星屑王子
砂漠が銀色に輝く夜。
「あんた何してんだ」
夜中に街を飛び出た命知らずな少年・ティダが、砂の上に寝転ぶもう一人の少年に問い掛けた。
こんな時間に街を出るのは自分くらいのものだと思っていたから、ティダはその姿を見てとても驚いていた。
いや、原因はそればかりではない。
年のころは自分と同じく十三・四といったところだろう。しかしティダとその少年はそれ以外は本当に似ていなかった。毎日日の下で働くティダとは違い、肌は白く髪は銀糸のようで、白い上等な絹の服を着て、キラキラとした銀の飾りをたくさんつけている。まるで星が落ちてきたようだった。この地方の人は皆髪も肌もこんなに白くはない。
「迎えを待ってるんだ」
「やっぱり……空から来たのか?」
「空?」
ぼんやりとした口調だった。夢の中に住んでいるような、そんな気持ちにさせる声。
「そう、そうだよ。僕は星の世界から来たんだ」
やっと思い出したというような楽しげな口調。クスクスと笑って少年は砂の上を転げ回った。
「僕はね、すごくキラキラした所から来たんだ」
「ここよりいい場所か?」
ティダが聞くと少年は動きを止め、表情なく空を見上げた。
「どうだろう。住みやすいのは確かだけど」
「じゃあ何か不満があるのか?」
少年は寝転がったまま腕を組んで考え込み始めた。ティダは少年の横に腰を下ろす。
「寂しくて、とってもつまらない所だよ」
「嫌いなのか?」
さらにティダは問い掛け続けた。乾いた風は夜になり、昼の暑さが信じれないほどにひんやりと冷たい。
「考えてみたけど、分かんないな。僕はあそこじゃないと生きていけないから」
「そうか」
不意に少年が起き上がり、ティダを見つめた。キラキラとした瞳は夜明けの近づいた空のような淡い紫の色をしている。
「お前はどんな所に住んでるんだい?」
「俺は、すごく小さな家に住んでる。何だか暗くてヤな所だ」
「嫌いなの?」
少年がティダが言ったのと同じように聞いてきた。
ティダは考える。毎日毎日同じことの繰り返しで、雇主は厳しく、友達も作れない。だから嫌気がさして、自慢の足を使って街を飛び出した。せめてもの気晴らしを、と。
「嫌いだよ」
「抜け出せるなら親と別れてもいいくらい?」
「親父もお袋も、もういない。でも逃げても生きていけない」
「ふぅん」
二人は無言で空を見上げた。星も月もキラキラと輝いている。
いきなりすっくと少年が立ち上がる。花のような甘い香がふわりと漂った。
「君の名前は?」
「え、あ、ティダだけど」
「どこで働いてる?」
「街の農園」
「ありがとう」
勢いにおされて聞かれるままに答えると。少年はにっこり笑って礼を言い、歩き出した。
「どこ行くんだ?」
「帰る」
「迎えは?」
「もう頼らないことにした」
何があったのか素晴らしく晴れやかな声で少年は答えた。その姿はぼんやりと輝いているようだ。
「名前は? あんたの、教えろよ」
「ステア」
ただそう答えると、軽やかな足どりですぐに消えていった。
あとにはティダだけがのこり、今までの事が全て夢であったかのような心地になった。
寝転がり、ステアと同じように空を眺めてみた。幾数千の星が彼の髪のように瞬いていた。
「ちょっとティダ! 砂漠で寝るなんて、死ぬ気かい?!」
気付いたら寝ていたらしく朝で、家に戻ると雇主の奥方がかんかんになって怒っていた。
「生きていたからいいけど、死んだら国王陛下に何て言い訳したらよかったのか」
「国王陛下?」
いつもなら
「国王」
とぞんざいに呼ぶその女が、今日はなぜか
「国王陛下」
と丁寧に呼ぶ。不自然さにティダが問い掛けると、女は不機嫌そうな声を出した。
「今朝早くに使者が来てね、お前を宮殿に迎えたいって。まったく何なんだかね」
どこかでコネをつくるような事をした覚えはなく、不思議に思いながら、追い立てられるまま荷物をまとめ、やってきた使者とともに宮殿へと向かった。
ティダがいくら尋ねても使者は無言だ。
わけもわからないままたどり着いた宮殿で、一番にティダを迎えたのは国王だった。
「おうおう、よく来てくれたな」
王はおおらかで優しい雰囲気の人物で、ティダを笑顔で迎えた。しかし、その顔には全く見覚えがない。
「いきなりで悪かったな。それというのも、末の王子がどうしてもと言ってきかなくてな」
「え?」
「ちょっと変わった子だが、悪い子ではない。仲良くしてやっておくれ」
ティダの中にちょっとした予想がうまれる。
まさか………。
サラサラと、上品な衣ずれの音がした。
「ティダ、これで抜け出せるだろう?」
聞き覚えのある声に、ティダは勢いよく振り返った。
(あいつ……!)
そこには星の世界の王子様が満面のえみで立っていたのだった。




