世界につかれた一人と一柱
「あー、転生したい」
午前0:00をまわった深夜のオフィスでPCに突っ伏しながらぼやく男ひとりごちる。
彼の名前は「名和 信心」苗字がネタにされやすいこととラノベ好きのオタク属性もち以外は特に特徴がないと自分ではおもっている。
実際、周りの評価はストレスに強く仕事もできる奴ということで新規プロジェクトのリーダーを任された結果、現在の午前様状態になっているのだ。
信二は新規プロジェクト立ち上げのリーダーに抜擢されてから3ヶ月上司や同僚のサポートも受けつつなんとか乗り切った。
しかし、残務処理のため30歳の誕生日を一人さびしくオフィスで迎えた彼の心はぽっきり折れてしまった。
転職ではなく転生という言葉がナチュラルに出る時点で相当である。
「馬鹿なこといってないで帰るか…」
ここ3ヶ月床屋にいく気力もなく伸び放題になった髪を掻くとオフィスの片づけを行い疲れた身体を引きずるようにして会社から出た。
幸いにも仕事がひと段落したため明日・・・日が変わっているので今日から3連休。
彼女なしだが気ままな男の一人暮らし思う存分羽を伸ばせるだろう。
予定をいろいろ考えながら信二は会社の駐輪場にとめた自転車にまたがるとまだ寒い夜道へとこぎだした。
「さすがに今からだと飯をつくるのもかったるいしコンビニでなにか買っていくか」
人気のない国道沿いの道をぼやきながら自転車をこぐ、自分の勤めている会社は最寄駅から自転車で30分かかる辺鄙なところにある。
会社の人間は大体車で通っているのだが、信二は最近でてきたお腹を気にして自転車で通勤している。
最初は苦しく週に1回ペースであったが、車通勤では感じにくかった移り行く季節を感じることができ、いまでは雨の日以外は自転車通勤にしている。
「そうだ。コンビニに行く前に久しぶりにお参りしとくか」
通勤の道すがら小さな社がある、市街地を通る国道沿いでビルや店が多い中ぽっかりとあいた隙間にその社はあった。
社はたっている土地を含めても信二の住んでいるワンルームよりちょっと大きめくらいの広さしかなかった。
しかし、市街の中にあるのに周囲の空気と断絶され妙に静かな気持ちになれるので新規プロジェクトが始まる前はちょくちょく帰りによっていた。
新規プロジェクトが始まったあとは心にそんな余裕がなくなり訪れるのはちょうど3ヶ月ぶりになる。
「いまは真夜中だから当たり前だけど、ここ昼間にきても誰もいないんだよな。本当に神様がいるのかも」
と、つい厨二病っぽい言葉がでてくる。名前が信心だから信心深い、なんちゃってと心の中でおもった瞬間死にたくなったが。
社に拍手を打って一礼する。本当は二拝二拍手一拝が作法なんだろうけどそこまでやっちゃうと気軽に来れなくなる気がして簡単にしている。
「ファンタジーな世界へ転生させてください」
かなり真剣な声がでた。神様相手だしバカな願いでもいいだろう。
王様の耳はロバの耳、明日からの休みでリフレッシュしてまた仕事がんばろうと思い顔をあげるといつのまにか社の前に銀髪の女の子が立っていた。
「よいのか、そんなホイホイ願っちまって妾は本気でやっちゃう神だぜ」
「それ、あかんネタや!」
高速で目の前の少女に突っ込みをいれた瞬間、周囲の景色が白一色となった。
自分と銀髪の女の子しか存在しない空間、そして目の前にいるのが所謂神様というのがなぜか確信できてしまった。
銀の髪と金色の瞳、シミひとつ存在しない陶磁の肌、作り物めいた容姿、幼い顔立ちなのになぜか妖艶さを感じまた同時に老練さを感じる。
そして少女は妙に艶かしさを感じる唇で言葉を紡いだ。
「異世界へいってみたいかー!?」
「おー!」
「魔法とか使ってみたいかー!?」
「おおお!」
懐かしいフレーズだな、年がばれるなと思いつつ脊椎反射で声を上げてしまう。
少女、いや神様の言葉は長年ラノベを読んで妄想していた事が現実に起こっており知らず知らずにテンションがあがってくる。
「妾と合一したらその願いかなうぞ!?」
「おおお!・・・え!?」
一瞬思考がとまった。
「Yes!ロリータ!No タッチ!」
「だれがロリじゃ!」
心で叫んだ心算が声に出ていた。
「ロリババア属性はないわけでもないが、ちょっと急すぎもっとこうお互いをよく知ってからことに及ぶのは吝かではない」
「おぬしいい性格しておるのう」
またしても心の声が漏れてしまったようだ。神様はあきれ7感心3の割合の目でこちらを見る。
「合一とはそういう意味ではない」
「性的な意味以外での合一とかいやな予感しかしないんですが」
「じゃあ異世界転生はなしでいいんじゃな」
「ちょ、待てよ」
異世界転生なしと言われ、動揺しすぎて90年代を風靡したロンゲのイケメン兄ちゃんのような発言をしてしまった。
