この世界に住まう別の世界の者たち
木崎「お」
荒巻「あ、木崎さん。お待たせしました。」
木崎「いやぁすみません。ご足労いただいちゃって。」
荒巻「まぁ、これも、仕事ですから。」
木崎「どうぞ。まぁ、どうぞ、おかけ下さい。・・・・なにか?飲まれます?」
荒巻「えぇ?いいんですか? ・・・・こういう所、そういうの?」
木崎「気にしない。気にしない。他の部署は駄目かも知れませんけど、こんな所で、目くじら立てる人間はいませんよ? あ、コーヒーでいいですか?缶コーヒーしかないんですけど?」
荒巻「お構いなく、本当にお構いなく。」
木崎「・・・・栗山さんも感謝していましたよ。」
荒巻「ああ。あの爺さんも災難でしたね。・・・・まぁ、運が悪かったとしか言えないですね。」
木崎「警察から聞いたんですけど、何、言っているか、まったく分からなかったって。」
荒巻「ああ。ああ、そうですね。うん。そういう輩の相手するのが、俺の仕事なんで。・・・・警察とか、おたくら役所の人に言わせれば、何、言っているか分からない連中だと思いますけど、奴等も奴等なりにコミュニケーションは取れるんでね。別に、法に反する薬をやっている訳じゃないんですよ。あれで、シラフなんです。シラフ。」
木崎「え? あれで!!!」
荒巻「警察も薬物検査とかアルコール検査しましたけど、全部、白。真っ白、白。・・・奴等はあれが自然の状態なんです。・・・・信じられないでしょ?」
木崎「・・・・・・」
荒巻「ただ。・・・・木崎さんには申し訳ないんだけど、最初に言っておきますが、慰謝料とか保険とか、そういう類は、あてにしないで下さい。金は持ってないです。残念ながら。」
木崎「・・・そうですか。」
荒巻「爺さんには悪いけど、無い奴からは取れないでしょ? 裁判するのは勝手だけど、大して何か、得られるものがあるとは思えないし、下手したら、警察の方も、ただの暴力事件というか、傷害事件になってしまいそうですね。」
木崎「はぁ。・・・・なるほど。なるほど。ありがとうございます。」
荒巻「力になれなくて申し訳なかったですね。」
木崎「いや。・・・・でも、荒巻さんに間に入ってもらわなかったら、それすらも、分からなかった訳ですから。」
荒巻「いや俺はいいんですけどね。瀬能さんがお世話になっているって聞いちゃぁ、一肌脱がない訳にはいきませんからねぇ。俺ぁ瀬能さんには恩義がありますから。ま、それはいいんですけど。」
木崎「・・・・・・。その、何者だったんですか?その、逮捕された、ヤクザみたいな?チンピラみたいな、」
荒巻「あ。ああ。ああ。一般人ですよ、一般人。」
木崎「えぇぇぇぇぇえええ? あんな、ヤクザみたいな格好していて一般人?」
荒巻「ファッションです。ファッション。」
木崎「ファッション!」
荒巻「いきがっている風ではありますが、ああ、本物じゃないですよ。・・・・・・ただ。木崎さんねぇ、ああいうのが、一番、厄介なんですよ。本物だったら、まだ、話が通じるんです。木崎さんも見て分かったでしょう?まるで話が通じない。言葉が通じない。ああいうのが一番、怖い。」
木崎「・・・・・。」
荒巻「俺は、たまたま組が割れちゃったんで、ある日、突然、元ヤクザ。一般人にさせられちゃいましたけど。本物にしろ、チンピラにしろ、あと、何でしたっけ?下請けじゃなくて、半グレ。そういう組織で動いている奴は、良い悪いって話で言えば、悪いんですけど、集団自体が法律違反ですからね。集団で悪い事やっている奴は、コミュニケーションが取れなければ、自分が何をやっていいか分からないから、反対の意味でコミュニケーションが取れるんですよ。言ってしまえば、個人に意思はなくて、上の命令が絶対なんです。だから集団で行動するんです。」
木崎「彼等にも、彼等の行動原理があるんですね。」
