サマーゲーム5
「走り方は変えへん」
朝、誰よりも早くクラブに来て、自主練習に励んでいた竜二は、出勤した華耀子を前にそう言いきった。
グラウンドに降りそそぐ日は朝だから薄い色をしている。加えて今朝は曇りがちで、雲の合間から天のはしごとなって幾筋の光が射す。ちょうど空からの光は華耀子に当たっていた。
――明と暗。院生と中田の顔が浮かんで闇に消えた。自分には華耀子が光に見える。竜二にとって絶対的な光だ。だからこそ、失いたくない。竜二は一度、闇の暗さを知っているからなおさらそう思うのだろう。
竜二の宣言に、華耀子はめずらしく表情を崩した。目をわずかに見開き、驚いている。
「どうしたの。いきなり」
華耀子が驚くのは無理もない。竜二は走り方を変えると華耀子に話を通したばかりだったのだ。
華耀子にひた、と見つめられ、竜二は狼狽しそうになる。華耀子の瞳は妙にひきつけられるものがある。竜二の体の中まで可視して、その思考までも暴こうとする意図を感じる。
「……このまま走り方を変えんのは、逃げみたいで何か嫌なんや」
竜二は無言でいるよりはマシだと補足の説明を口に出す。それはとってつけた苦しまぎれの理由に他ならなかった。
過去に選手生命が危ぶまれるほどの怪我をし、膝に負担がかかるからと走り方を変える決意をした竜二だったが、それをひるがえしたのは戦績の低下を危ぶんでのことだった。華耀子を現職に留めておくには、竜二がすぐに何らかの結果を残す必要がある。それには試行錯誤を重ね、幾度もの失敗を繰り返してやっと自分のものにする新しい走り方では間に合わない。
まずは間近に迫る、関東選手権を制し、日本選手権に駒を進めなければならない。今の走りなら無謀な夢ではない。いつまでも県でくすぶっているわけにはいかないのだ。
アンタのために――華耀子のために結果を出したい、とは言えない竜二を見据えたまま、華耀子は口を開く。
「逃げなさい。いらないわ、そんな矜持」
これ以上なく、冷淡に切って捨てた華耀子はもう、驚きの表情をしまっていた。走り方を変えるのは逃げだという、竜二の偽りの強がりなど、少しも華耀子は取り合わない。むしろ走り方を変えるという前言をいきなりひるがえした竜二に疑念を強めた感じすら受ける。
「そんな不要なプライドと今後の選手生命を天秤にかけられないあなたではないでしょう」
選手生命――重い言葉だった。このまま、走り方を変えないことは、膝の古傷によくない影響を与える。それは積もり積もって、竜二の選手としての寿命を縮めるかもしれない。
それはわかりきっていることなのだ。十年も陸上をやってきて、いつだって身ひとつで走ってきたのだ。この体が、足が大事でないはずはない。この半年間、膝の怪我の再発が何よりも怖かったはずだった。
それでも今、選手生命を削ってでも、勝利が欲しい。それによって華耀子が自分に必要な存在だと内外に証明したかった。
「――竜二。あなたをみたいといっている人がいるの」
不意に華耀子が口にした言葉に、今度は竜二が驚く番だった。あなたをみたい。それは目で見るという意味ではなく、竜二を選手として面倒をみたいという意味だ。
華耀子はあるひとりの男の名を口にする。
「聞いたことがあるでしょう、あなたも」
華耀子が挙げたのは、有名なトレーナーの名前だった。その初老のトレーナーは、過去に幾人も怪我から陸上選手を復帰させている。業界では有名人だった。
「あの人ならあなたの膝にあったフォームを提案してくれるはずよ」
華耀子の言葉に、竜二はうなずくことはできなかった。そのトレーナーは、無名の選手が気軽にみてもらえる相手ではない。とすれば、竜二は彼のお眼鏡にかなったのだろう。それは竜二に指導するだけの価値があることを認めてもらったということだが、素直には喜べない。
