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【完結済】夫という役割が消えるとき  作者: アレックス・フクリー
5)心のこぼれ落ちる場所

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5-6)男たちはなぜ、黙るのか?

「何か言いたい気持ちはあるんです。でも、言ってもどうせ分かってもらえない気がするんです」


 そう語る男性は、驚くほど多く存在します。本当は話したい。自分の気持ちを伝えたい。けれど、言葉が喉まで上がってきても、最後のところで口をつぐんでしまう──それが、多くの男性が抱える「沈黙の癖」の正体なのかもしれません。

 この沈黙は、一見すると「無関心」や「冷たさ」のように見えるかもしれません。しかし、その内側では激しい葛藤が起きていることが多いのです。


「今、何かを言うべきなのか」

「でも何と言えばいいのか」

「言ったら相手はどう思うだろうか」

「またうまく伝えられないのではないか」


 ──そんな思考が頭の中でぐるぐると回り、結果として何も言えなくなってしまうのです。

 男性はなぜ、黙るのでしょうか。なぜ、話せないのでしょうか。なぜ、「分かってもらえない」という前提で、自分の想いを閉じてしまうのでしょうか。

 そこにはいくつかの背景があります。

 まずひとつは、感情を言語化する経験の少なさです。幼い頃から「泣くな」「甘えるな」「男のくせに情けない」と言われて育つうちに、感情をそのまま表現することが"恥ずかしい"ことだと学習してしまう。そして大人になる頃には、「嬉しい」「悲しい」「寂しい」「不安だ」というような素直な感情を、うまく言葉にできなくなってしまうのです。

 この「感情の言語化」の困難さは、思っている以上に深刻な問題です。たとえば、仕事で嫌なことがあっても「まあ、そんなもんだ」で片付けてしまう。家庭で疎外感を感じても「仕方がない」で諦めてしまう。本当は心の中で様々な感情が渦巻いているのに、それを適切な言葉で表現する術を知らないのです。

 さらに、男性の多くは感情を「問題解決すべきもの」として捉える傾向があります。悲しみや不安を感じたとき、「なぜ悲しいのか」「どうすれば解決できるのか」を考えようとする。しかし、感情というものは必ずしも論理的に解決できるものではありません。ただ「悲しい」「辛い」という気持ちをそのまま受け入れ、表現することが必要な場合もあるのです。

 もうひとつは、語ることで生じる"責任の重さ"への不安です。「寂しい」と言えば、「じゃあ、私はどうすればいいの?」と返されるかもしれない。「満たされていない」と言えば、「それって私のせいなの?」と思われるかもしれない。そう思うと、自分の感情を語ることが、相手を責めるように聞こえてしまうのではないかと不安になり、何も言えなくなってしまうのです。

 この責任への不安は、特に家庭において強く現れます。妻に対して「最近、疲れている」と言えば、「私だって疲れている」と返されるかもしれない。「仕事がうまくいかない」と言えば、「家計が心配」と思われるかもしれない。自分の弱さや悩みを表現することで、家族に余計な負担をかけてしまうのではないかという恐れが、言葉を飲み込ませてしまうのです。

 また、男性の多くは「感情を表現すること」と「相手に何かを要求すること」を混同してしまいがちです。実際には、ただ「聞いてほしい」「理解してほしい」だけなのに、それを言葉にすると「何かをしてほしい」という要求に聞こえてしまうのではないかと心配してしまうのです。

 さらに、「言ってもどうせ変わらない」という諦めもあります。過去に伝えようとして否定された経験や、話すことで関係が悪化した記憶があると、「もう言わないほうが楽だ」と思うようになります。その選択は、自分を守るための防衛でもあります。でも同時に、関係から"関わる意志"を少しずつ削っていってしまうのです。

 この諦めは、一度の大きな出来事から生まれることもあれば、小さな積み重ねから形成されることもあります。


「そんなことで悩むなんて」

「考えすぎじゃない?」

「男なんだからしっかりして」


 ──こうした反応を何度か経験すると、「自分の感情は理解されない」「言うだけ無駄だ」という学習が起こってしまうのです。

 特に深刻なのは、男性自身が「感情を表現すること」を「弱さの表れ」として捉えてしまうことです。社会的に「男性は強くあるべき」「感情的になるのは女性的」というメッセージを受け続けているため、自分の内面的な悩みを表現することに強い抵抗を感じてしまうのです。

