聖女セフィリアの余生
「オイ、あれが例の町じゃねえか!」
目的の町が見えた途端、ヴォイドが私の肩をギュッと抱いてきた。
「ヴォイド、暑苦しいから抱きつかないでちょうだい」
「そ、そんな!? オレはただ、お前ともっと仲良くなりたくてッ!」
「そういうのはいいから」
「ミィ、ミィ」
私の左肩に乗っているクルルが、私の頬をペロッと舐めてきた。
「うふふ、町に着いたらミルクを買ってあげるから、待っててね、クルル」
「ミィ」
「うおおおい!?!? なんでオレには塩対応で、クルルにはそんなゲロ甘なんだよ!? 不公平だ! 不公平ッ!」
「うるさいわね。クルルはあなたと違って可愛いからいいのよ」
「ちくしょおおおおお!!! オレも可愛くなりてえええええ!!!」
「無理よ。諦めなさい」
あなたみたいなデカい男、どう頑張っても可愛くなるわけないでしょ。
「さてと、冗談はこれくらいにして、これから仕事なんだから、気を引き締めなさい」
「へいへい」
「ミィ」
こうして私たちは今回の目的地である、辺境の町、ニャッポリートへと入って行った――。
「何だかあんま活気がねぇな」
「ミィ」
「そうね」
町行く人たちが、皆一様に色のない表情をしている。
まあ、無理もないわよね。
「とりあえず、一旦ここで昼食にしましょ」
私は近くにあった酒場に、親指を差す。
「やった! 朝から何も食ってねぇから、オレもうお腹ペコリンだぜ!」
「そうやってあざといワードを使っても、あなたは可愛くはならないわよ、ヴォイド」
「そんなあああああああ!!!」
「ミィ」
相変わらずやかましい男ね。
「いらっしゃい」
酒場に入ると、店長さんらしき中年の男性が、私たちを出迎えてくれた。
他に従業員の姿は見えないので、店長さんが一人で切り盛りしているのかもしれない。
「二人と一匹で」
「ミィ」
「ほほお、これは可愛い子猫ちゃんだ」
店長さんがクルルを見て、目を細める。
ふふふ、そうでしょうそうでしょう。
クルルは可愛いのよ。
「この席にどうぞ」
店長さんに促された、空いている席に腰を下ろす私たち。
「お客さんたち、あんま見ない顔だね」
メニュー表をテーブルに置きながら、店長さんが私たちの顔を見回す。
「ええ、ちょっとこの町に用事があって、寄ったんです」
「へえ、こんな田舎町にねぇ。珍しい方もいたもんだ」
「なあオッサン、何か甘いもんは置いてねえのか、この店は!?」
ヴォイドがメニュー表をパラパラめくりながら、そう叫ぶ。
まったく、恥ずかしいわね。
「甘いものぉ!? うちは酒場だぜ、にいちゃん。甘いもんなんて、俺の手作りプリンくらいしかねーよ」
「うおおおおお!!! いいじゃねえか手作りプリン! それ十個くれ!」
「十個ぉ!? おいおい、マジかよにいちゃん。そんなに食えんのか?」
「楽勝だよ。早く持ってきてくれ」
「はいよ。そっちのお嬢ちゃんはどうする?」
「そうですね」
私はヴォイドからメニュー表を受け取り、パラリとめくる。
「――では、シーフードピザとペペロンチーノとキノコのリゾットとチーズハンバーグとフライドポテトとマカロニグラタンをお願いします」
「なっ!? そ、それ、お嬢ちゃん一人で食うのかい!?」
「ええ、こう見えて大食いなんです、私」
私はニッコリと微笑む。
「はへぇ、そんな細い身体の、どこにそれだけの量が入るのかねぇ……」
「あと、この子にはミルクを一つ」
「ミィ」
「はいよ。まったく、うちは酒場って言ってんのに、酒は誰も飲まねえのかよ。まあいいや、ちょっと待っててくんな」
メニュー表を回収すると、鼻歌交じりに、店長さんはカウンターに戻って行った。
「はいよ、お待ち」
「オオ!」
「ミィ」
程なくして、私たちのテーブルに、美味しそうな料理の数々が並んだ。
「いっただっきまーす!」
ヴォイドがプリンの一つを手に取り、スプーンで掬って口に運ぶ。
すると――。
「んめえええええ!!! こんな美味ぇプリンは食ったことねぇ! オッサン、あんた天才だぜッ!」
「ハハ、そこまで褒められたら、照れるじゃねえか」
店長さんも満更でもなさそうね。