長い目で見れば、トレーナーにみてもらい、走るフォームを直し、“延命”処置を施してもらった方がいいに決まっている。けれども、そうして、再び満足に走れるようになった時、華耀子はいるのだろうか。いや、それとも――。
唾を飲み下す。竜二をトレーナーに預けること自体、もう退任する準備なのではないか。
背中が冷たい。汗が一瞬にして凍ったような感覚に襲われる。
「……ありがたい話やけど、オレはこのままで結構や」
からからの喉をどうにか震わせて、やっとのことで言葉を紡ぎだす。今、華耀子の側を離れることは致命的に思えた。
けれども、殊勝な態度をとりつくろうともそれに納得する華耀子ではなかった。ますます彼女は眼光を強める。
「竜。何を考えてるの」
「別におかしないやろ。フォームを変えるデメリットの方が気になっただけや」
「デメリットって……今のフォームのまま膝に負担をかけること以上のデメリットがどこにあるのよ」
「膝ならもう平気や。半年間、何ともなかったやん」
「たった半年でしょう。半年で何がわかるっていうの」
「もう……もう嫌なんやっ。過去の傷で立ち止まんのは!」
語調がつい荒くなる。言葉を吐き出した後に襲われたのは、強烈な焦燥だった。膝の古傷さえなければ、あの時、怪我さえさせられなければ、去年一年停滞しなければ、せめて何も気にすることなく走れる体があれば――。
今は痛くないはずの膝が、火傷したようにちりちりと痛んだ。痛みをこらえるために噛んだ奥歯のまた奥から何かが込み上げてくる。耐えられない。
「そもそもオレらは普段から命削って走ってるんや。今さら怪我ぐらいでごちゃごちゃ言う方が変やろ!?」
止めろ、と心の内で冷静な部分が叫んでいる。こんなことはただの屁理屈だ。
体を酷使するスポーツ選手の寿命は常人と比べて短い。三十代、四十代で突然死という話もめずらしくない。人体の限界まで挑む陸上は特に肉体の消耗具合が早いだろう。けれども、寿命を縮めても、体を傷つけても、タイムを縮めたいと願う。
それでも、怪我をできる限り回避し、限界を超えるのが一流だ。怪我をするリスクに目をつぶって、速さだけ追い求めるのは愚か者のすることだった。わかっているのに、自分自身の制御がきかない。
「何を今になってもののわからない子供のようなことを言うの」
竜二が激しても、華耀子の瞳は揺らがなかった。こういった選手との言い合いは、長い間スランプに陥っていた院生の相手で慣れているのだろう。
そっと彼女が竜二の肩に手を置く。
「冷静に考えて。あなたならわかるでしょう。このままの走りを続けても、怪我をしてしまったら何の意味もないのよ」
「アンタはサマーゲームの夜によく考えて選べって言うたやん。オレに走り方を変える以外の選択肢はないっていうんか」
「そうじゃない。そうじゃないのよ。ただ、あなたの挙げる理由があまりにも納得できるものではないのよ」
ねえ、と竜二の肩に手を置いたまま、華耀子はこちらの顔をのぞきこむようにして言葉を継いでいく。
「何がそんなにもあなたの心配事になっているの。私には正直今あなたが言ったことすべて、ここまで走り方を拒否する理由ではないと思うわ」
体の奥底から、無数の泡が沸き上がってきて、弾ける。その刺激は、洗いざらいこの人に疑問をぶつけたい衝動を生み出した。
ドーピングをしたのか。
中田との関係は何なのか。
このクラブを辞めさせられるのか。
疑問は、耐えがたい衝動となって、竜二をさいなむ。だが、口にはできない。その問いの答えを知るのが怖いのと同時に、華耀子との信頼関係にヒビが入るのが何よりも恐ろしい。
