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宅配業はじめました。

宅配業始めました。

作者: 小林晴幸

こちら短編「勇者の履歴書」続編となります。

色々と分からない部分もあるかと思いますが、ご容赦下さい。


また、内容に拙い部分も見られると思います。

読みづらかったら、ごめんなさい。


 魔王を倒し、世界は平和になり。

 人々の讃える声の消えぬ間に、勇者は人々の前から姿を消した。

 何処にいるのか、どうしているのか。

 囁きを交わす様な声で、人々は噂を交わす。

 誰も勇者のその後、行方を知る者はいなかった。

 

 少なくとも今、この時は。




 その頃、ミズハルト王国王都の、とある家にて。

 人々の前から姿を消したはずの勇者は、人生最大の難敵と向かい合っていた。

 敵の名は、「履歴書」。

 言っては悪いが、戦闘しか能のない勇者。

 人に自慢できる様な特殊技能は戦闘系か、肉体労働系。

 もしくは人には言えない様な後ろ暗い職を連想させるものばかり。

 だというのに、武力とは全く関わりのない、まともな職を望む勇者。

 勇者の過去を断ち切り、隠して就職活動に挑むが…未だ努力は実を結ばず。

 局地的な就職難の波が、勇者に襲いかかろうとしていた。


 しかし如何に手強い敵が相手であろうと、勇者は一人ではなかった。

 共に敵へと立ち向かう、心強い仲間がいた。

 思考回路が斜めに走りがちな勇者の軌道を修正するのは、堅実な物の考えを持つ盗賊。

「こら勇者! 特技の欄に隠密行動って書く馬鹿が、何処にいる!?」

「やっぱ拙かったか…」

「履歴書には耳障りの良いことだけを書きゃ良いんだよ!!」


 持てる限りの伝手を使って、勇者の為に求人情報を調べてくるのは、貴族出身の騎士。

「おい、だからなんで、お前が集めてくる求人情報は戦闘系ばっかなんだ」

「え? でも、勇者? 貴方、それ以外にできる仕事が在るんですか?」

「それをこれから探していこうって思ってる。でも、戦闘系はいらない」


 何れも、かつて魔王へと立ち向かった時、共に死地へと赴いた仲間達であった。

 死力を尽くして、勇者を支えてくれた仲間達であった。

 何よりも心強い、仲間達であった。

 例え現在の敵が、就活という心寒くなるものであっても。

 それでも勇者を見棄てることなく、可能な限り力になろうとしてくれる。

 気の置けない仲間って良いなと、勇者は感謝した。


 時に、「獅子身中の虫」という言葉を思い出しながら。



 仲間から早々離れ、自らの所有する塔にて魔法の研究に根を詰める。

 探求心の赴くまま、自堕落に好きな生活へとひた走る。

 勇者の就活に一切の興味を見せなかった魔法使い。

 彼女が勇者達の隠れ家へ突撃してきたのは、三人が履歴書前に撃沈していた時だった。

「勇者、いる!? 未だ就職できていないわね!? よし、良くやった!!」

「いきなり窓から入ってきて、何だその言い草!?」

 徹夜明けなのだろうか。

 目元の隈もそのままに、魔法使いは稀に見るハイテンション。

「おいおーい、リズ? なんで勇者が就職できてないって分かったんだ」

「見れば一目瞭然!! どう見ても、履歴書書けなくて潰れてたって有様じゃない」

「…確かに」

「ふん。勇者が就職もままならない、自宅警備員のままで助かったわ」

「あ、は、ははははは………胸が痛い」

「勇者! 勇者!? しっかりしろ!」

「駄目だ…俺のHP、もう殆ど0同然だよ………」

 手厳しい魔法使いの言葉に、勇者は胸を押さえて小さくなった。


 魔法使いの言葉は、いつだって勇者に対して手厳しい。

 甘やかすという言葉とは無縁の魔法使いは、勇者が傷つくことなど構わない。