こうやって素直に人を褒められるところは、ヴォイドの長所ね。
さてと、私もいただこうかしら。
まず私はシーフードピザを一切れ取り、パクリと食べた。
すると――。
「うん、これも、とっても美味しいです」
薄くカリッと焼かれた生地の上に、海老やイカやアサリといったプリプリの魚介類がふんだんに載せられており、それらが見事に調和している。
これぞ、プロの業といったところだわ。
「ミィ、ミィ」
皿に注がれたミルクを舐めるクルルも、目を細めている。
うふふ。
「この子も美味しいと言ってます」
「へへ、そうかい。お客さんにそう言ってもらえるのが、酒場の店主としちゃ一番嬉しいぜ。ゆっくりしていってくんな」
「はい、ありがとうございます」
「んめえええええ!!!」
既にヴォイドは、プリンを三つも平らげている。
相変わらず、食べるのも早いわね。
「ごちそうさまでした。お代はここに置いておきますね」
あっという間に全ての料理を平らげた私たちは、さっさと立ち上がった。
これから仕事だから、ゆっくりしているわけにもいかない。
「へえ、もう食い終わったのかい!?」
「プリン美味かったぜ、オッサン!」
「ミィ」
「へへ、ありがとよ! よかったらまた来てくれよな」
「こんにちはぁ」
「「「――!!」」」
その時だった。
酒場に一組の男女が入って来た。
女性のほうは20代前半くらいで修道服を着ており、男性のほうは20代後半くらいの、クマみたいな巨漢だった。
だが、男性の左頬には【契約紋】があることからも、あの男性は人間ではなく、女性の【従魔】であることが窺える――。
つまりあの女性は、【聖女】なのだろう。
魔獣を【従魔】にできる力を持っているのは、【聖女】だけだから――。
「こ、これはこれはセフィリア様! い、いらっしゃいませ」
店長さんが冷や汗をかきながら、【聖女】に駆け寄る。
「はぁ~、今日も暑いわよねぇ。私、喉乾いちゃった。とりあえず、エクーフラちょうだい」
空いている席に勝手にドカッと座った【聖女】は、店長さんにそう告げる。
エクーフラは一本で平民の月収分くらいの値段がする、高級なお酒だ。
「ま、またですか!? あの……、今までのツケもまだお支払いいただいてないんですが……」
「だったら何なのぉ? あなたたちが今平和に生活できているのは、誰のお陰だと思ってるのかしらぁ?」
「そ、それは……」
今から二年ほど前、【聖女】セフィリアが世界を震撼させた【邪竜】を封印したことで、平和が訪れた。
大方この【聖女】はそれを理由に、この店で散々無銭飲食を繰り返しているのだろう。
この町に活気がないのも、この【聖女】があちこちでこうやって暴虐の限りを尽くしているからに違いない。
「――どうかこの通りです、セフィリア様! 今までのツケだけでも、お支払いいただけませんでしょうか! じゃなきゃうちの店は、潰れちまいます!」
店長さんはその場で土下座をした。
店長さん……。
「だったら何だっていうのよぉ? 私をもてなすこと以上に大事なことなんて、この世にはないはずでしょぉ? ――ガバス、やっちゃって」
「はい、マスター。――フン!」
「ぐえっ!!?」
「「「――!!!」」」
ガバスと呼ばれた【従魔】が、店長さんのお腹を思い切り蹴り飛ばした。
店長さんはカウンターに激突し、その衝撃で棚に飾ってあった酒瓶が、いくつも床に落ちて割れてしまった――。
「ぐ……があああぁ……!」
そのままガバスは店長さんの首を右手で掴み、宙にぶら下げる。
首吊り状態になってしまった店長さんは、バタバタともがき苦しんでいる。
「アッハッハ! ホラ! 私に逆らうとどうなるかわかったでしょぉ? いいからさっさと、エクーフラを出せばいいのよぉ」
「「「……」」」
【聖女】の横暴を、周りのお客たちは見て見ぬふりをしている。
ここで文句を言えば、次は自分が店長さんと同じ目に遭うので、怖くて何も言えないのだろう。
「セイ!」
「があっ!?」
「「「っ!?!?」」」
その時だった。
ヴォイドが両手の人差し指を合わせて、ガバスのお尻にカンチョーをした。
……まったくこの男は。
つくづく精神年齢が子どもなんだから……。