荒巻「そりゃ人間ですから。当然ですよ。決して、話が分からない訳じゃないんです。ただ、栗山さんでしたっけ?あの爺さん。あの爺さんを怪我させた奴は、その類じゃない。・・・・・何か格闘技をやっていたのか知りませんけど、もう、完全に一人の世界に入っちゃって、社会に適応できない人間です、はっきり言って。自分だけのルールで生きているし、自分だけの正義感で生きているから、厄介なんですよね。もしかしたら、昔、チンピラをやっていたのかも知れませんが、コミュニケーションが取れなければ、相手の方から首を切られますよ。だって、何言っているか分からない奴と一緒に仕事できないでしょ?それはサラリーマンでもヤクザでも一緒ですからね。」
木崎「・・・・はぁ。」
荒巻「そういう人間、増えてますよ。うぅうん、増えているっていうか、多いですよ。自己顕示欲って言うのかなぁ?社会のルールが分からない人。・・・・・ちょっと前に流行った言葉で言えば、無敵の人って言うんですか?」
木崎「無敵の人ですか?」
荒巻「無敵ですよ。そういう奴はヤクザ相手、警察相手だって喧嘩、売りますよ? 当の本人からしてみれば喧嘩じゃないんですけどね。自分のルールに従わない、”むかつく”奴。・・・・木崎さんもこれなら理解できますからね?例えば、まぁ、知りませんけど、木崎さんは横断歩道で青信号で渡る人だったとします。そこへ赤で渡たって来た人がいると、なんてルールが守れない人なんだ、俺はルールを守っているのに守れない、腹が立つ奴だ。それと一緒です。」
木崎「ちょっと待って下さい。一緒じゃないですよ。それ、社会のルールっていうか、交通ルールじゃないですか。それと自分の勝手なルールを一緒にして、それで頭にきて、栗山さんに大怪我を負わせたんですか? ふざけないで下さいよ!」
荒巻「・・・・・まあまあ。木崎さん。落ち着いて。」
木崎「・・・・・。」
荒巻「木崎さんのお気持ちは十分、理解できますよ。俺は。」
木崎「荒巻さんに言っても、仕方がない事は十分理解しているんですが、申し訳ありません。」
荒巻「その正義感が命取りですよ。」
木崎「・・・・・・・・」
荒巻「それは木崎さんの正義感であって、奴の正義感とは別の物です。はっきり言いましょう。別の世界の住人です。別の世界の生き物です。そう考えれば、納得いくんじゃありませんか?別の世界の生き物に、腹を立てても仕方がない。言葉も文化も違うんだから、あと、容姿も。なにからなにまで違うんだから、諦めるしかないんですよ。運が悪かったんだなぁって。」
木崎「・・・荒巻さん。流石に、それは、・・・・・極論じゃないですか。」
荒巻「そんな事ありませんよ。コロンブスが新大陸の原住民を見て、思ったのと、同じ感覚ですよ。いや、いきなり異世界に転生して、モンスターを見た感覚かも知れませんね。最近は、異世界モノ、流行してますし。俺も漫画で読みますよ。」
木崎「そんな馬鹿な。」
荒巻「そんなもんですって。日本に住んでいて、見た目、日本人に見えますけど、中身は、別世界の生き物ですから。はなっからコミュニケーションが取れると思う方がどうかしている。
はぁ。
木崎さん。あなたが生きてきた、裕福で、治安も良くて、何不自由なく子供の時代を過ごして、学校行って、塾行って、ご両親も健在なのでしょう? それで、勉強して、役所に勤めて。そんな世界で生きている人が、本来なら出会わない人物なんですよ、あの、生き物は。生きている世界が別の世界の人なんです。」
木崎「・・・・・」
荒巻「理解できないでしょ?でもね、そういう別世界の生き物はたくさんいるんですよ。あのチンピラ?の不幸も、あの爺さんに出会っちゃった事。・・・・お互い、不幸だったんですよ。」
木崎「・・・・・いや、だからって。ここは日本ですよ。法治国家ですよ。自分が腹を立てたからと言って、人に暴力を振るって良い訳がない!」
荒巻「そんな事が分かっていたら、最初から、やっていませんよ?
