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私は『写真屋くまナぱ』:クマの輪フォトグラフ  作者: かぐつち・くまナぱ(便乗期間限定w)


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⑫【冷雨の拒絶:泥濘(でいねい)に沈むレンズ】

石畳を濡らすのは、空からの雨ではなく、悪意に満ちた冷や水でした。


──魔法屋を後にしたくまナぱは、ニクスが告げた古道具屋を目指していました。


その店先に差し掛かったとき、重い木扉が開き、一人の少年クマが外へ出てくるのが見えました。


「……予備の研磨剤、それに記録用の帳面もよし。忘れ物はない……よね…」


自分に言い聞かせるように、真面目そうな声を漏らす少年。


彼はひょろりとした背中に、体格には不釣り合いなほど大きな荷物を背負っていました。


「……あれ?」


自分と同じ年頃の少年がわずかに振り向いたその瞬間、陽の光を受けて――きらり、と小さな光が弾けました。


くまナぱは思わず目を凝らします。


「…あれはメガネ……? 珍しい……」


それは目元にある丸い縁の、透明な板。


目が悪かったり、年をとり 衰えることが【白熊教】では『神の思し召し』とされ、矯正が推奨されないこの時代において、彼の【メガネ】は異彩を放っていました。


くまナぱの胸の奥で、遠い記憶が微かに揺れます。


レンズ。 光。 焦点。


それは、自分の中に何故かある知識。


(…私だけじゃない……光を操って『見る』ための道具を自分で作っている人が、確かにいるんだ……)


くまナぱの心に、小さな希望の火が灯りました。


世界がどれほど冷たくても、何かを求めて前を向く者が必ずいる。


その【メガネ】は、彼女にとって暗闇に差した一筋の光でした。


少年はそんな視線に気づくこともなく、荷物の重みに体を少し傾けながら、森の方へと歩いていきます。


「……この店の子、だったのかな……?」


くまナぱは小さく呟き、遠く離れる背中をしばらく見送っていました。


(きっと、このお店なら、『カメラ』も作り直せるはず!)


今度こそ、自分の火を誰かの笑顔を写すために、役立てられるかもしれない。


期待に胸を膨らませ、くまナぱは古道具屋のギギギっ…と鳴る重い扉を開きました。



──しかし【火ぐま】ということで、邪険に店先へ追い出されたくまなぱ。


「なんだぁ、このゴミは! そんなモノ、見たこともねえ! 」


店主が彼女の取り出した、錆びた真鍮の筒などの『カメラの残骸』を目にした瞬間、さらに空気は一変します。


「どうせ呪いの道具か何かか!? 縁起でもねえ、消えろ!」


「み、見たこともないんですか…? でもニクスさんはカメラだって……ここから出てきた子も……」


「うるせえ! 知らねぇって言ってるだろうがっ! 火ぐまが歩き回るだけで不吉なんだよ!」


店主は恐怖と嫌悪で激昂し、傍らにあった水桶を掴むと、容赦なくくまナぱへ浴びせかけました。


「ち、違う! これはただの道具で……! きゃっ……!?」


バシャッ!、と重い音を立てて冷水が降り注ぎます。


くまナぱ は咄嗟に、自分の頭上で揺れる【火】を両手で覆い隠しました。


彼女の手は、その火に触れても火傷一つ負いません。


それは彼女にとって、自分という存在の証。他者との境界の証だったのです。


「……あっ、カメラが……!」


外套から服まで全身ずぶ濡れになり、寒さとショックで気が動転する くまナぱ。


必死に(かば)ったおかげで、頭の火は水に濡れず、無事でした。


しかし、その拍子に、抱えていた大事なカメラの残骸が石畳の上へ転がり落ちます。


「ま……まって……!」


慌てて拾い上げようと手を伸ばしますが、


「まだこりないのかっ! さっさと失せろ!」


追い打ちをかけるように、店主が再び水桶を掲げ、水を浴びせようとします。


「……っ、ごめんなさい!!」


悲鳴を飲み込み、散らばったパーツを拾う余裕もなく、彼女はその場から逃げ出すしかありませんでした。


残された残骸は、泥にまみれたまま、虚しく捨て置かれました。


「……うぅっ……ぅっ……」


走り去るくまナぱから零れ落ちる滴が、石畳を濡らしていきます。


挿絵(By みてみん)