 むしろ勇者が未だ無職であることを喜び、自分の主張を押しつけることを躊躇わない。

「勇者が無職のままでいてくれて、本当に丁度良かったと思っているのよ」

「おのれ…これ以上まだ、俺の心をボロボロにしようと言うのか」

「勇者の心なんてどうでも良いわ。それより私の話に一口乗りなさい」

「リズの話…?」

「どーせまたなんか、新しい魔法作ったから実験につきあえとかだろ?」

 今度はどんな話を持ってきたのかと、三人の男達は静かに警戒する姿勢を取った。

 その顔に若干の焦りと、怯えを滲ませながら。


「勇者一行から離れて半年。その間の研究成果…ワープ魔法を見せてあげる。

 …という訳で、有用性と精度を検証する為にも実績積み上げるのに協力しなさい」


 それはお願いなどではなく、明確な断定…命令だった。

「いつものことだが、いきなりだな」

「っつーか、実績積むって、何させる気だ」

「どうせ勇者達、未だ仕事も決まってないじゃない。だったら私が提案しても良いでしょ」

「お前の提案はいつだって碌でもないことが殆どじゃないか…!」

「それでも、たまには良いことだって提案するのよ」

 ニタリと笑い、魔法使いは一つの企画書を提示した。

「と言う訳で! ワープ魔法による長距離の移動短縮を活用した宅配業を提案するわ!」

「「「宅配業?」」」

 勇者達は、聞き慣れない言葉に顔を見合わせた。

 この世界、専門的に長距離の宅配をこなす様な専門業者はいない。

 店舗などが商品の配達をすることはあるが、魔物が跳梁跋扈する世界である。

 配達すると言っても精々が同じ町の中に限定してのこと。

 貴族などであれば配下を使って伝書や荷物の遣り取りをすることもあるだろう。

 だが庶民が遠方と荷物の遣り取りをしようと思えば、旅人や行商人に託すしかない。

 勿論金銭を握らせてのことだが、町の外には危険が多く、確実とは言えない。

 盗賊や魔物に襲われて行商人諸共消息が絶えることもあるし、持ち逃げされることもある。

 荷物の運搬は危険が多く、専門として行うには割に合わない。

 それが、勇者達の認識だったのだが…

 ニヤリと不敵な笑みの中、魔法使いが目をギラギラと光らせた。

「そう、宅配業よ」

「なんでまた、突然…」

「人の役に立ち、人が求め、需要があるモノは供給してやれば面白いくらい儲かるわよ。時勢を見ないと駄目だけど。私の研究なら、それができるわ。不便な思いをする人々に、きっと受け入れられる。私の研究が人の役に立つんだから素晴らしい事じゃない。善意ってヤツよ」

「………善意?」

「えー…? リズが、善意…?」

「いや、『善意』ほどリズに程遠い言葉はないだろう。そんなの俺は認めない」

「儲けって言ってる時点で、善意はないだろ。でもまともなこと言ってる気が…」

「勇者、ライ、リズの言葉を信じれば痛い目に遭う、くらいに考えるべきですよ」

「アンタ等、本人を前に随分な言い様ね?」

 おおよそ彼等の知る魔法使いらしくない提案に、勇者はまず裏を疑った。

 盗賊は口には出さなかったが、宅配業という隠語が無かったか記憶を探った。

 騎士に至っては、何も言わずにロザリオを取り出して無言で祈りを捧げ始めた。

 それぞれが何にを思って、そんな行動を取るのか。

 仲間の筈の魔法使いへの信頼が、勇者達の態度からは見えない。

 だけど魔法使いは、そんな勇者達の態度も一向に気にしない。…気にしろよ。

「ワープ魔法はずっと研究してたテーマの一つなの。離れた二つの地点を魔法陣で繋ぐ魔法なんだけど、その研究・試作・研究・改良の作業とレポート作成、魔法協会への登録、特許の取得手続きで半年もかかっちゃったわ。もっと早く実践の段階に進むつもりだったのに」

