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初恋の君へ  作者: ななえ
大学生編
126/127

おやすみ、かわいい人

本編終了から4ヶ月後。香代子視点。

 香代子が帰ってくると、部屋の電気は落ち、隅々までしんとした静かな空気がただよっていた。

 玄関のドアをそっと閉めて施錠し、靴を脱いで入口から続きになっているキッチンを横切る。床がかすかに鳴り、水道から流しに一滴水が滴り落ちる。その水すら凍りそうな寒い二月の夜だった。

 由貴也と結ばれてから四ヶ月。彼はまったく自分のマンションに帰らなくなり、香代子のアパートに入り浸っている。半同棲どころか、同棲そのもののだった。

 現に今もキッチンの先の居間兼寝室で彼は眠っている。深夜までバイトをして帰ってくる香代子と、運動選手として規則正しい日々を送る由貴也とでは生活リズムがまったく異なっているけれど、彼は毎晩ここのセミダブルのベットに寝ている。最初の頃はゆっくり休めるように彼のマンションに帰るように説得したけれど、今はもう諦めている。

 彼がいる居間に入らなくていいように、香代子は着替えなど入浴に必要なものはあらかじめ浴室と繋がっているキッチンに準備しておくようにしているけれど、今日に限って忘れてしまった。香代子は由貴也に心中でごめんと謝りながら、電気をつけずに、午前一時の部屋に踏み込んだ。

 居間のドアを細心の注意を払って開け、忍び足で室内を歩いたけれど、暗闇の中、壁際のベットの膨らみがもぞもぞと動いた。

「ごめん。起こしちゃった?」

 冷えこんだ夜で、小声で謝った自分の息が室内なのに白く染まっていた。謝りついでに、暑がりですぐに布団を取り払う由貴也の上掛けをかけ直そうとベットに近づく。

 ベットのかたわらに膝をつくと、由貴也が寝ぼけまなこでこちらを見ていた。寝起きの悪い由貴也は毎朝しばらくこういう顔でぼーっとしている。その顔をかわいいなあと香代子は微笑ましく眺める。

 そのまま彼のまぶたは落ちてしまうのかと思いきや、とろんとした視線が香代子に向く。一瞬のタイムラグの後、香代子の姿を認めた瞬間、ふっとその表情が緩む。

「おかえり」

 それは、理性による制御だとか、プライドだとか、そういうものをまとっていないまったくもって素の由貴也の顔だった。香代子に対しうれしそうに、やわらかく淡く、子供のように微笑む。

 そのまま由貴也は手を伸ばして、膝立ちになっている香代子に抱きついてきた。このいつになく素直な由貴也に表情や行動に香代子は驚きつつも悶えていた。かわいい。かわいすぎる。

 いつも無表情か斜に構えた由貴也が、こんなにストレートに自分の感情を表に出したことなんてない。おそらく寝起きで半分以上夢の中に魂を残しているのだろうけど、それも含めて彼の一連の動作は香代子の胸を射抜いた。

 改めて由貴也を見ると、香代子に抱きついたまま安らかな寝息を立てて寝ている。香代子は愛おしさがこみ上げてきて、ぎゅっと彼の頭を抱きしめた。

 牙がすっかり抜けた、無防備な姿をさらす由貴也に、きっと明日このことを覚えていたら不機嫌になるだろうと思う。彼は弱みを見せることを嫌い、優位に立ちたがる。

 それでも今夜は自分の好きにしてしまおうと、香代子は由貴也のあどけない顔を存分に眺め、口づけた。

 彼をなでまわしている最中、「誘ってんの」と由貴也が完全に目を覚まし、形勢が逆転するのはその数十分後の話だった。

題名は『3つの恋のお題ったー(http://shindanmaker.com/a/125562)』からお借りしました。

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