04
「香代子ー。どう? 電波王子は」
香代子が登校するやいなや、ニヤニヤとクラスメイトが聞いてきた。
その下世話さを今日はうっとうしいとは思わず、むしろ誰かに話してうっぷんを晴らしたかった。
「いろいろ疲れたよー……」
由貴也並みの覇気のなさで答える。昨日の疲労が残っている。もちろん身体的疲労ではなく、精神的疲労だ。
「あはは、おつかれー。ねぇ、電波王子どうだった?」
どうだったと聞かれ、香代子は由貴也の顔を思い浮かべる。確かにきれいな顔をしていた。現代アートから抜け出たような佇まいの美少年だった。前衛的なモチーフと一緒に描かれてそうだ。
神秘的で芸術的で文学的。安っぽい賛辞が似合わないような頭抜けた容貌だった。
「……うん。確かに王子だわ」
浮ついた顔だけの男が大嫌いな香代子でさえも文句がつけられない容姿だった。
クラスメイトが「でしょ」と満足そうにうなずく。
「そういえばなんで電波王子が部活入ったか他のクラスの子に聞いたんだけどー」
間延びした話し方をしながら、クラスメイトは香代子の机に手を乗せる。キレイにみがかれたつめが目に入る。桜貝のようなそれは香代子の短く切られたそれとは大違いだ。
「電波王子、失恋したんじゃないかって」
「……失恋?」
由貴也のことなど興味がないどころか、記憶のすみに追いやりたいというのに、ついつい聞き返してしまった。
あの変わり者が恋。想像できなかった。
「生徒会の副会長――いくら香代子でも知ってるよね? 古賀くん、今までその人にべったりだったのに、最近は話しもしないんだって」
噂にうとい香代子でも生徒会副会長は知っている。容姿端麗、成績優秀、品行方正の三拍子そろった優等生だ。
由貴也といい、その副会長といい、有名人は大変だ。プライバシーもあったもんじゃない。全寮制のこの閉ざされた学校では、噂が広まりやすいのだ。
そういえば副会長の名前は古賀 巴。由貴也と名字が同じだ。恋愛対象なのだから姉弟なはずはないと思ったが、あの由貴也ならありえないこともないと思った。彼は世間の掟にとらわれるような性格ではない。
香代子はそれとなくクラスメイトに尋ねる。クラスメイトは笑って「それは違うよー」と明るく否定した。
彼女の話によると、由貴也と副会長はいとこ同士だそうだ。由貴也は彼女を追って立志院に入ってきたという美談になっている。その話を信じるのなら、由貴也はずいぶん彼女にご執心のようだ。
チャイムが鳴って、クラスメイトが席に戻っていく。一時間目は古典。しっかり予習がしてあるノートを開けた。続いて教科書も開きながら、なぞが解けたと思った。今まで入る気ないからの一点張りだったのに、最近になって「入ってもいいよ」と固そうな意志をひるがえした。
由貴也は失恋を部活動でごまかすつもりなのだ。
失恋の痛手を部活で昇華させるなんて、意外と普通の行動に香代子は驚いていた。