 とにかく、その魔法を活用して遠くの町と町を繋いだ宅配業を始めるわよ、と魔法使い。

 上手くいけば旅程を大幅に短縮できるのだから、迅速な配達が可能となる。

 それを見越して宅配業という仕事を立ち上げようとの提案。

 勇者達は顔を驚愕で染め、顔を見合わせて、互いの瞳に不信の色を見つけた。

 予想していなかった提案に、三人の男達が顔を見合わせる。

「おかしい。まともだ」

「リズにしては、確かにまともですね。珍しく」

「いや、ここは何か裏があるパターンだろ」

 自然と疑心暗鬼に陥る男達。彼等は本人を前に、堂々と陰謀説を展開する。

「アンタ等がそう思うのもわかるけど、今回は正真正銘まともなご提案よ」

「含むところは?」

「ないわ」

「裏は?」

「ないわよ」

「それじゃ、本音は?」

「魔法協会に報告書提出するのよ。まともな成果出さなきゃ報告書書けないでしょ」

「「「ああ、成る程」」」

 魔法使いの行いを取り締まり、管理する団体の名前を聞いて、男達は納得した。

 新しい魔法や、功績を示した魔法使いの評価や援助なども行っている魔法協会には、勇者達も以前から度々恩恵を受けている。主に、仲間の魔法使いの暴走抑止という意味で。

 そして今回、魔法使いの新しい魔法に関する手続きの一環が、話に絡んでいるらしい。

「健全な使い方を魔法協会に示さないとならないって課題があるんだけど、他所に委託して技術盗まれるのも癪でしょ? だから自分達で実用化して活用するのよ。その報告書を提出したら、魔法協会からちゃんとした認可が下りて、評価と報賞と研究資金の援助が手に入るんだから」

「つまり、必要に迫られてのまともな提案…なんだな?」

「当たり前じゃない」

 魔法使いは当たり前と言い切った。

 結構失礼な盗賊の念押しに、何故か胸を張る魔法使い。

 その態度に、男達は心底から安心したという顔をする。

「そうだよな。そういうことだよな」

「リズが自分から進んでまともな案を考えた訳じゃないんですね。安心しました」

「ああ、頭でも打ったのかと思ったぜ。安心した」

「とうとう乱心…はいつものことだが、なんか呪いにでも引っかかったかと思った」

「リズが他人の為になる様なことを進んでするわけ、ありませんよね」

「だろうな。魔法協会に報告する為、なんてことでもないとなー」

「だと思ったんだよ」

 本人が進んでまともな提案を望んだ訳ではないのだろう。

 三人はそう考えて納得し、魔法使いの提出した企画書に手を伸ばす。

 さり気なく言葉の端々に暴言が滲んでいるが、魔法使いは気にしない。

 いつものことだし、彼等がそんな反応をする原因も思い至っている。

 つまり、日頃の行い。

 彼等は、魔法使いを相手にした時限定で物凄く捻くれている。

 そうせざるを得ない、魔法使いの過去の実績が脳裏に強く焼き付いていた。

「何でも良いわ。提案に目を通して、少しでも乗り気になってくれるんなら」

 満腹の猫みたいに、満足そうに目を細める魔法使い。

 それにじとっとした視線を送る男三人は、警戒心も露わに距離を取っている。

「でも、まだ本当にやるって決めた訳じゃないぞ」

「幾らリズ本人がまともなつもりでも、その企画にどんな穴があるか分かりませんからね」

「リズの認識するまともと、一般的なまともにもズレがあるしな」

「ふん。何とでも言いなさい」

 鼻で笑って顎を逸らす魔法使いは、とても偉そうだった。

 だけどその仕草が、どことなく悪女っぽく、大変よく似合う。

 そして魔法使いは、勇者を虚言で惑わすのも得意だ。

「良いでしょ、勇者。どうせアンタ、就職の目処も立ってなかったんだし」

「事実を言われると胸が痛いな…だけど、リズの提案はよく考えないと…」

「何よ、意気地がないわね。こんないい話無いんだから。儲け話として素直に受け止めなさいよ。ワープで移動短縮なんて、他にできる魔法使いはいないのよ。確実に儲かるわ!」