一年前の膝の怪我は、竜二の体のみならず、心にも傷を残した。コーチ、監督に見捨てられたあの時の絶望感はぬぐいようもない。もう一度、信頼しているコーチとの関係が破綻すると思うと、手や足の先が冷たくなり、言葉が喉の奥でつまる。
「……オレの言ったことが信じられないつうんなら、もうアンタに何も言うことはないわ」
喉の奥の塊を飲み下して、違う言葉を発する。飲み込んだ言葉は、重石となって竜二の中で沈む。
話は終わりや、と無理やり会話をぶったぎり、華耀子に背を向ける。華耀子は引き止めるためか、竜二の名前を呼んだが、とりあわなかった。
その日の練習後にも、次の日の練習前にも練習後にも、華耀子は竜二を翻意させようと説得した。この期に及んでも華耀子は竜二よりよっぽど頑なではなかった。だが、竜二が後ろ手に本心を隠しているのは察していて、きちんとした理由を提示しなければ、フォームを変えないことを認めないという姿勢を貫いていた。逆に言えば、納得させられるだけのわけがあれば、フォーム変えなくてもいいというわけなのだから、華耀子は別に意地悪をしているわけではないのだ。
竜二はそれをかわし続けた。華耀子の諌める声から逃れるように、自分でも知らないうちに練習量を増やしていく。この状態がまずいことはわかっていた。
十年も陸上をやってきて、今までも勝利への欲がなかったわけではない。むしろ敵に塩を贈る気などまったくなく、彼らを押しのけてでも表彰台の一番高いところへ登ろうとする貪欲さがあった。
けれども、昔の自分が理性的に思えるほど、今の竜二は勝ちにこだわっている。一秒たりとも走っていない時間があれば不安になる。何としてでも次の関東選手権を突破し、日本選手権に出場しなければ――……。
これは反逆だ。今まで陸上選手としての竜二と、ただの二十歳の男子である竜二は共生していた。華耀子を想うことで速くなっていけると思っていたのだ。それが今になって年相応の人格の方がでしゃばってきた。華耀子への恋心を司る方が、冷静な陸上選手である人格を凌駕し、勝ち急ぐ。これでは気がはやるばかりで、体がついていかない。
華耀子がそんな行きすぎた竜二の行動に気づかないはずもなく、午前の練習に竜二が現れるなり、厳しい顔で「今日はそこで横になって休んでいなさい」と、グラウンドの端の東屋を指さし、自分の監視下で休息をとらせたりした。
そうされた後は必ず、練習後の午後、暑い盛りに近くの運動公園に走りにいった。午前中に休んだ分を取り戻すように自身を追いこむ。
とはいえ、そんな生活が長く続くはずもない。自主練習といえば聞こえはいいが、すべて自分でやらなくてはいけない。練習後の満足なマッサージも受けられない身では、どうしても無理がでてくる。その日も午後の自主練習中に視界が歪み、運動公園内のランニングコースに膝をついた。
野球場を囲むようにして走っているランニングコースのタータン舗装の上に手をつくと、あごから汗がたれた。その汗が熱いのか冷たいのかもわからない。自分の息が耳元で吐かれているように大きく響いた。疑いようもない。熱中症だ。
耳鳴りがする。かと思えば、揺さぶられているかのようにまわりの景色が揺れる。それでも頭痛をこらえて竜二は顔を上げた。木陰に入って休まなくては。けれども、赤いランニングコースはどこまでも日向の中で伸びており、真夏の昼下がりの運動公園には人気もない。ここで倒れたら、発見は何時間後になるのだろう。
体を支えていた腕に力が入らなくなり、肘から折れた。体がコースに倒れる。コンクリートほどでないにせよ、熱い地面が体を灼く。でももう起き上がれない。
水分も十分とっていて、運動も無理なく段階的に上げてた。この熱中症の原因は考えるまでもない。蓄積された疲労だ。