堪らずガバスは手を離し、店長さんは床に落ちて、「ゴホッ! ゴホッ!」とむせた。
「大丈夫ですか?」
「ミィ」
私は店長さんに駆け寄り、店長さんの背中をさする。
「あ、あぁ。ありがとうよ、お嬢ちゃん。でも……」
店長さんは心配そうな顔で、私とヴォイドを交互に見回す。
「クッ! 貴様ァ! イイ度胸だなぁ!? そんなに死にたいのかッ!?」
顔を真っ赤にしたガバスが、ヴォイドを睨みつける。
「いいや? 全然死にたくはないぜ? オレの夢は、この世のありとあらゆる甘いものを食い尽くすことなんだからよ。こんな夢半ばで死ねるかよ」
だが、ヴォイドには欠片も怯む様子はない。
むしろ目の前を蠅が飛んでいるかのような、気だるそうな顔をしている。
「フン! だが、その夢は叶いそうにないなぁ! お前は今日、ここで死ぬんだからなぁ!」
「ええ、そうよぉ。私の可愛い【従魔】を虚仮にしてくれたツケは、たっぷり払ってもらうんだからぁ」
「それはこっちの台詞よ」
「ミィ」
「「――!」」
私はヴォイドの隣に立つ。
「あなたたちがそうやってイキがってられるのも、今日までよ。私たちの仕事は、あなたたちに制裁を与えることなんだから」
「はぁ? 制裁ですってぇ? 何様よあなた。どうやら死体がもう一つ増えることになりそうねぇ」
【聖女】はニタリと、嗜虐的な笑みを浮かべる。
「やれるものならやってみなさいよ。――ここじゃ何だから、表に出ましょ」
「ふふ、いいわよぉ」
「お、お嬢ちゃん……!」
ワナワナ震えながら、店長さんが泣きそうな顔になった。
「大丈夫ですよ。私たちは、絶対に負けませんから」
そんな店長さんに、私はニコリと微笑む。
「そうだぜオッサン! オレたちに任せとけって!」
「ミィ」
「に、にいちゃん……」
ヴォイドはサムズアップを向け、クルルは可愛く鳴いた。
呆然とする店長さんを背に、私たちは酒場から出た――。
「さて、もう神様へのお祈りは済んだかしらぁ? まあ、あなたたちが祈るのは、死神かもしれないけどねぇ」
酒場の前にある広場で相対した私たち。
そこで【聖女】は、早速私たちを挑発してきた。
私たちの周りには町中から人が集まり、固唾を飲んで動向を見守っている。
敢えてこんな人前で私たちを殺そうとしているのは、見せしめのためなのだろう。
「うるせーなブスが。お前こそ、死神みてーな顔してるじゃねえか」
「な、何ですってえええええ!?!?」
ふふ、たまにはヴォイドも上手いこと言うじゃない。
「この女神の如く美しい私に向かってよくも……!! これは、天罰を与えなければいけないようねぇ。――ガバス」
「はい、マスター」
【聖女】が名を呼ぶと、ガバスはジャケットを脱ぎ捨て、上半身裸になった。
「――斬り裂け。噛みちぎれ。月夜を呑め。――【覚現】せよ、【人狼】ガバス」
「ワオオオオオオオオオオオオオオオン」
「「「――!!」」」
【聖女】がガバスに手のひらを向けながら【覚現】の呪文を詠唱すると、ガバスの左頬にある【契約紋】が輝き出した。
すると見る見るうちにガバスの全身が体毛で覆われ、手の爪は鋭く尖り、その顔は狼のものになった。
なるほど、ガバスは【人狼】だったのね。
これじゃあ普通の人間は、束になっても敵わない。
そりゃこの町でこんなに、好き放題するはずだわ。
「あっはっはぁ。どうするぅ? 土下座して許しを請えば、楽に殺してあげるけどぉ?」
「だからうるせーってブス。お前の気持ち悪ぃ声聞くたびに吐き気すっから、もうお前は喋んなよ」
「なっ!?!? ナメやがってええええええ!!!! ズタズタにしてあげな、ガバス!」
「はい、マスター。――ワオオオオオオオオオン」
「ハッ! 上等じゃねーか!」
鋭い爪を振りかざしながら、物凄い速さで向かって来るガバス。
そんなガバスに、ヴォイドは真正面から殴りかかった。
そして――。
「ワオオオオオオオオオン」
「ぐああああああああ!?!?」
「「「っ!?!?」」」
ガバスの爪で胸を斬り裂かれ、ヴォイドは後方に吹き飛んでしまった。
やれやれ、意気揚々と迎え撃ったのに、瞬殺じゃない。
情けないわね。