「すみません神様、お話を聞かせてください。あと心の声が漏れるのは仕様ですか?」
「うむ。心の声についてはお主はいま精神体になっておるから慣れていないと裏も表も全部だだもれじゃ」
「くやしいでも考えちゃう」
「いちいち茶化さないと会話もできないのかお主は」
「すみません、根はまじめなんです。こんな夢みたいなことが起こってるのでテンションがおかしいだけです。話を続けてください」
神様の視線があきれ9割になっていたのであわてて平謝りする。機嫌を損ねて異世界転生やっぱなし!ってなったら冗談ぬきで絶望して首を吊る。
「まあいいじゃろう、先ほど合一といったが。簡単にいうと妾の神格をもって異界にわたってほしい」
「僕のデメリットがまったくないんですが。適正がないとその神格を抱え切れなくて死ぬとかそんな感じですか?」
「あくまでも神格の核を渡すだけじゃ、いままで妾が育てた神力は主を異界にとばすのに全て費やす」
「ますます意味がわかりません」
「そうじゃな、神格というのは人間で言う魂。神力というのはレベルみたいなものじゃ。」
「神格と神力についてはなんとなくわかりましたけど、なぜそんなことを?」
「もう疲れたのじゃ、倦み倦まれるのも」
目の前の神様の言葉は年を経た老婆のようにかすれ、幾星霜も経た重さを伴っていた。
―神は信仰がある限り不滅である、名を忘れられ人々の記憶から完全に消滅したとき初めて神の死が訪れる。
ただしそれは信仰でなくてもよい、主神に仇名す敵役もその神話が人々から忘れられない限り死ぬことはない。
「親に捨てられ、海に流され、妹弟たちには疎まれ。信仰によって死ぬこともできぬ」
目の前の神様は考えた、自分を誰も知らない世界にいけばこの途絶えることがない意識を消せると。
しかし、直接異世界に飛ぼうとしても世界の壁にはばまれる、大きすぎる自分の存在はこちらの世界の目を抜け出せず、異世界の入り口も通り抜けられない。
だから目の前の人間に極限まで小さくした神格をまぎれさせ神力を全て費やし世界の壁を一瞬こじあけ世界を脱出する。
極限まで小さくし人間にまぎれさせても主神につらなるこの神を異世界にとばせる成功率は高くないという―
「そういうわけじゃ、失敗したら主は世界の壁にひっかかり魂ごと消滅する。失敗するほう可能性のほうがたかい。
妾も異世界にいきたい人間が目の前に現れて浮かれてしまったのじゃが、やめたほうがよいぞ」
「わかりました、やりましょう」
「お主はなにをいっているんじゃ」
快諾したのに、すごい真顔で返されてしまった。
「こんないい神様を邪神扱いするこの世界なんてクソ食らえなんで」
「いまの話をきいて妾のどこがいい神なんじゃ」
「なんやかんやいって裏まで全部はなしてくれたじゃないですか。そのまま異世界に転生させてやる感謝しろで十分その気にさせれたはずなのに」
「そ、それは・・・」
口ごもる神様、慌てて言い訳しようとするもうまい言葉がでてこないようだ。不覚にも可愛いと感じてしまった。
「実際、僕にとってはそれこそ中学生のころから妄想してたことが実現できそうなんです。命のひとつやふたつかけましょう」
結婚とかしてたらたぶん諦めていたのだろうけど、彼女もいないし、この先人生が劇的に好転するいいことが起こるなんてそれこそ奇跡を願うようなものだ。
正直死ぬのは怖いが、このチャンスを逃すのは死んだほうがましだという奇妙な確信を覚えた。
「この世界に疲れたもの同士、いっちょ逝きますか。この場所は心の声が駄々漏れでしょ?僕が本気なのがわかると思いますけど」
「お主本当に軽いのう・・・、わかった。ありがとう」
「成功したらいってください。」
「わかった、ところで遣り残したことはないのか?割とこの世界なら融通がきくぞ」
「正直そこらへんつぶしていくと行けなくなるんで、あ。PCの中身だけ全消去しといてください」
割とまじめにリクエストする。そしてこの世界の自分と関わった人間たちの記憶は消してもらった。
家族はもちろん、友人や仕事先の人も全部だ。これは自己満足と同時に勝手なことをしている自分への罰だもうこの世界には自分の居場所はない。
目の前の神様は何か言いたげだったが黙ってやってくれた。
「よし、座るのじゃ。儀式を始める―お主名は?」
「名和 信心です。そういえば、お互いの名前を知らずこんな重大なことを決めたのか」
いまさらながら自分の思い切りの良さに驚く、こんなに果断な人間じゃなかったはずだが。
それだけ異世界転生というのは自分の中で非常に大きな魅力だったのだろう。
と、つらつらおもっていたら目の前に神様の顔があった。
改めてみると恐ろしいほど綺麗だなと感心してたら唇を塞がれた。
口付けを通し恐ろしく熱く、重いものが自分の中に侵入したのを感じ取った瞬間意識が飛んだ。