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夫という役割が消えるとき  作者: アレックス・フクリー
4)無意味な時間が失われた日

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4-5)「家族だから仕方ない」の落とし穴

「家族なんだから、こんなものだと思ってる」

「結婚して何年も経てば、恋愛感情なんて薄れるのが普通でしょ」


 そんな言葉を、あなたもどこかで耳にしたことがあるかもしれません。あるいは、自分自身がそう口にしたことがあるかもしれません。友人との会話で、親戚の集まりで、あるいは自分の心の中で、そっと呟いたことがあるかもしれません。

 "家族だから"という言葉は、関係に安心をもたらすこともあります。長い時間を共にしてきたからこそ、気を張らずにいられる。細かいことをいちいち確認しなくても通じ合う。相手の好みや癖を知り尽くしている。そのすべてが、家族という枠組みの持つ強さであり、信頼のかたちでもあります。

 互いの傷や弱さを見せ合える関係は、確かに特別です。朝の寝癖や、体調の悪い顔、愚痴や弱音を、ありのまま受け入れてくれる場所があることは、大きな安心感をもたらします。

 けれど、「家族だから仕方ない」と思い始めたとき、そこにはひとつの"あきらめ"が混じっていることに気づかなくてはなりません。"仕方ない"という言葉の裏側には、「本当はもっと違う関係でありたい」という願いが隠れていないでしょうか。

 たとえば、セックスレスや会話の減少、感情のすれ違いについて、「もうそういうものだよね」「今さら話し合っても変わらないし」「お互い忙しいから」そうやって自分の気持ちに蓋をしていくと、少しずつ関係は"維持"ではなく"放置"へと向かっていきます。

 表面上は平和でも、心の奥では少しずつ距離が広がり、いつしか「同じ屋根の下で暮らす他人」のような感覚に陥ってしまうことがあります。それは、共に生きる喜びよりも、義務感や習慣で続いている関係の形です。

 ある女性は、こう語っていました。


「夫に対してイライラすることも、悲しくなることもあるけど、“家族だから仕方ない”で全部片づけてきました。でも、ふと気づいたら、自分の心がどこにもいなくなっていたんです」


 彼女が言う"心がいなくなった"という感覚は、感情を無視し続けてきた結果の、麻痺でした。感じることをやめてしまえば、確かに傷つくこともなくなります。けれど同時に、喜びや温かさも感じられなくなってしまうのです。

 "家族だから"という言葉が強い説得力を持つのは、そこに「我慢」や「忍耐」が美徳として含まれているからかもしれません。日本社会では特に、個人の感情よりも家族という単位を優先することが美徳とされてきた歴史があります。「自分が我慢すれば、家族全体がうまくいく」という思想は、多くの家庭で暗黙のルールとして機能してきました。

 でも、我慢を続けることと、関係を大切にすることは、まったくの別物です。むしろ、本当の気持ちを押し殺し続けることが、関係そのものを空洞化させていくことに、私たちは気づかなければなりません。

 関係に生じた違和感や寂しさに、ちゃんと目を向けること。それを放置せず、見えないふりをせず、言葉にしてみること。時には傷つき、時には衝突しながらも、お互いの感情に誠実であろうとすること。そうした行動の積み重ねが、関係を健やかに保ち続ける唯一の方法なのです。


 “家族だからこそ、わかってほしい”

 “家族なのに、わかってくれない”


 そう思うこともあります。家族という親密な関係に求めるものは、実は「理解されること」という根源的な欲求かもしれません。自分の言葉や感情、存在そのものを、ただありのまま受け止めてもらいたい。それが、私たちが「家族」に求める最も深い部分ではないでしょうか。

 でも、"家族だからこそ、言わなくても通じる"という思い込みが強くなりすぎると、そこにある不満や不安は、どんどん言葉にならなくなっていきます。そして、言葉にされなかった感情は、存在していないのと同じになってしまうのです。


「あの時こう思ったのに、わかってくれなかった」

「言わなくてもわかるはずなのに」

「いちいち説明しなければならないのが悲しい」


 そんな失望が積み重なると、次第に「言うだけ無駄」という諦めが心を支配していきます。

 ある夫は、「妻が何を考えているのか、本当にわからない」と言っていました。彼女は何も言わない。でも、それは満足しているからではなく、"どうせ伝わらないから言わない"を繰り返してきた結果だったのです。

 このような悪循環は、少しずつ、しかし確実に関係を蝕んでいきます。表面的な平和を保つために、自分の気持ちを押し殺す。そして相手も「何も言われていないから問題ない」と思い込む。その結果、見えない溝はどんどん深くなっていきます。

 "家族"という言葉は、時にとても便利です。何かを説明する必要もなく、許してもらえる。何かを我慢しても、それは当然と思われる。けれど、便利さの裏側に、たくさんの"言わずに済まされたこと"が隠れています。それは、大切な感情の死骸のようなものかもしれません。

「家族だから仕方ない」は、一時的には自分を納得させる魔法の言葉になります。でも、その魔法を使い続けることで、心の奥では本当に求めていた"つながり"がどんどん遠ざかってしまうのです。

 では、その落とし穴にはまらないためにはどうすればよいのでしょうか。

 大切なのは、"仕方ない"を"そういうもの"として放置するのではなく、"自分は本当はどう感じているか"を確認し直すことです。自分の心と対話する時間を持つこと。一人きりになって、本当の自分の声に耳を澄ませてみることです。


「本当はもっと会話したい」

「もっとふたりで笑い合いたい」

「自分のことを見ていてほしい」


 そんな気持ちがあるなら、それを"なかったこと"にしないであげることです。小さな声かもしれませんが、その声こそがあなたの本当の願いなのです。

 そして、パートナーにも「あなたはどう感じてる?」と問いかけてみる。それは、すぐに答えが返ってこなくても、関係の空気を変える小さなスイッチになります。最初は戸惑い、互いに言葉を探し、時には衝突するかもしれません。でも、その過程こそが、"家族だから仕方ない"という諦めから抜け出す第一歩なのです。

 "家族"という関係は、自然に維持されるものではありません。むしろ、"何もしなくても続く"という幻想のなかで、もっとも静かに崩れていくものかもしれません。結婚という形式や、子どもという絆、経済的な結びつきだけでは、心の絆までは保証されないのです。

 だからこそ、家族という言葉を、"安心"の象徴としてだけでなく、"関わり続ける意志"の表明として捉えること。「仕方ない」で終わらせないこと。そこに生まれた感情に、たとえ小さくても声を与えること。

 それが、関係を"続けていく"ために、本当に必要な姿勢なのではないでしょうか。「家族だから言わなくても分かる」ではなく、「家族だからこそ、伝え続ける」という覚悟が、長い時間を共に生きる土台になるのです。

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