「でもその魔法、戦争とか犯罪に使われたら洒落にならない気が…」

「そこは仕事始める前にちゃんと対策立てるわよ。そもそも、関係者以外にこの魔法使わせる気、ないし。人間の移動には制限を掛けて仲間以外通れなくする気よ」

「それでも、どれだけ対策を立てても穴が出るのが犯罪だ」

「…勇者、よく考えなさい。このまま行っても、アンタは就職できないわ」

「うぐ…っ」

「そこでモノは考えようよ。こう考えなさい」

「な、なんだよ…」

「何処にも雇って貰えないのなら、自分が雇う立場になれば良いと…!!」

「!!!」

「おい待て、さもこれぞ真理!みたいな言い方で言いくるめようとすんな!」

 丸め込む様な口調のまま、堂々と言い切った魔法使い。

 それにハッとした顔を向ける勇者は、既に洗脳されそうになっている。

 その様子に、慎重さという言葉は喪失している。

 マズイ様子に、盗賊が慌てた。

「ま、待て勇者! 物事は慎重に、ゆっくり時間を掛けて考えろ…!」

 急いで魔法使いから引き離し、頬をぱしぱしと叩く。

 その上で、魔法使いに苦虫を噛み潰したような顔で叫んだ。

「リズ! いつものことだが、勢いと甘い言葉で勇者を惑わすんじゃねぇよ!!」

「あら、良いじゃない。私の役に立つんだから」

「それで大概、お前の役にしか立たねぇことばっかりだったじゃねぇか!」

「あらあら。今回は私だけじゃなくて、皆に旨味のある話を持ってきたつもりよ?」

「お前が勢いだけで勇者を突っ走らせた後は、大抵、面倒なことにしかならなかっただろうが! その面倒な後始末、誰がさせられっと思ってんだ!」

「アンタとユージン」

「それを分かってするお前に、偶に殺意を感じるんだが、どうしたら良ぃんだろうな?」

「五月蠅いわね。勇者だってさっさと就職したいんでしょ? アンタ、前に定職について住処を整えて、生活の基盤が整ったら田舎に恋人迎え行くって言ってたじゃない」

「「あ」」

 魔法使いが何気なく口にした言葉に、盗賊と騎士が揃って気まずそうな顔をした。

 そんな反応をされるとは思わず、魔法使いが戸惑う。

「え、なに?」

「馬鹿、禁句だ」

「リズは暫く離れていたので知らないんですよ!」

 慌てふためく盗賊と騎士が、口を揃えて魔法使いを責める。

 何か拙いことを言ったのかと勇者を見ると、そこには…


 机の上に突っ伏して、生ける屍と化した勇者がいた。


 物凄く、沈んでいる。


「え、なに!?」

 思いがけない反応に、魔法使いが狼狽える。

 勇者の心を言葉のナイフで抉るのが彼女の常だが、これほどの反応を貰うのは初めてだ。

 そのつもりもなく最大級のダメージを与えてしまったのだと気付き、罪悪感がこみ上げる。

 彼女は勇者を虐めるのは得意だが、別に泣かしたいとまでは思っていない。

 狼狽そのままに盗賊と騎士を部屋の隅っこへ引き摺り、問い詰めた。

「何よ、一体どうしたの!?」

「だから、禁句だよ」

「今の勇者に、故郷の恋人は言っちゃいけなかったんです」

「………もしかして、ふられた? それとも、他の相手と結婚してたとか?」

 もしそれが当たっていたら、酷なことを言ったと後悔する。

 勇者の一途な心を知っているだけに、何とも言いがたい。

 だが、彼女の予想は幸か不幸か外れていた。

「いや、ふられちゃいない」

「むしろ相思相愛なんじゃないでしょうか」

「それじゃなんで禁句なのよ。喧嘩したって、こんな反応はないでしょ」

「それがさー、勇者、権力者の追求を振り切る為に行方眩ましたじゃん」

「並み居る勧誘を拒みましたからね。身辺が落ち着くまでと身を隠して」