「に、にいちゃん!!」
酒場の店長さんが目元に涙を浮かべながら、ヴォイドに駆け寄る。
本当にイイ人ね、あの店長さんは。
「あっはっはぁ!! はい雑魚ぉ。ただの人間如きが、私のガバスに勝てるわけないでしょぉ? ――さて、次はあなたの番よ、地味女」
悪かったわね、地味で。
「さあ、地味女の顔をあなたの爪で彩って、少しは見れるようにしてあげなさぁい、ガバス」
「はい、マスター。――ワオオオオオオオオオン」
今度はガバスは、私に向かって来た。
――ふむ。
「――咲き誇れ。意思を磨け。世界を照らせ。――【覚現】せよ、【カーバンクル】クルル」
「ミィ」
「「「――!!」」」
「なにィ!?!?」
私がクルルに手のひらを向けながら【覚現】の呪文を詠唱すると、クルルのお腹にある【契約紋】が輝き出した。
するとクルルの額に燃えるような赤い宝石が浮き出て、その瞬間、私を囲むように球状の結界が展開され、ガバスの爪を防いだ。
「カ、【カーバンクル】!? それってどんな強力な攻撃も防ぐ結界を張れるという、伝説の魔獣じゃない!? そんな貴重な【従魔】を従えてるなんて――あなたも【聖女】だったの!?」
「ええそうよ。奇遇ね、【聖女】のセフィリアさん?」
「クッ……! で、でも、結界を展開したままじゃ、あなたもこっちに攻撃はできないでしょ!? だったらあなたの魔力が切れるまで、待つだけよ!」
「いいえ、それは不可能よ。だってその前に、勝負は終わるから」
「…………は?」
私の言ってる意味がわからないのか、ポカンとした顔になる【聖女】。
「いつまで寝てるの? いい加減起きなさい、ヴォイド」
「へいへい、相変わらず人使いが荒いマスターだぜ」
「に、にいちゃん!?」
ヴォイドがムクリと起き上がる。
「その傷じゃとても戦えねえ! 寝てろって、にいちゃん!」
店長さんがヴォイドの背中を支えてくれる。
「大丈夫だよオッサン。この程度の傷、【覚現】したらすぐ治るからよ」
「え? 【覚現】? ――あっ!?」
店長さんも気付いたらしい。
ガバスの爪でシャツを斬り裂かれて露わになったヴォイドの左胸に、【契約紋】があったことに――。
「なっ!? そ、その男も、【従魔】だったのぉ!?!?」
【聖女】の顔が、一瞬で青ざめた。
「ええそうよ。――それも、とっておきのね」
「……!?」
私はヴォイドに、手のひらをかざす。
「――大地を揺らせ。大海を割れ。大空を穿て。――【覚現】せよ、【邪竜】ヴォイド」
「よっしゃああああ!!!!」
「「「――!!!!」」」
「な、何ですってえええええええええ!?!?!?」
ヴォイドの左胸の【契約紋】が輝き出すと、身体が見る見るうちに巨大化していき、その全身は黒い鱗で覆われ、禍々しいドラゴンの姿になった――。
「そ、そそそそそそそんな……! まさか、まさかあなたは……!!」
【聖女】が滝のような汗を流している。
「ええ、私が本物の、【聖女】セフィリアよ」
「あ、あぁ……!!」
偽物のセフィリアの顔が、絶望で染まる。
「そしてオレが、かつて世界を震撼させた、【邪竜】のヴォイド様だ」
「ヒィ……!?」
自分でそういうこと言うんじゃないわよ。
まったく、ヴォイドを【従魔】にする時は、それはそれは苦労したわ。
思い出すだけで嫌気が差す。
それだけに――。
「よくも私の名を騙って、好き勝手やってくれたわね? ――絶対に許さないわよ」
「ミィ」
「――!?」
私はギロリと、偽セフィリアを睨む。
――あんなに苦労して世界を救ったっていうのに、今度は各地で私の名を騙った偽物が出回るようになってしまった。
人の功績を横から掠め取ったうえに、汚名まで着せてくるなんて、たとえ神が許したとしても、この私が許さない。
だから私は残りの余生を、偽物の駆逐に費やすことに決めたのだ――。
この女で、偽物は四人目。
私が把握している範囲でも、偽物はまだあと九人も残っている。
何年かかろうとも全員残らず駆除してやるから、待ってなさいよ――。
「ふ、ふふ、ふふふふふふふふふ……!!」
その時だった。
偽セフィリアが不敵に笑い出した。
何がそんなにおかしいっていうの?