 沈黙は、男性にとって"逃げ"ではなく、"自衛"です。黙るという行為の裏には、「伝わらない悲しみ」と「傷つきたくない思い」が隠れています。

 ある男性は、こう話していました。


「何かを言えば、言葉にした瞬間に軽くなると思ってた。でも、逆に相手を困らせたり、傷つけてしまったことがあって、それ以来、“言わないほうがいい”ってなってしまったんです」


 この経験は多くの男性に共通しています。感情を表現したときに、期待していた反応が得られなかった。理解されるどころか、相手を困らせてしまった。そんな経験が、次に感情を表現することを躊躇させてしまうのです。

 さらに問題なのは、沈黙が習慣化してしまうことです。最初は「今回は言わないでおこう」という一時的な判断だったものが、やがて「感情を表現しない」というパターンとして定着してしまう。そうなると、たとえ安全な環境が整っても、感情を表現する方法を思い出せなくなってしまうのです。

 このようにして、男性たちは少しずつ沈黙を選ぶようになります。"話す"より"黙る"ほうが安全だと感じる。でもその安全地帯は、同時に"孤独の檻"でもあります。

 沈黙の中にいると、自分の感情がどんどん複雑になっていきます。言葉にされない思いは、心の中で発酵し、時には怒りや諦めに変化してしまいます。「どうして分かってくれないんだ」という怒りや、「もういいや」という諦めは、実は「本当は分かってほしい」「つながりたい」という願いの裏返しなのです。

 では、男性が沈黙から抜け出すために、必要なものは何でしょうか。

 それは、「話してもいい」と感じられる関係の空気です。


「うまく言えなくても大丈夫」

「全部は理解できなくても、聞いていたいと思っている」


 そんな受け入れの姿勢があるだけで、男性は少しずつ言葉を取り戻していきます。重要なのは、「正しい答え」を求めないことです。男性が何かを表現しようとしたとき、それが完璧でなくても、論理的でなくても、まずは「話してくれてありがとう」という姿勢で受け止めることです。

 また、質問の仕方も大切です。「何が問題なの?」「どうしたいの?」といった解決を求める質問よりも、「今、どんな気持ち?」「最近、どう感じている?」といった感情に焦点を当てた質問の方が、男性にとって答えやすいことが多いのです。

 さらに、男性自身も、「完璧に伝えようとしなくていい」と思えるようになることが大切です。


「今日はちょっとしんどい」

「理由はよくわからないけど、最近気持ちが重い」


 そうした曖昧な言葉でさえ、関係にとっては立派な"声"です。感情を表現することは、相手に完璧な説明をすることではありません。ただ、「今、自分はこんな状態にある」ということを共有することから始まるのです。

 男性が沈黙から抜け出すためには、段階的なアプローチも有効です。いきなり深い感情を表現するのは難しくても、日常の小さなことから始めることはできます。


「今日の会議、疲れた」

「この映画、なんか良かった」

「天気がいいと気持ちいいね」


 ──こうした些細な表現から、感情を言葉にする練習を始めていくのです。

 沈黙が続くと、関係は冷えていきます。でも、たったひと言が、その空気を変えるきっかけになります。


「今、何を感じてるの?」

「最近、元気なさそうだけど大丈夫?」


 そう尋ねられたとき、少しずつ心の扉が開いていく。そして、「聞いてくれてありがとう」と感じられるとき、男性は"語ること"が"関わること"なんだと、もう一度思い出すのです。

 男たちが黙るのは、自分を守るためです。でも、その沈黙の奥には、いつも「本当は伝えたい」が眠っています。その声を引き出すために必要なのは、特別な言葉ではなく、"伝わらなくても受け止めようとする姿勢"なのかもしれません。そして、男性自身も、完璧を求めずに、まずは小さな一歩から感情を表現していく勇気を持つことが、沈黙の檻から抜け出す鍵となるのです。

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