「それは知ってるわよ。その頃は未だ私も一緒にいたし」

「拙かったのは、その後でよ。勇者、恋人に行方不明になるって伝えなかったんだ」

「今思えば、手紙なり何なりで伝えれば良かったんでしょうが…あの頃は、下手に接触を持つと恋人にまで追及の手が伸びるかも知れないと用心していましたから」

「なに、それが裏目に出たってこと?」

 盗賊と騎士が、勇者へと気の毒そうな視線を送る。

 それから、互いに目配せした後、一層声を潜めて言ったのだ。

「行方不明になった勇者を心配して、恋人が勇者捜しの旅に出ちまったんだよ」

「はぁ!?」

「ちなみに、行方はようとして知れない」

「完全に、勇者ではなく恋人さんの方の消息が途絶えました」

「探しに行きようもないくらい、完璧に」

「なにそれ、本末転倒ってやつじゃないの」

「だから勇者があんなに落ち込んでいる訳です」

「本当は探しに行きたいくらい心配してるみてぇだが、手掛かり皆無で探しようがねぇんだと」

「普段は忘れた様に振る舞っていますけど、ふとした拍子に撃沈します」

 それがあの状態と、男達は二人揃って勇者を指差した。

 …勇者は、床の上に五体倒置で撃沈していた。

 その全身を投げ出した様は、浜に打ち上がったクラゲに似ている。


「……………」

「……………」

「……うん。これはどうしようもないわね」


 しかし何かを考えたのか、魔法使いはそっと倒れ臥す勇者に近づく。

 そうして身を伏せ、そっと勇者の耳に囁いた。

 心にすっと浸透し、自分の望む方向へ染め上げる様な、吸引力のある声で。

「勇者…宅配業なら、色んな土地に仕事で遠出できるわ。それこそ、色々な場所に…ね」

「……………」

「遠方様々行く、そのついでに、恋人の消息を尋ねることもできるんじゃない…?」

「………!!」

 一筋の光明を見つけた。

 そんな顔で、はっと勇者が顔を上げる。

「あら、良い反応。反射速度はやっぱりピカ一ね」

 縋る様な色を宿した勇者の目前で、婉然と微笑む魔法使い。

 微笑む顔は、溺れる者に藁を垂らして弄ぼうとするかの様。

 正に悪魔。若しくは悪女という言葉が似合う笑み。

「すまん、勇者!」

「ぐ…っ!?」

 その顔に危機感を感じた盗賊は、咄嗟に勇者の頭を椅子で殴っていた。

 冗談みたいに防御力の高い勇者だが、無防備なところに後頭部への一撃。

 気を抜いていたこともあり、勇者はあっさりと床に沈んだ。

 完全に、意識を手放していた。


 魔法使いは床に臥す勇者は見なかったことにして、無視したまま話を進めることにした。

「それで、話はちょっと変わるけど、他の面子は? いないの?」

「他の面子って…リズ、仲間の近況ぐらい気にしとけよ」

「確か、リズの研究塔の方へ知らせを送ってたはずですよ」

 リズの研究塔は、勇者達のいる王都の外れにある。

 王都内限定の郵便組織がぎりぎり配達できる範囲だ。

 だが然し、受け取る側の魔法使いに問題があった。

「郵便物とか、面倒だから訴訟関係以外は無視する主義なの」

「仲間甲斐のないヤツ…」

 さらっと付き合いの悪さを露呈させながらも、魔法使いは自分への抗議を気にしない。

「帰って手紙を発掘するのも逆に手間でしょ。ちょっとさらっと教えてよ」

「まあ、構わねぇけどよ。誰のことから聞きてぇんだ?」

「そうね。それじゃアンタの身内から聞きましょうか。僧侶は?」

「レイか。レイなら、魔王退治って宿命達成記念に巡礼の旅に出るっつったまま、まるまる半年帰ってこねぇよ。どうせまたどっかで道草して、予定の半分も旅程は進んでねぇんだろ」

