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アナザー・リアリティ  作者: 大岸 みのる
第一部:入社一年目の軌跡
5/50

初めての狩りは死に物狂いでした!

 俺の剣はユウグマの右腕を斬り裂いていた。

 ユウグマの腕から赤い鮮血が、完全に閉まってない蛇口から漏れる水の如く垂れている。見るからに痛そうだ。

 鉄の両手剣を握る力を強める。スキルはまぐれで一回発動した。感触的に言えば、スキルの軌道に乗せる感じだ。恐らく、攻撃系スキルとは必殺技の類だろうか。

 深呼吸をして、俺は気持ちを落ち着かせた。

 そして、右足に全身の力を込めて、立ち向かった。


 「うぉおおおおおおお!!」

 「ガァアアアアアアア!!」


 ユウグマは咆哮を上げ、使い物にならなくなった右腕を垂らしながら、左手の爪で引っ掻き攻撃をしてくる。俺はそれを両手剣を振りまわしながら、ユウグマの攻撃を弾く。最初の攻撃よりも力が入っていないのがわかる。一回一回の攻撃が単調で、右腕の痛みからか、攻撃力に支障を来している。


 これはチャンスだ。


 俺は両手剣でユウグマの何度目かも分からない引っ掻き攻撃を弾き返すと、一度距離を取った。ユウグマは頭に血が上っているのか、距離を取った俺に対して猪の如く突進を繰り出す。


 俺はVRMMOで好きだった技である居合斬りの構えを取る。この技は相手の鼓動に同調し、懐を斬るという単純的な攻撃モーションである。もちろん、この構えをしたらAIの敵は突っ込んだら必然的にダメージを受けると分かっているから立ち止まってしまうが、現在のユウグマのように頭に血が上っている状態になら攻撃を与えやすい。

 

 「ガアアアアアア!!」


 俺はユウグマの突進の動きを正確に捉え、両手で握る剣に力を込める。

 やがて、突進してくるユウグマに攻撃を炸裂させるのにはピッタリな間合いとなる。

 鉄の両手剣が再び、ブルーライトのエフェクトを纏うのを感じながら、襲いかかるユウグマの腹部めがけて剣を走らせる。

 

 「うぉおおおおおおおお!!」

 

 俺の気合の叫びと共に、剣はユウグマの懐に入り込む。剣はユウグマ腹部を気持ちよく通る。そして、ブルーライトのエフェクトの残像が俺の視界に入る。


 これはまだ浅い!!


 直感で、これではまだ仕留められないと思った俺は、攻撃スキルのスラストを一時中断させ、思いっきり力を込めてユウグマの胸部にめがけて剣を突き立てる。

 スキルの中断は、そうとうな力が必要であると感じた。ユウグマの攻撃を防ぐ事よりも攻撃変更させるほうが重みがあった。そして、スキルの技でもない通常攻撃の串刺しは、ノーエフェクト。

 やがて、俺の持つ両手剣はユウグマの胸部深くを貫いた。

 ユウグマは吐血し、俺の顔にも微量の血がつく。今は必死だったので、あまり気にはしなかった。


 そして、ユウグマは地面に倒れ動くことはなかった。

 俺はユウグマに刺さったままの剣を引き抜くと、剣は血で汚れてしまっていた。

 しばらくすると、拍手の音が聞こえた。

 俺は音のする方へと視線を移すと、上司である部長の胡桃が両手を叩いていた。

 

 「おめでとう。まさか、初日でユウグマを倒せるとは思ってなかったよ」

 「あは、あはは。自分でも、色々嘘みたいです」

 「色々?」

 

 胡桃は首を傾げて聞いてきた。

 普通、初めての体験をして何を言うのか知らないけど、俺は自分なりに答えた。


 「まず自分が途中から落ち着けた事ですかね。それから、スキルの感触を一回で掴めた事も不思議ですし、初めて動物を殺したのに怖いとか何もないっていうのが……。俺、可笑しくなったんですかね?」

 

 俺は空笑いをした。自分の感じた事のない恐怖を知って、最初は死という物を感じさせられた。それこそVRMMOにはない感覚。これはゲームではなく、リアルなのだと思い知らされた。