自分の横たわっている地面が波打ってる気がする。気分が悪い。上からも下からも熱を加えられ、危険な状態だというのはわかっていた。
だが、竜二は今の状況に不思議なほど恐慌をきたしてなかった。その感覚を裏づけるように、空から照りつける太陽がさっと暗くなる。その劇的な変化に何とか目を開けると、華耀子が日傘を竜二にさしかけていた。
こんな状況ながらも、日傘似合わへんな、と竜二は場違いな印象を抱いた。彼女は元陸上選手らしく、そういった類いのものは使用せず、いつでも堂々と狂暴な日の元に体をさらしていた。
「あなたは――!」
華耀子はめずらしく、激昂の気配を見せたが、結果的に何も言わず、竜二の手当てにとりかかった。
華耀子は竜二の脇の下に腕を入れ、日陰まで運んでいった。それからの華耀子の行動は実に素早かった。脈をとり、熱中症の程度を確かめ、ためらいなく彼女が持参した二リットルペットボトルの水を竜二の全身にかけた。おまけに華耀子の大きなバックには氷嚢まで入っていて、首や足のつけね、脇の下を存分に冷やされる。最後には大きなバッグは竜二の足の下に置かれ、足を高く掲げるためのものとなった。このバッグも含めて、熱中症セットなのだろう。
「飲んで」
口元にスポーツドリンクのペットボトルをあてがわれて、おとなしく飲んだ。正直味などわからなかったが、少し頭がはっきりする。鮮明になった分、自分の状態までも理解した。自己管理ができなくて、熱中症になった上に華耀子に助けられているという状態。竜二がみっともないのは華耀子と出会った当初からだったけれども、今回はみっともなさを極めた感じすらある。
「私はあなたをそんなにバカになるように指導した覚えはないわ」
華耀子はうちわで竜二に風を送りながら、心底あきれた顔で言った。
「クラブのトレーナーが泣きついてきたのよ。あなたに練習量を減らすように言っても聞いてくれないって」
竜二の体はクラブのトレーナーによって管理されている。例えば食事を不審なくらい減らせば、寮の方から連絡がいくし、あまりにも肉体に疲労が残っていれば今回のようにトレーナーが黙っていない。その管理体制は、トップアスリートになるための肉体づくりである反面、竜二の監視でもあるのだ。
「何のために私がこの時間に練習を入れないと思って…………お小言は止めておくわ。今はしっかり休みなさい」
意識がまだはっきりしない竜二に何を言ってもムダだと思ったのか、華耀子は口をつぐんでうちわであおぎ続けた。竜二は芝の上に仰向けに寝転がりながら彼女の顔を見るともなしに視界に収める。
前の大学の監督は、自分では指一本動かさない人だった。傘を後ろからさしかけさせ、部員が濡れるのはお構いなし。荷物をもたせ、食事の準備をさせ――そして、部員同士のいさかいにも無関心だった。竜二の膝の怪我が、明らかに人為的なものだと知っていても、無視した。
その点、華耀子は最初から自分の足で動いた。冬のあの湿ったグラウンドでさしのべられた手。街をさまよう竜二を迎えに来て、膝をついて目線を合わせて話をした。こうして忙しい最中に竜二をさがしまわって、手ずから熱中症の治療をする。
それは彼女が若いからだと経験をつんだコーチや監督は言うかもしれない。けれども、竜二はその“経験をつんだコーチ”とやらを信用できなくなってしまった。あの監督は選手を奴隷のように使った。動かなくなったら捨てるだけだった。そこは指導者を頂点とした王国なのだ。
そんな監督が名将、名伯楽だというのならクソ食らえだ。自分にとっての名コーチは華耀子だ。今さら、他のコーチに師事することがどうしてできよう。
バカなことをしている自覚はある。だが、足を止めた瞬間に今得ているものがすべて崩れていってしまう不安がある。だから無茶をしてしまう。