「…誰と行ってるの?」

「いや、誰とも? これも修練とかほざいて、一人で行きやがった」

「寄り道癖持ちの方向音痴が一人旅…最悪ね。付き添いナシは致命的でしょ」

「まあ、生命力は無駄に強ぇし、野垂れ死にはしねぇだろ」

「それでもアンタがついて行けば良かったでしょうに。兄貴なんだから」

「いつまでも兄貴に頼ってたら、自立できねぇんだとよ」

「………無謀な自立心を発揮しちゃったのね」

「まあまあ、リズ。誰よりも心配しているのはそこのライなんですから、その辺で」

「ふん。役立たずな男共だわ」

「そこまで言うか」

「個人的な心情なんてどうでも良いから、とっとと連れ戻しなさい」

「巡礼が終わったら戻ってくるって言っていましたよ」

「そんな何年先になるかも分からない未来を待つ気はないわ。これからの私に必要な人材だから、私の為に連れ戻せって言ってんのよ。あの子のこと、当てにしてたんだから」

「何たる自分勝手! だが、それでこそお前だ」

「この傍若無人な物の言い様…。リズって感じですね」

「良いから連れ戻しなさいよ。魔法の改良進めるのに、あの子の知識は有用なんだから」

「本当に、完璧自分の都合だけなんだな、お前…」

「今更でしょ」

 盗賊は憤慨する魔法使いに、まあ待てとストップを入れる。

 連れ戻すにも現状、何処にいるのか分からない。

 現在地を調べ次第連絡を取るという言葉で、魔法使いはひとまず引き下がった。

「僧侶のことは、ひとまず分かったと言っておきましょ。獣人は?」

「名前で呼んでやれよ…。クロンなら、獣人の国に帰った」

「はぁ!? あの子も此処にいないの!」

「故郷のペットたちが心配だって言ってましたよ」

「大型な獣ばっかり、アイツ、10も20も育ててたからな」

「故郷の祖父君にお任せしていたそうですけれど、自分で見なければ心配なんでしょう」

「落ち着いたら戻るって言ってたけどよ」

「当分は、ずっと会えなかったペットたちと泥だらけになって遊ぶのに夢中でしょう」

「どっちが毛玉かわかんぇってぐらい、全力でじゃれ合ってな」

「あの子らしいと言えば、あの子らしいわ…」

 そうして再び、魔法使いの連れ戻せコール。

「思いっきり私が有効活用してあげるわ。存分に使ってあげるから連れ戻しなさい」

「………お前って、本当に自分勝手だよな」

「リズは偶にとても悪役っぽいですね」

「馬鹿。悪役じゃなくて、悪党なんだよ」

「ああ、それもそうですね」

 好き放題に言いまくる仲間達に、魔法使いは一睨みくれて鼻で笑った。

 そんなこと問題ではないとばかりに、魔法使い的に本命の話題を切り出す。

「それで、魔法竜は? 勇者べったりなあのドラゴンは、此処に居るんでしょうね」

「いや、アイツは…」

「まさか、あのドラゴンを野に放したって言うんじゃないでしょうね!? 要らなくなったら私に寄越すよう、前から言ってたのに!! 何て勿体ないコトしてくれるのよ!」

「いつ襲われるか分かんねぇのに、誰が野放しにするか!! テメェにもやらねぇよ!」

 仲間であるはずのドラゴンを、完全に物扱いの外道発言。

 酷い良い様に、盗賊も喧嘩腰で席を立つ。

 睨み合いを続ける魔法使いと盗賊の間に割って入ったのは、騎士の青年。

「落ち着いて下さい、リズ。まだ野良ドラゴンにはしてませんから」

「アイツなら、「主様(勇者)の手は患わせぬ。食い扶持ならば自分で稼ぐ故」っつって、出稼ぎに行ってんよ。毎週、週末になると帰ってくるから、会いたいならそれまで待て」

「出稼ぎ? 飼い主に似ず、甲斐性のあるドラゴンね…頼りがいのあること」

 魔法使いの正直すぎる無情な言葉。

 実際に頼りがいのあるドラゴンは、現在人間に化けてキリキリ働いていた。

 副業も複数こなし、実質的に現在の勇者パーティでは一番の稼ぎ頭だ。

 だが、そんな健気なドラゴンの献身に対しても、魔法使いは無下にするばかり。

「それにしても出稼ぎね…面倒だから連れ戻しなさい。あのドラゴン、私が使うんだから」

「完璧に物扱いか! 幾ら何でも仲間に酷くないか!?」

「ワープの魔法陣、補助にアイツの鱗の粉末使ってんのよ。そしたら素敵に効果抜群で、この私が小躍りするくらいよ。流石に魔法の触媒や材料として一級品と伝説になるだけあるわ。魔法使いから乱獲されまくったってのも当然ね。私だって勇者に止められてなかったら乱獲するわ」

