ふたりの場合 菅沼さん×原田くん編 第3話
「雨が降ってきましたよ」
残業中に外出していた原田くんが、スーツに付いた雨粒を払いながら事務所に戻ってきた。
「傘、持ってなかったの?」
いつの間にか、事務所内に残る人間は私と原田くんだけになっていたから、いつもよりは自然に話せていると思う。
そういえば、夕方から雨になるって、昨日のテレビで言っていたことを思い出す。
「最近、天気予報を見ていなかったもので。それより、これ」
最近、残業続きの原田くんが苦笑いをしながら言い訳をする。
そして、手にしていたビニール袋を目の高さまであげてみせ、そのまま、私に押し付けてくる。
中を見ると、プラスチック容器に入ったショートケーキが二つ。きちんと並んでいた。
「ケーキ?」
「コンビニの、ですけど」
疲れたら甘いもの、ですよねー、と笑顔の原田くん。
夜にケーキなんて食べたら身体に蓄積される事、間違いないけど、原田くんの心遣いが嬉しくて、私にしては珍しく素直にお礼を口にすることが出来た。
「ありがとう」
「どーいたしまして」
彼特有のふんにゃり笑顔。
ちょっと寝不足なのか目の下あたりにクマが見えるけど、いつもの可愛い笑顔を見せてくれる。
この笑顔になんだか安心するのは本人には、内緒だけど。
ケーキを挟んで休憩を取る事にした私達。
原田くんが給湯室から二人分のコーヒーを入れて持って来てくれた。
椅子に座ったままコーヒーを受け取ろうとして、よそ見した瞬間だった。
「あ」
「どうしました?」
容器を開けようとしていた方の手が、中のケーキに当たってしまいクリームが付いてしまった。
慌ててハンカチを取り出そうとしていたら、原田くんに手をつかまれた。
「クリーム付いてますよ」
そう言いながら原田くんが、私の前にひざまずくとクリームのついたままの私の手を優しく持ち上げ、そのままクリームを舐め取ってしまった。
「え!?は、原田くん?!」
手に原田くんの唇と舌の感覚が伝わってきて、ビックリして固まる私。
そのまま目が合う。
彼からいつもの優しげな雰囲気が消え去り、まるで狼が獲物を狙うような彼の視線に心臓が鷲掴みされたような感覚に陥る。
「……あまい」
ぺろりと自分の唇をなめてクリームの味を確かめる原田くん。
なんだかその姿があまりに妖艶で目が離せなくなる。
身じろぎ出来ずに見つめていると、狙いを定めたように空いていた手を頬に添えられる。
「菅沼さんも味見させてくださいよ?」
「え?は、はらだく、――んっ」
そう言うが早いか、彼の唇が私の唇に重ねられる。
長い長い口づけ。
原田くんの薄い唇から、私の口の中を犯す舌から、伝わる甘い味に酔いそうになる。
どちらの唾液ともつかない雫が零れそうになってようやく開放された。
「ケーキより、僕。こっちのがいいです」
「……な、何言ってるの?」
熱のこもった視線で絡めとられ、吐息が感じれそうなくらいの距離で囁かれて体中が粟立つけど精一杯の抵抗をみせる。
「照れてるんですか?可愛い」
どこまでも余裕の原田くんは再び私を抱きしめると、耳元でケーキよりも甘い誘惑の言葉を囁く。
「好きです、菅沼さん」