短い競技人生の内、どれだけこうしてピンチに駆けつけてくれる指導者と出会えるのか。あの人なら確実に来てくれると確信できるのか。
竜二は重たい腕を動かして、目の上にのせた。
「――オレはアンタが好きや」
先ほどまで瞳に映していた頭上の梢が瞼裏に焼きついていた。伸びる葉の間から日が漏れ、輝く。木陰に竜二の唐突な言葉が馴染むように落ちる。
「少なくとも、そんな格好で言う言葉じゃないわね」
揶揄めいた言葉なのに、冷静極まりない声音で言われ、竜二の方が笑いたくなってくる。熱中症で体の至るところに氷嚢をのせられ、起き上がることもできない。確かに告白のムードもへったくれもない。
目をつぶっていてもわかった。華耀子は竜二を見ていない。きっと夏の青空と、運動公園の緑の境界線である地平線へ目を向けているのだろう。今、この瞬間竜二はただの二十歳の男子大学生だ。その竜二に対する華耀子もコーチの顔をしていない。その距離は師弟関係の時より遥かに遠い。
「私はあなたと恋愛をするために関西から連れてきたんじゃない」
これ以上ない拒絶の言葉が、竜二の全身に染み入る。明確な言葉にされなくてもわかっていた。華耀子の瞳は竜二を見ていない。いや、竜二だけを見ていないというべきか。華耀子は最初から選手である五十嵐 竜二だけを見ていた。
「竜二、私を失望させないで」
それは戒めだった。恋愛にうつつを抜かす選手などいらないという華耀子の意思表示だ。
ついに竜二は小さく笑ってしまった。気持ちの良いほどはっきりフラレてしまって、笑うしかなかった。
「何か、冷水を浴びせかけられた気分ってこういうことをいうんかな」
「冷水なら実際に浴びせたじゃない」
さらりと返されて、下着までぐっしょり濡れていることに、今さらながら気づいた。上昇した体温を下げるために、ペットボトルの水をかけられたのだった。
冷水を浴びせかけられたという竜二の比喩表現に、その返しはいくらなんでもどうかと思い、竜二はけたけたと笑った。顔が何かの感情を形作っていないと、本当の表情が浮かんでしまいそうだった。
竜二は目の上に置いていた手をどかし、地面から華耀子を見上げた。視線は合わない。それをいいことに、竜二は華耀子の横顔を見続けた。
――顔色が悪い。
日陰で見るせいもあるのだろうが、華耀子の顔は青白く澄んでいて、お世辞にも体調がいい人の顔色とは言えなかった。
無理もない。院生の自殺未遂だけでももう大きな衝撃だろう。おまけに華耀子の元コーチという男が盛大に自分たちを引っかき回していった。鉄壁のポーカーフェイスで、少しも堪えているところをみせないけれど、心労が重なっているのは間違えない。
胸が痛い。オレはアンタを助けたい。そう叫ぶのはただの男である竜二の方だ。華耀子の中には陸上選手の竜二しか存在していないというのに。だから彼女を愛する者は速くなるしかないのだ。
「車をまわしてくるから待ってて」
竜二の視線からするりと逃れて、華耀子が立ち上がる。駐車場に向かって歩いていくその背中は、そのまま竜二と彼女の関係を表しているように思えた。いつだって華耀子の背中を追っている。そしてその背は遠いのだ。
華耀子の後ろ姿を見送ってから、竜二は恐る恐る起き上がる。華耀子の適切な処置が功を奏してか、もうめまいはしなかった。
状態を起こした拍子に、足のつけねにのせられた氷嚢がぼとっと地面に落ちた。ほとんど水になっているそれを拾おうと手を伸ばす。その瞬間、表情が凍ったのが自分でもわかった。
地面に射す木々の影が揺れる。それを呆然と眺めた。心臓がどくどくと異常な量の血液を流している気がする。竜二は信じたくないと思いながらも、胸の中であるひとつの答えを灯した。
――氷嚢を拾おうと体をひねった時、確かに膝が痛んだ。