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兎に情が移りました

 足が鋭く痛む。激痛を我慢しながら、鏡也は一階へと必死に下りていった。

 そこには倒れた爺さんと、目を赤く腫らして心配する納豆丸の姿があった。


「鏡也、その足大丈夫か……」


 全然大丈夫ではなかったが、胸を張って笑って見せた。


「そんなことより、納豆丸、よくやってくれたよ。お前に協力してもらわなかったら、爺さんたちはどうにもならなかったぜ」

 鏡也が納豆丸に頼んだことは三つある。トランシーバーを介して偽の声をGⅠに聞かせ続けること。一階に落ちているであろう、婦女暴行犯のナイフを見つけ出すこと。そして、GⅡが落ちてきた後、そのナイフを突きつけて動きを封じること。

 納豆丸はどれも卒なくこなしてくれた。


「ははは、まあ私にかかればどれも簡単な仕事だったよ。別に褒めてもらって照れ隠しに尊大になっているわけじゃないんだから……鏡也、ほんとに足大丈夫?」


 いつもの納豆丸らしくもなく、彼女はおろおろとして自分の足を見つめてきた。

 本当に心配をかけてしまったことを鏡也は悟った。

 そんな二人の天上から突如、声が聞こえてきた。


「安西さーん、やられちゃいましたか? ありゃりゃ……」


 鏡也と納豆丸は上を見る。集会場の天井の鏡面が歪み、一匹の丸々太った緑のカメレオンが鏡の中から這い出てきた。三メートルはありそうな巨体に納豆丸の顔が青ざめていく。


「うぇ、気持ち悪い……」


 カメレオンは天井と壁を這いまわりながら、一階まで下りてきた。


「納豆丸、気を付けろ。敵かもしれない」

「分かっているよ」

 

 鏡也と納豆丸は身構えた。

 カメレオンは動きを止め、大きく口を開けると、長い舌を伸ばしていった。赤い絨毯のように床に布かれていく。

 その上を、一人の少年が、カメレオンの口の中から出て、二人の方へと歩いてきた。


「お初にお目にかかります。ミカエルというものです。この子はカメレオンのプティックと言います」


 少年は手を振りながら愛想良くにこにこと笑った。

 彼は頭にターバンを巻いていた。背は納豆丸と同じくらい。翡翠の目を持ち、その緑と同じくらいきれいなエメラルドをターバンの中央に飾っていた。アラビア系の衣装を身に纏っている。


「どちら様ですか?」

「鏡界協会の者です……と言った方が、分かりがいいですかね?」


 第二の刺客だろうか。鏡也の背筋に緊張が走った。


「納豆丸は渡しませんよ」

「それならもう大丈夫です。あなたは同胞・安西への勝利を以って、協会の一員として認められました」


 少年は優雅にそう言い、鏡也に近づいてきた。


「仮免許をどうぞ」


 鏡也が受け取ったのは緑のカードだった。表面には「仮免許」の文字と登録番号なるものが書かれ、裏面には手鏡が添えられている。

雰囲気に押され、鏡也はついつい敬語を使ってしまう。


「いったい、どういうことですか……」

「協会入会への条件は、自分の鏡獣の面倒をきちんと見れることです。おトイレ、ご飯はもちろん、もし鏡獣が暴れ出した時、自分の力で制圧できないといけません。鏡也さんは気力、体力ともに十分規定値を超えていると観察されたので、クリアされたということです」


 鏡也は眉をしかめた。先ほどまで納豆丸は狙われていたのに、いきなり仲間になったと言われ、どうも腑に落ちなかった。


「納豆丸は邪神とか言っていただろ……それは大丈夫なのか?」

「納豆丸さんは邪神によく似た鏡獣だと判断されました。邪神の本体はすでに太平洋沖で発見されているので同一個体ということは考えにくいです。鏡獣にもいろいろな形のものがいますから、邪神に似ているものがいてもおかしくないでしょう」


 そんなものだろうか。鏡也は納得しながらもどうも不服に感じていた。


「さて、安西さんも鏡也さんも傷を治して帰りましょうか。僕の能力は回復景福マジカル・ヒール。鏡に映した部位の傷をあっという間に治癒させる力です」


 鏡也は、盛大に折れた足と、全身の傷を治してもらった。鏡也としては、自分の傷が治ったことより、納豆丸が泣いて喜んでくれたことの方が嬉しかった。

 安西も全身の傷が治ると、薄目を開けて鏡也を見つめてきた。


「これからよろしく頼むぞ」


 そうか、爺さんがやってきたように、自分もこれから鏡界協会のために働かなくてはいけないのか。鏡也は悟った。

 全ては納豆丸とこれからもずっと一緒にいるためだ。

 






 翌週の休日、夜。納豆丸が家に来て一週間記念と称し、カレーパーティーが開かれた。

ソファーでごろごろする兎姿の納豆丸を尻目に、テーブルの上に、食器とカレー鍋が並べられていく。


「よし、納豆カレー出来上がり」

「ふふ、儂の作った筋肉カレーの方が旨いに決まっているわい」


 料理教室のよしみということで、安西もなぜかパーティーに混ざっている。


 闘いがおわった直後には、しばらく爺さんとギクシャクした関係が続くだろうなあと鏡也は思っていた。お互い、死闘を繰り広げた敵であったからだ。しかし、鏡界からの帰り際にそんなことを考えつつ爺さんの禿げ頭を睨みつけていると、隣にいたミカエルから耳打ちをされたのだった。


