通じている必要があります。したがって、執事とは優秀な者であり、ゆえに私は優秀なのです。私はホワイトハウスの執事ですから、優れていて当然なのです」
いや、執事ってそこまで才能が必要な職種でしたっけ? 彼女達は苦笑いしながら、心の中でそう呟く。
「ところで、ただ今ルリア様とヤマト様の朝食をご用意いたしましたが、少しお部屋に失礼してもよろしいですか?」
「いやいや、遠慮なく入っていいよ」
「ものすごい量の料理ね。私達も手伝うわせてもらうわ」
「手伝う? しかし、これは私の執事としての仕事であり、役目であるため決してそのようなことは必要はありませんが?」
モネは不思議そうに首を傾げる。
「なるほど。現在の執事としてのモネさんの義務は私達の朝食を私達の所に運ぶことであり、これは私達に対する奉仕であるとする。だとすると、それを受け取る権利は私達にあり、それと同時にその義務を果たせたかどうかの裁量も私達に委ねられているわけね。それなら私達は、モネさんが朝食を私達の手助けなしで私達のところに運んだ場合のみ、私達はモネさんが執事としての義務を果たせなかったと判断するわ」
ルリアは含み笑いして言った。
「…………分かりました。ヤマト様、ルリア様、ご覧の通り非常に量が多いので、お気をつけて運び下さい」
「おう」
「ありがとね」
ヤマトとルリアは巨大なお盆をモネから受け取ると、お盆に乗っている料理をこぼさないように注意しながら、ゆっくりと室内のダイニングテーブルへと運び、向かいの席に座るのだった。
お盆の上には、ズワイガニ入りのピザ、シーフードサラダ、ハンバーグ、ホタテ貝のソテー、プリンが並べられていた。
この分量は朝ごはんにしては非常に多く、日本人の胃の大きさなら3人から4人分の分量に相当する。
ルリアはこの朝食の分量に圧倒されていた。確かにアメリカ人はよく食べるとて聞いたけれど、本当にこれほどの量を皆がみな、食べ切れるのかしら? まあ、ヤマトなら問題なく全部たいらげてしまうでしょうけど、少なくとも私には無理だわ。こんな量。でも、出された料理は全部食べてしまわないと……、お残しは他人に自分の裸姿を見せるよりも恥ずかしいことだとママが言っていたわ。だから、何とかしてお残しだけは避けないと……。でも、どうしたらいいの? ヤマトに食べてもらうとか? いいえ、駄目よ。駄目だわ! もし、そんなことしたら、ヤマトの胸がさらに大きくなるじゃない! ルリアはさりげなく、ヤマトの胸の方を見た。そうよ、ヤマトがあれだけ食べても太らないのは、その栄養が全部胸にいっているからに違いないわ。それを忘れちゃ駄目だわ、ルリア。他に私の朝食を食べてくれる人はいないかしら。そう思いながらルリアは周囲を見渡した、すると、ルリアはモネの姿に気がつくのだった。
「ねえ、モネさん? 朝食はもういただきました?」
そうだ。モネさんに食べるのを手伝ってもらいましょう。見たところ、モネさんの胸は少し小さい方だし、それは私の仲間である証拠だわ。
「いえ、まだですが…………どういたしましたか?」
来た、チャンス!
「それなら、ちょうど良かった。ご一緒に私の料理を召し上がって下さりませんか?」
ルリアは満面の笑みを浮かべて尋ねた。
「いえ、それは結構です。さすがに私がルリア様の料理に手をつけるなんて恐れ多いことですしね……」
モネは満面の笑みを浮かべるルリアに対し、申し訳ないとでも言うかのようにひかえめな調子で丁寧に断った。
「そんなことはありませんわ。私にはこの料理を食べる権利があり、それをあなたと共有する権利もある。だから、問題はありませんわ。……というより、この分量はちょっと私には多すぎて私一人ではとても食べきれないのよ。だから、一緒に食べるの手伝ってくれないかしら?」
「…………何故そうまでして私を思って下さるのですか?」
モネは黙ってルリアの方を数秒間見つめると、静かにルリアに尋ねた。
「私は困っている人を黙って見過ごせなんていう教育を受けた覚えはないわ。それにいい友達になれそうだと思ったからよ。私達はここに来たばっかしで、なかなか同い年の子とも巡り合えなくて退屈していたところなのよ。仲良くしましょう、よろしくねモネ」
ルリアは満面の笑みを浮かべて言った。
「はい、よろしくルリア様」
モネは相変わらず抑揚のない調子で答えた。ただ少しだけ、モネの口元が笑っているように見えた。
「様はいいよ、様は」
「はい、ルリア」
「そうそうそんな感じ、そんな感じね。いいよモネ。その調子その調子♪」
「ところで、ルリア? 何でほとんど下着姿?」
ルリアは一気に耳まで顔を赤らめる。
となりで、ヤマトがくすくす笑いするのだった。
「い……いや、これはちょっと……いつもの癖……というか」
ルリアは照れながらそう弁解すると、モネの目が点になっているのに気がつく。
あっ……、しまった。
さっきの弁解理由じゃ私、ただの露出狂じゃん!! ていうか、変態じゃん!!
違う違う違う違う!!
私、そんな露出狂じゃないし、ちょっと布団の中が暑かったからってだけだし。
「ルリアさん……」
止めてモネ。
そんな顔で私を見ないで。
何か目が死んでるよ。
「違うから…………決してそんなんじゃないから。布団の中がちょっと暑すぎただけで、いつもならちゃんと服を着て寝てるから。大丈夫だよ、決して露出狂じゃないからね」
ルリアはあたふたしながら弁解する。
「それは本当なのですか? ヤマトさん?」
モネは相変わらずの無表情で抑揚のない調子だったが、何故か彼女の言葉には重みが感じられた。
「ああ、ルリアはいつもあんな感じではしたない格好だぜ」
ヤマトはニヤニヤしながら言った。
そんな訳あるか!!
「ヤ マ ト ……」
「いやいや冗談だ、冗談。ここはアメリカだぜ、ルリア。だから、ちょっとアメリカンジョークが通用するかやってみただけだって」
ヤマトは苦笑いしながら言った。
「なるほど、ジョークだったのですね。私はジョークというモノに対して、殺意がわくぐらいに嫌悪感を覚えるのですがどういたしますか、ルリア?」
待て待て待て待て! ちょっとまずくないか。この状況?
ヤマトはモネから発せられる尋常ならない殺気に危機感を覚えた。
「殺っちゃって下さい、モネさん」
ルリアはこれまでにないくらいに満面の笑みで答えた。
「はい、覚悟ください。ヤマトさん」
ちょっ、これまずっ…………。
ていうか、痛だだだだだだだだだだだだだだだだ!
「関節技は勘弁!」
ヤマトはモネの関節技よって腕を背後に回され、あらぬ方向へと曲げられようとしていた。
「もうそろそろよろしいのでは?」
「そうね、そろそろ頃合ね」
ルリアがそう言うと、モネは関節技を止めた。
しっかりと着替えた姿でルリアは二人の前に現れる。
「意外とアメリカンジョークの通じないアメリカ人っていうのもいるんだな」
「どれほど多いかは存じておりませんが、少なくとも私は好きではありません」
「なるほどな」
「さて、早くご飯をいただいちゃいましょうか、冷めないうちにね」