「お前…っ また無断で実験材料にしたのか!?」

「良いじゃない。鱗の一枚や二枚や三千枚」

「最後に一気に桁が飛びましたよ!?」

「労ってやれよ、絶滅危惧種!!」

「今更、私が鱗の一枚二枚、三千枚使ったところで直ぐに滅んだりしないわよ!」

「お前はその内、鱗だけでなく他の部位にまで手を伸ばしそうで恐ぇんだよ!!」

「私の役に立てるなら、他の部位だって本望よ!」

「断言した!?」

「いや、それはないだろ…絶対に泣くぞ、アイツ」

「勝手に身体の一部を使われること、彼は絶対に納得していませんよ」

 元々仲間の扱いに問題が多い魔法使いだが、中でも特にドラゴンの扱いが酷かった。

 勇者を主と慕うドラゴンは、魔法竜と呼ばれる種。

 魔法の素材として優良と、魔法使いに乱獲されて絶滅しかけている種だ。

 その為、魔法使いと魔法竜の間には常に緊張が張りつめている。

 今回も知らない間に身体を有効活用されていたことを知れば、竜の怯えが酷くなるだろう。

 他の仲間達も、いつか魔法使いに竜が狩られそうだと不安を募らせている。

 身の安全の為にも、竜は早い内に逃げるべきかも知れない。


 しかし盗賊と騎士、勇者の危惧を知らない竜は、今週末も帰省した。

 そこを魔法使いに捕獲され、強制的に協力を取り付けられたのだが…

 仲間達は、それを完全に食い止めることもできず、歯がゆい思いをすることになる。





 この更に二月後。

 方々に散っていた勇者の仲間達は、自分達が魔法使いに利用されつつあるなど露知らず。

 悉く魔法使いに捕獲され、久方ぶりに全員が集結することとなる。

 かつて魔王と対峙した彼等に与えられた新たな使命は、宅配業の確立。

 起業し、ワープ魔法を用いて遠方との物資の流通を成立させること。

 完全に魔法使いの都合で始まった仕事であったが、彼等はその仕事が性に合っていることに気付く。

 そして何より、儲かった。

 新たな販売ルートの開拓を狙う商人や、新しい物好きの貴族。

 そして何より、新たな素材を欲する職人達。

 庶民達だって、今までになかった安くて早い上に、確実だと約束された宅配に心惹かれた。


 ワープ魔法の改良と共に、宅配可能範囲が次第に広がり、やがて複数の国境をまたぐ。

 コネと人脈を持つ騎士は営業を任されて奔走し、様々な国の宮廷で売り込みに余念がない。

 金銭の扱いに不安の残る仲間達の憂いを立つのは、世慣れた盗賊の経済観念。

 偶に素材の提供源として魔法使いの襲撃に遭いつつ、竜はどんな重い荷物でも容易く運んだ。

 全員がそれなりに宅配を請け負ったり任されたりしていた。

 その中で一番動き、駆け回っていたのは勇者。

 彼は仕事のついでに方々出向いて魔物を狩りながら、人々の望む手紙や荷物を運ぶ。

 

 様々な土地へ足を運び、時に勇者の顔を知る人々とも交流する機会が増え。

 勇者が「勇者」であると、多くの人に自然と知れる様になっていく。

 だがその事実は、暗黙の了解として秘された。

 それは勇者の望むことではないと悟った人々が、自発的に口を噤んだのだ。

 やがて勇者の正体は公然の秘密とされるようになっていったのだが…


 宅配業をこなす青年が嘗ての勇者だと、表だって口に出すモノはどこにもいなかった。






【勇者一行】


 勇者

  アス・クィンレット

  魔王を倒した勇者。過去とは訣別した就職を希望するが、中々ままならない。

  勇者を捜して旅立った幼馴染み(恋人)の行方を捜している。


 盗賊

  ライ・スール

  勇者一行の良心。堅実で手堅い生き方を目標としており、勇者の軌道修正係。

  自分一人で生きられるが、どうしようもない仲間達が放っておけない。


 騎士

  ユージン・ラシュクール

  裕福な貴族の跡取り。友誼に厚く、仲間に献身的。しかし何かがずれている。

  本当は実家に帰らなければいけないが、ずるずると勇者達の側にいる。


 魔法使い

  リズベット・ロイス

  自分の欲求に正直に我が道を行く性格で、魔法の研究と活用が何よりの趣味。

  基本的に仲間達の扱いが酷く、勇者を精神的に追いつめるのがライフワーク。


 僧侶

  レイ・スール

  ライの幼い頃に生き別れた双子。僧侶としては変わり者でライとは似ていない。

  のほほんとしていて寄り道が大好きな方向音痴。なので待ち合わせには大概遅れる。


 獣人

  クロン・マーリ

  元気で脳天気な子供。基本的に何も考えていない野生児で過去は振り返らない。

  動物大好きでよく毛玉に埋もれており、どれがクロンか分からなくなること度々。


 魔法竜

  アシュダッド

  乱獲された竜の生き残り。無駄に逞しく、生活力がある。魔法使いが苦手。

  自分を狩ろうとした魔法使い(リズ)から救ってくれた勇者を主と慕っている。



以上、最後までスクロールお疲れ様です。

読んで下さり、有難う御座いました。

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[気になる点] 魔法使い洗脳・詐術スキル持ち疑惑 [一言] これあれか、裏ボスの全てを操って自分も強いってこんな感じだ
[良い点] 面白かった! [一言] 就職活動はどこでも大変ですね 前話の宅配業になった経緯が納得できました。 魔法使いが清清しい悪党で憎めない良いキャラ(笑) 恋人さん・・・はやくみつかるといいですね…
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