「私は騙されないわよぉ! こんな辺境に、本物のセフィリアがいるわけないじゃなぁい! どうせそのドラゴンも、ただの虚仮脅しでしょおぉ? 私のガバスの敵じゃないわぁ! ――さあガバス、あなたの力を見せてあげなさぁい!」
「はい、マスター。――ワオオオオオオオオオン」
ガバスがヴォイドに突進して行った。
やれやれ、まさか最後の手段が現実逃避とはね。
まあ、偽物らしいっちゃらしいけど。
「ヴォイド、一思いにやってあげなさい」
「ミィ」
「はいよ、ご主人様。――お前も気の毒だな、カスなマスターに仕えちまって」
ヴォイドは一瞬だけ、ガバスに憐れむような視線を向けた。
――だが。
「虚空の彼方に消えな――【虚空の咆哮】」
「ウガアアアアアアアアアアアアアアアア」
「ガ、ガバスウウウウウウウ!!!!」
ヴォイドが口から吐いた漆黒のブレスを喰らったガバスは、跡形もなく消滅してしまった。
うーん、何度見てもエグい威力だわ。
我ながら、よくこんな化け物に勝てたものね。
「そ、そんな……!! 噓よ!! 私のガバスが、負けるわけないわッ!!」
「いい加減現実を見なさいよ偽物さん。――まあもっとも、ここから先のあなたは、とても現実を直視する余裕はないでしょうけど」
「ミィ」
「…………え? ――は!?」
「「「…………」」」
町中の人たちが、偽セフィリアを無言で取り囲む。
【従魔】を失ったうえ、偽物だとわかったあなたを恐れる人は、もうこの町にはいない。
これからあなたは、今まで自分がしてきたことの報いを、その身で受けるのよ――。
「ゴ、ゴメンなさい……!! ちょっとした出来心だったのよ! この通り、謝るから、どうか今回だけは許して! ……イヤ!? 来ないで!? イ、イヤアアアアアアアアア!!!」
はい、これにて一件落着、と。
「なあなあセフィリア! 今回もオレ、活躍したよな! だから褒めてくれるよな!」
人型に戻ったヴォイドが、私にギュッと抱きついてきた。
「ちょっとヴォイド、その前に服くらい着なさい」
「ミィ」
【邪竜】形態になると服が破れて全裸になってしまうのが、一番の問題なのよね。
こんな時のために予備で用意している服を、ヴォイドに差し出す私。
「何だよ! あんなに頑張ったのによぉ! たまにはナデナデしてくれたっていいじゃねえかよぉ!」
子どもみたいにむくれながら、渋々服を着るヴォイド。
まあ、ヴォイドも精神年齢はまだまだ子どもみたいなものだから、さもありなんといったところだけど。
「はいはい、よく頑張ったわね、ヴォイド」
「――!!」
しょうがないから私は、ヴォイドの頭を軽く撫でてあげた。
「へ、へへへ!! 愛してるぜ、セフィリア!!」
またしてもギュッと抱きつかれた。
「暑苦しいから抱きつかないでちょうだい」
「そ、そんなぁ!」
「ミィ」
やれやれ、今更だけど、なんで私こんなに、ヴォイドに懐かれてるのかしら。
そんなに初めて自分を倒した人間が、珍しかったのかしらね?
「セ、セフィリア様!」
酒場の店長さんが、私に声を掛けてきた。
「本当にありがとうございました! あなた様は、この町の英雄です」
店長さんは私に、深く頭を下げる。
「いえいえ、私は自分の仕事をしたまでですから。――あなたの作ったご飯、とっても美味しかったです。またいつかこの町を訪れた際は、お店に寄らせていただきますね」
「は、はい! 是非!」
「そん時は、またあのプリンいっぱい食わせてくれよな!」
「あ、ああ! いくらでもご馳走するよ!」
ヴォイドの正体が【邪竜】だとわかっても態度を変えないあたり、この店長さんは本当に人間が出来ているわね。
「ミィ」
「はは、もちろんミルクもな」
ふふ、よろしくお願いしますね。
「さあ、そろそろ行くわよ、ヴォイド」
「へいへい」
「ミィ」
「も、もう行ってしまわれるのですか!? 一晩くらい、泊まっていかれては?」
「いえ、私には急がなくちゃいけない理由があるので」
一刻も早く、残りの九人の偽物を駆除しなきゃ――。
「そうですか……。どうかお達者で」
「ええ、また」
「あばよ、オッサン!」
「ミィ」
軽く手を振り、店長さんに背を向ける私たち。
ふと空を見上げると、燦燦と輝く太陽が、今日も平等に暑さを振り撒いていた。
拙作、『戦争から帰って来た婚約者が愛人を連れていた』がコミックグロウル様より2026年3月6日に発売された『選ばれなかった令嬢には、本命の彼が待っています!アンソロジーコミック』に収録されています。
よろしければそちらもご高覧ください。⬇⬇(ページ下部のバナーから作品にとべます)