 スキルに関しても、何故俺があんなに落ち着いて次撃を放てたのかも不思議でしょうがない。

 

 「お前は面白い事を言うな。普通なら、腰を抜かしたままで反撃できなかったり、死を前にして失神する者までいるんだぞ。倒せたとしても、生血を見て吐く者すらいるんだ。お前みたいな奴は初めてだ」

 

 ニッコリと笑顔を見せる胡桃。大抵そんなもんだろうか。俺は初めてなので、よくわからない。少なくとも俺は、一般人から見て異常なのだろう。

 

 「あ、そうそう。お前が感じてる物の正体を教えてやろうか?」

 「え、分かるんですか?」

 「ん、まぁな。――それは野生の本能だ。基本的にはこの世界に一年程いたら身に着く物なんだが、お前はそれを誰よりも早く獲得した。ただそれだけの事だ」

 「そう……ですか……」


 何とも変な感覚だ。生きる為の本能とでもいう奴だろうか。だとすれば、誰でも微量ながら、あるのではないだろうか。俺の場合極端に本能が出たっていうだけなのか。

 結局俺様チートってわけではなさそうだ。何しろ一年この世界にいれば目覚める物みたいだからな。


 そこで、森がざわめくのを感じ取った。

 空はいつの間にか闇に包まれている。

 そして、この匂い……。嫌な予感しかしない。

 

 「とりあえず、お前がここに不時着した理由が分かった」

 「そ、それはなんですか……」


 そのとき、森から鳥たちが羽ばたく音が聞こえる。

 風は豪快に吹き荒れ、草原が波打つ。パキパキと木屑を踏む音がこの先の森から聞こえ、俺の心臓の鼓動を早くさせる。

 胡桃も不可視の書類から目を離し、双剣を構えた。


 「コイツが原因っぽいな」

 

 胡桃が呟いた瞬間。全長八、九メートルはあるであろう、狼が森から飛び出した。その毛並みは灰色。翡翠の瞳。力強い四肢。

 俺はその姿を目撃した瞬間に、背筋が凍っていくのが分かる。コイツは絶対にヤバいと感じる。本能が逃げろと叫んでいる。

 

 「ぶ、部長。コイツのランクって……」

 「聞きたいか?」

 「は、はい……」

 「コイツの名前は灰巨狼(グレンガー)。Aランク討伐モンスターだ」

 

 胡桃の額を冷や汗が通る。

 俺達を視界にいれた灰巨狼は、ユウグマの数倍ある迫力の咆哮を上げた。足がコンクリートに浸かったみたいに動かない。それに、この咆哮は耳を破壊するんじゃないかと思えてくる。

 

 「何で、こんな所に灰巨狼なんかが……」

 「部長! これって」

 「もちろん退散だ! あたしでも勝てるかどうか分からないんだ!」

 

 胡桃が叫んだ瞬間に、灰巨狼は動きだし俺達の様子を伺う。

 灰巨狼は唸りながら、涎を垂らす。完全に捕食者の瞳である。このまま逃げ切れなかったら、俺らは餌同然だ。

 生唾を飲み込み、俺は背中にある鞘に鉄の両手剣を静かにしまい、ゆっくりと音を立てないように後去る。俺の身体の前で腕を伸ばし切っている胡桃。

 だが、不運な事に俺は足元の木屑を踏んでしまった。

 

 「なッ!?」

 

 木の枝が折れる軽い音がする。

 そのまま、俺は全力疾走で走った。

 胡桃も俺の背後から全力疾走でついてくる。


 「バカか! お前何で後方確認しない!」

 「あの状況じゃ無理ですよ!」

 

 走り回りながら会話をしても、あっという間に追いついてくる灰巨狼。俺達の前にすぐに立ちふさがる。これでは逃げ切れない。それに、このまま逃げ続けて帰れても、村が襲われる危険性がある。

 考えるよりも先に、胡桃は双剣を構え灰巨狼に走り込む。

 その足をライトグリーンのエフェクトが包み込んでいた。そのまま、胡桃は高くジャンプし、灰巨狼の顔面に跳び込む。


 「まずは食らいやがれ!!」


 胡桃の握る双剣はオレンジのエフェクトを纏い、灰巨狼の額に連続攻撃を発動させる。俺の目では追いきれない胡桃の腕の動き。しかし、エフェクトが一太刀毎の残像を残す。合計六連撃。