かつては『境界線のない世界』を映していたはずのカメラの残骸が、今はただの【ガラクタ】として、冷たい石畳の上で、泥に汚れていく。


その光景は、あたかも彼女自身の希望が、冷酷な現実によって踏みにじられたかのようでした。



【甘い誘惑と拾われた遺物】


くまナぱが去ってから、しばらく――同じ通りに、別の一行が通り掛かりました。


石畳を踏む音は三つ。だが、その歩幅も、気配も、まるで揃っていません。


ひとつは――重い。ドン、と地面を沈めるような足取り。


思わず見上げてしまう、岩塊がそのまま歩いているかのような巨体がいました。


その筋骨隆々の体には、使い込まれた厚手の革鎧が鈍く光り、背には身の丈ほどもある無骨な金棒が無造作に担がれています。


ひとつは――軽い。小さな影が、その巨体の少し後ろを、ちょこちょこと器用についていきます。


カカオ色をした毛並みに映える、清潔な白いポシェットを首から下げ、動くたびにそれが柔らかく揺れます。


そして、最後のひとつは――静かでした。


旅装のような簡素な衣服に身を包んでいますが、その布地の質の良さと、淀みのない足運びが、場違いなほどの気品を滲ませています。


「あら……?」


柔らかく、よく通る声。その人物がふと足を止めました。


視線が、石畳の一角へと落ちます。


「……妙な輝きがありますわね」


そこには――泥に半ば埋もれながら、わずかに光を反射する、小さな金属片がありました。


その言葉に、小さな影が素早く動きました。


しゃがみ込み、泥を指先で払い落とすと、現れたのは【カメラの残骸たち】でした。


(うやうや)しく差し出された物を見つめる、青灰色の静かな瞳。


「これは…精密な細工ですね。……では、その持ち主がいるはずですわね」


静かな声が、場を支配します。空気が、わずかに張り詰めます。


ゴリは無言のまま周囲を見回し、警戒するように一歩、前へ出ました。


ショコラは、くんくんと周りの匂いを嗅ぎ始めました。


「――聞いてみましょう」


そのまま一行は、何事もないように古道具屋へと足を向けました。


ギギギッ、と乾いた扉の音が店内に響きます。


「……あぁ!? また火ぐまの仲間か! 営業妨害だ、さっさと……ッ!?」


追い払おうと横柄に身を乗り出した店主の言葉が、喉に詰まりました。


目の前に立つ【シロクマお嬢様】、『シローヌ』が、そっとフードを外したからです。


白銀の毛並みは塵ひとつなく、凛とした双眸そうぼうが店主を静かに射抜きました。


そのあまりの神々しさと、背後に控えるゴリの威圧感に、店主は自分がとんでもない相手を前にしていることを本能で悟り、思わず後ずさりました。


「恐れ入ります。このお店の前に、このようなものが落ちておりましたが……」


シローヌが指し示したのは、ショコラが見せる、先ほどのカメラの残骸です。


彼女の声は優しく、しかし沈黙を許さない重みがありました。


「さ、さあ、そんな呪いのモノ! ワシは知らん、知らんぞ……!」


店主は震える両手を胸の前に出し、必死に誤魔化そうとします。


しかし、シローヌは微動だにせず、ただ静かに彼を見つめ続けました。


「……そうですか。隠し事は、あまり感心いたしませんわね。ショコラ、お願いしますね」


「はい、お嬢様」


ショコラがちょこちょこっと軽やかな足取りで店主に歩み寄ります。


彼女が近づくにつれ、狭い店内に、抗いがたいほどに甘く、濃厚なチョコの香りが充満していきました。


「……ひ、ヒッ……なんだ、この匂い……か、身体の力が……」


「……どこの馬の骨とも知れん……小汚いクマが持ってきたんだ……」


店主の虚勢はあっけなく崩れ去りました。


それは自白を促す『誘惑』の魔力を含んでいるのです。


「頭に火がついた不吉な【火ぐま】の娘だ。ワシが水をぶっかけて…追い払ってやったのさ……」


店主は、うっとりと目を細めながら、自分の知っていることと、


「確か、西街の学校の方へ逃げていきよった……あとは知らん……」


今しがた走り去った『頭に火のついたくま』の行方をすべて白状してしまいました。


「そうですか……お話ありがとうございます」


店主の告白を聞き終えると、シローヌの瞳に微かな、しかし鋭い光が宿りました。


「……学校、ですわね。行きましょう」


ショコラがカメラの残骸を布で丁寧に包み、ポシェットにしまい込みます。


偶然に落ちていたのではない。


一行は、陶酔したまま動けない店主をあとに、夕闇の街へと再び踏み出しました。


ついに見つけたのです。


彼女たちは、その輝きの中に確かな『目的』を見出していました。



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― 新着の感想 ―
 ショコラは癒やし担当のマスコット枠かと思っていたのですが、意外な魔力を持っていたのですね。しかし、チョコレートには確かに、そういう不可思議な力があるように思われます。
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