「安西さん、割とあなたのこと、気に入っているみたいですよ」

「……まじか」

「まじまじ、おおまじのマジカル・ヒールですよ」

 ミカエルは真面目であることをことさら強調し、神妙な面持ちで鏡也に教えてくれた。

 安西は今回の戦いで己に二つの制約を課していたらしい。

一つ目は安西の能力「分子分身」。本気を出せば、二人どころか、両手で数えるにはあまりある分身を作り出せたらしいが、それを二人に留めていた

 二つ目は鏡獣の亀蔵に手出しをさせていないことである。


「ジジイ、手加減してやがったのか……」


 鏡也の頭に悔しいような血が上っていく。


「違いますよ。安西さんはあくまで鏡也さんの能力を独力の生身で見極めたかっただけなんです。僕に事前に免許を持ってくるよう、言っていたくらいなんですからね」


 人畜無害そうなミカエルにそう言われると、どうも本当のことのような気がしてきた。

 事実、その後一週間、安西は今まで通り、自分と接してくれた。鏡也が感じていた敵対心もいつの間にか消えていくほどに。

 自分を殺しかけた人間をそう簡単に許せるものだろうか。

 自分が思っている以上に、爺さんの器は広いのかもしれないと鏡也は感じた。


 カレーも並べ終わり、いよいよ試食時間となった。

 片や、納豆が入り、粘り気を持ったカレー。

 片や、牛肩肉がごろごろと入れられたカレー。

 どちらがより旨いかを、主賓の納豆丸さんに食べて決めてもらおうというのである。

 納豆丸は盛り付けられたカレーのルーだけを剥がして食べ、舌鼓を打った。


「筋肉カレーの勝ちですな」

「フォッフォッフォッ」


 安西は満足気に髭を揺らして高笑う。


「おい、どうして俺の納豆カレーが駄目なんだよ」


 納豆丸は前足をチッチと動かして答えた。


「納豆にカレーという組み合わせがナンセンスなんだよ。納豆への冒涜であり、カレーへの侵略戦争だろ? そういう鏡也はさっきから筋肉カレーばかり食っているじゃないか」

「ぐっ」


 痛いところを突かれて、鏡也は目を反らした。

 納豆丸が好いてくれるかと思って作ったがとんだ誤算だったようだ。やはり、納豆関連ならなんでも旨い旨い食ってくれるわけではないらしい。

 牛肩肉カレー旨いなあと思いつつ、鏡也はスプーンを動かした。

 安西も筋肉カレーを食べながら、時折、鏡にカレーを垂らしていた。亀蔵にも食べさせているのだろうと鏡也は思った。

 ふと、安西と亀蔵の出会いなんかも気になったが、話が長くなりそうなので聞かないでおいた。

 安西がこちらの視線に気づき、鏡也に目を向けた。


「どうした? 何か気になることでもあるのか?」

「いいや、特には」

「納豆丸のことだろう?」


 見通しているように安西は言ったが、実際違う。

 だが、安西が喋りたそうにしていたので、鏡也はあいまいにうなずいた。


「儂は思う。本来なら納豆丸はやはり協会の裁判にかけられるべきだ。だが、それを上層部があえて見逃したのには理由がある」

「どんな理由なんだ?」


 話が重くなりそうで慌てて小声で問い返した。


「納豆丸は邪神と瓜二つだ。実は脱走していた際の邪神が、自分の分身として作った鏡獣なんじゃないだろうか……いや、自分の分身そのものなんじゃないか。再捕獲されたとき、邪神は相当弱っていたと聞く。納豆丸に自分の力の大部分を託したとすれば説明が付くんじゃないか。協会はその可能性を恐れて、裁判にかけるのを止めておいたのだ。本部で暴走されたら自分たちの身が危ないからな」

「おいおい、話が壮大になってきたけどよ、全部ジジイの妄想の話だろ……。納豆丸を勝手に悪者にすんなよ」

「妄想じゃとな……不遜な若造よ。もし協会と敵対する事態になったらどうするというんじゃ」

 安西は不服気に鼻を鳴らすと、カレーを鏡に垂らす作業に戻った。


 鏡也はカレーを食いながら思う。もし協会とドンパチやり合うことになったとしたら相当めんどくさいだろうな。


「ところで、納豆丸、なんで納豆カレーばかり食ってるんだよ。筋肉カレーの方が気に入っているんだろ」


 四つん這いになってカレールーをずるずる啜る納豆丸に鏡也は問いかけた。

 つぶらな赤い瞳で鏡也を見上げて納豆丸は答えた。


「だって、鏡也が私のために作ってくれたものだからな。まずくても食ってやるのが情けというものだろう」

「まずいっつうのが余計なんだよ」


 鏡也は苦笑って納豆丸の白い耳をごしごしと撫でつけた。そして、自分も納豆カレーを皿に更に盛った。

 

 鏡也は決心している。

 たとえ、協会に刃向かうことになろうとも、

 たとえ、納豆丸が禍々しい邪神だったとしても、

 自分は納豆丸のために戦い続けよう。

 それが飼い主であり、契約者であり、納豆丸の友である自分にできることだろう。


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