 胡桃は一回転し、俺とは逆の方向へと着地する。

 灰巨狼の額からは斬りつけられた事による出血が発生する。忌々しい切傷をつけられた事によって怒りの咆哮を上げた。先刻よりも咆哮の力強さがまた格段に上がる。俺は迫力に負け、身体を吹き飛ばされる。

 だが、幸いな事に灰巨狼の瞳には胡桃しか映っていなく。俺には目もくれない。


 胡桃の方へと視線を変更させた灰巨狼は、前脚で胡桃を押しつぶそうと思いっきり足を地面から上げた。

 胡桃は動作を見て、次の攻撃パターンを予測し、灰巨狼の腹部へと足を進める。その速度はまた速い。そのまま、再び足にライトグリーンのエフェクトを発生させ、前方への跳躍を行う。胡桃の視線の先には灰巨狼の腹部。

 腹部めがけて双剣を突き出す胡桃。今度は双剣を黄色のエフェクトが包み込む。


 「くたばれえええええ!!」 


 灰巨狼は突然消えた胡桃を探し、辺りを探すのに必死だ。だが、その表情はいっきに厳しいものとなった。

 胡桃によって腹部を貫通させられたのだ。

 灰巨狼の身体の中を貫通させた胡桃は、血ダルマだった。全身が鮮血によって真っ赤に染まっている。

 その灰巨狼の腹部からも、貫通ダメージにより多量の血が溢れ出る。


 「ガルルル……」


 弱った声を出し、灰巨狼は倒れる。

 これで終わった……のか?

 俺はそう感じ、何とか胡桃と合流しようと声をかけようとした。


 「部長、お疲れ様です!」

 「何言ってるんだ! 来るな!!」


 俺の呑気な声とは裏腹に、胡桃の顔は熾烈を極めていた。

 そして、次の瞬間。

 俺は再び起き上がった灰巨狼の咆哮に、吹き飛ばされた。咆哮自体の力強さがまた上がり、近距離から食らった事にもよってか。二、三メートル程吹っ飛んだ。

 地面に寝転がってしまい、すぐに身体を起こす。目の前には俺を標的にした灰巨狼の姿。

 

 「ガルルルルルルゥゥゥ……」


 涎を垂らし、鼻息を荒くする巨大な狼。

 腹部はまだ血が垂れている。額にも胡桃にが頑張ってつけた傷もある。俺は立ち上がり、両手剣を構えた。


 俺だって部長の部下だ。逃げてばっかりじゃいられないんだ。


 灰巨狼と見つめ合う。怖くないと言えば嘘になる。でも、さっきのユウグマを倒したおかげで自信はついた。ならば、あとは臆せずに挑む勇気があれば充分だ!


 「うぉおおおおおおおおお!!」

 「ガルウウウウウウ!!」

 

 前脚を俺に向け、叩きつける灰巨狼。

 俺は走り込みながら、スラストを発動させるために一瞬の溜めを作る。ライトブルーのエフェクトが剣を纏い始める。

 そして、灰巨狼の前脚めがけて俺はスラストを放つ。

 

 「やめろおおおおお!!」


 胡桃が叫びながら、俺の元へと跳んでくるのが分かった。

 でも、大丈夫だ。何事も臆せずに挑めば――。

 俺の剣は灰巨狼の前脚に、ダメージすら与えられなかった。代わりに鉄の両手剣の刀身が割れる。

 割れた刀身は上空に舞っている。

 攻撃が与えられなかった俺に、容赦なく灰巨狼の前脚が叩きつけられそうになる。

 そこに胡桃が跳び込み、俺の身体を突き飛ばした。

 

 今。灰巨狼の前脚の影には胡桃が立っていた。

 そして、灰巨狼に叩きつけられ胡桃は身体を宙に浮かす。

 

 「ぶちょおおおおおおおおおおお!!」


 そのとき、胡桃の口元が動いた気がした。


 が・ん・ば・れ・よ


 胡桃は空中で、灰巨狼の前脚に捕まり、再び地面に叩きつけられた。

 灰巨狼の前脚には大量の赤い液がついていた。


 


 

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