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初恋の君へ  作者: ななえ
本編
15/127

15

 ささくれた気持ちのままに由貴也は生徒会室のドアを開けた。

 乱暴な音を立てて開いた扉に、テーブルで書類を整理していた人物が顔を上げる。長い黒髪がさらりと揺れた。巴だ。

 由貴也は瞬時に室内に視線を走らせる。巴以外誰もいない。好都合だった。

 よほど自分はただならぬ雰囲気を出していたのか、巴がこちらを見て腰を上げた。

「由貴也、そんな格好でどうし――……」

 巴が言い切る前に、由貴也はその体に腕を回した。巴に体を預けるように抱きつく。

 巴は一瞬体を強ばらせたが、すぐに由貴也の腕の中で息をついた。こちらの扱いを完全にわかっているというその態度が楽だった。

「一体どうした。そんな陸上部のジャージのままで」

 巴の手が幼児をあやすように由貴也の背中を叩く。

「……別に」

 ムダだと知りつつも、詮索されるのが嫌で言葉を繕う。自分の態度は明らかに甘えだ。子供のように巴に甘えている。

「何もないなら離してくれ」

「やだ」

 巴の困ったような言葉に間髪容れずに返す。

 わがままな由貴也の様子に巴は嘆息し、しぶしぶといった様子で口を開いた。

「……壮司に、怒られる」

 注意深く告げられたその言葉に、たちまち自暴自棄な色が由貴也の胸に広がった。

「じゃあ怒られて」

 由貴也は笑った。巴の肩に額をつけて自嘲した。

 壮司を怒らせても、巴を困らせても、由貴也の居場所はやはりここなのだ。巴しかいないのだと思い知った。

「ねぇ、俺のこと嫌いになった?」

 巴の答えを知りつつも、あえて由貴也は言葉にする。意地悪く声に出す。

 由貴也をふったことに対し巴はとてつもない罪悪感を感じている。そこを刺激する。

 巴は答えられない。予想通りの反応に、由貴也は暗い瞳を閉じた。

 胸に落ちてくるのは満足感ではない。巴をこうして追い詰めるたびに、彼女を壊している気がする。それは由貴也にずっとつきまとっている気持ちだった。

 壮司をあきらめて欲しくて、由貴也は巴に揺さぶりをかけた。壮司に向ける恋心を否定し続けた。つらそうに歪んでいく彼女の顔を見ながらも仕方がないことと割り切った。

 だが巴を無理矢理自分のものにしようとした最後の最後で由貴也は非道になりきれなかった。中途半端で甘くて、結果的に壮司に火をつけただけになってしまった。

 まるで道化だ。愚かで滑稽だった。自分は皮肉にもふたりの仲をとりもってしまったのだ。

 こうして巴のもとへ戻ってきている自分もまた最高にみっともなかった。

 由貴也は巴に回した腕を解いた。

 代わりにその手をとる。そのまま手を引いて窓際にある古びたソファーに巴を座らせた。

 巴が何か言う前に、由貴也はソファーに横たわり、巴の腿へ頭をのせた。

「由貴也」

 当然巴が咎めるような声を発する。その声を無視して、垂れてくる巴の長い髪に手を伸ばして指をからめた。巴を下から見上げながらからかうように微笑む。

「壮司さんにはちゃんと弁解してあげるよ。巴は“弟”を慰めてただけだって」

 巴が言葉に詰まった。

 弟――巴が由貴也に向ける感情はまさに姉弟のそれであり、その域を越えることはなかった。由貴也はそれに毒づいてみせたのだ。

 巴の顔が曇る。

 そういう顔をさせたいわけでない。けれど由貴也は巴の罪悪感を利用することでしかもう彼女の関心を引けない。こうでもしなければその心から一時的にでも壮司を追い払うことができないのだ。

 悲しそうな巴の顔を見たくなくて、目を閉じる。

 扉の外に人の気配を感じた。由貴也は体を横にしたまま見せつけるように巴の胴へ腕を回した。

 扉の外の人物を追い払うための行動だったが、こうして巴の実体をつかんでいると安心感に満ちた。こうしている間は確実に巴はここにいる。

 次第に倦怠感に襲われる。吐くのは結構体力を使う上、由貴也はここ最近深く眠れたためしがないのだ。

 ここ最近夢見がすこぶる悪い。悪夢に生気を吸い取られたように、起床後からすでにぐったりしている。

 迫り来る眠りの波に身を委ねた。その波間に香代子のショックに固まった顔が浮かんだが、巴に回した手の力を強め、脳内から消す。

 停滞を受け入れてしまえば、前へ進もうとしなければ楽なのだ。

 由貴也は巴に対する想いがあることで心の均衡を保っていた。失恋によって空いたそこへ自分は無意識に陸上を入れようとしていた。

 それをあきらめて、今まで通り巴を自分の中心に据えてしまえば心は乱されずにいられる。

 ムダにあがこうとしなければ浮いていられる。前に進みはしないが後退もしない。

 それでいい。前へ進もうとしていた自分が急にバカらしく思えた。

 アンタがそうやって心を開かないから――。

 楽な流れへ身を任そうとしたとき、香代子の叱責がよみがえってきた。その偽善としか思えない言葉に、由貴也は胸中で冷笑した。

 開く心など元から持っていない。全部巴との恋に注ぎこみ、彼女に拒絶されたときすべて失った。喜怒哀楽根こそぎ持っていかれてしまった。巴が隣にいなければ笑うことも泣くことも無意味に思えた。

 心を開いたところで空なのだ。ならば開く必要もない。

 扉の外に完全に人がいなくなったのを確認して、由貴也は眠りに落ちた。


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