さっきも言ったでしょ?あの手の奴は、自分が腹が立てば、誰彼構わず暴力を振るう。女だろうが子供だろうが、ヤクザだろうが警察だろうが。相手にしたヤクザの話を聞いた事ありますけど、あのねぇ、ヤクザも人の目がありますから人前で人を殴ったり蹴ったり出来ないんですよ。すぐ警察呼ばれちゃうから。ヤクザって何か問題を起こすとすぐ組織を解体させられちゃうから静かにやっていきたいのが本音なんです。なのに、チンピラもどきが突っかかって来て、喧嘩になったら出ない訳にはいかないでしょ?面子もあるし。・・・・損しかないですよ。損しか。怪我させられても病院いけないし、ヤクザだから。ボコボコにした所で腹の虫も収まらないし。・・・・いやぁ、運が無かったって思うしかないんだねって話、してましたよ。はっははははっははははははははははっはっははは。」
木崎「・・・・・・。」
荒巻「ああ、すいません。コーヒー、いただきますね。・・・・・いやだから、本物のヤクザでも、運が悪かったって言ってましたから、爺さんも運が悪かったと思うしかないんですよ。」
木崎「日本も治安が悪くなったもんですね。治安なのか、常識がなくなったというか。」
荒巻「常識はあるんですよ。その常識が、世間一般が思う常識じゃなくて、各々が持つ常識に変化してしまった、と言った方がいいでしょうね。そうでなければ、警察が、俺みたいなのを使いませんもの。」
木崎「荒巻さんは、そういう、なんて言ったらいいか分かませんけど、・・・・駆け込み寺みたいな、」
荒巻「まぁそうですよね。法律にかかるか、かからないかギリギリの、そういう人の面倒をみているだけですからね。・・・・俺は、ほら、話、聞いて、それだけで、金、貰えるなら、安い商売ですよ。」
木崎「あの、荒巻さんはどうやって、その、あの男と、コミュニケーションを取ったんですか?」
荒巻「・・・・ううぅうん。参考にはならないよ。みんな特殊で、同じ、やり方は通用しないから。俺だって、こう見えて、試行錯誤しているんで。」
木崎「はぁ。」
荒巻「あの爺さん。・・・・スーパーで買い物をしていたら殴られた、って言ってたでしょう?」
木崎「ええ。警察にも、同じことを話していますし、周りの人も、そう証言しています。」
荒巻「あれな。あのチンピラもどきの話だと、あの爺さんが、勝手にコロッケパンを取って行ったと言ってる。最後のコロッケパンだったそうです。好物のコロッケパンを、買おうとしていたコロッケパンを、横から盗って行かれたって言ってました。だから、頭にきて殴ったんだと。」
木崎「・・・・・・・・」
荒巻「ははっははは。木崎さん。理解できない顔しているなぁ。」
木崎「コロッケパンって? 子供ですか? 百歩ゆずって、狙っていたパンを横から取っていかれても、暴力沙汰にはならないでしょう?ふつう。 諦めて、終わりじゃないですか。 なんで、なんで?暴力を振るわれなければならなかったんですか?」
荒巻「ああ、だから理由は今、話した通りですよ?俺のコロッケパンを爺が、横から盗ったんだって。それだけですよ。そういう奴は、それが誰だってやりますよ。大事なモンだから。コロッケパン。コロッケパンに命、かけるんだから、そりゃやりますよ?」
木崎「・・・・・・・・」
荒巻「ちなみに、俺も、そいつに、これ。これと一緒。・・・・餌付けしてやったんですよ? 腹、減ってるだろ?って、おにぎり。コンビニで買った安いおにぎり。百円。あれで、餌付け完了。・・・・木崎さんも、これで、餌付けしようとしましたよね?俺を。」
木崎「・・・・そんなつもりはないですよ。あの、栗山さんの為に骨をおってくれたから、そのお礼にと。・・・・・缶コーヒーぐらいじゃお礼にもなりませんけど。」
荒巻「冗談ですって。だから、そいつも、そいつに分かる形で、礼節を通せば、決して話が分からない奴じゃないんです。そのやり方を見つけるのは大変で、木崎さんはそんな事?って思っていると思いますけど、そんな事を見つける事がいかに大変か。ま、だいたい、そういう面倒くさい連中は、世間の爪はじき者ですよ。世間から相手にされない。世間の大多数からは、話の通じない若者とか、変人。別の世界の生き物、ってレッテルが貼られるんです。まぁ、面倒くさいですよね、話の出来ない少数の人間と、探り探りコミュニケーション取るのは。相手にしない方が楽ですからね。」
木崎「あの。あの、荒巻さんのおっしゃりたい事は理解できますが、でも、それで、人を傷つけて良い理由にはならないと思います。」
荒巻「それは当然ですよ。話が出来ない奴でも、日本に暮らしている以上、日本の法律で、生きていかなくてはなりませんからね。・・・・瀬能さんからも言われた事がありますよ。俺も含めて、そういう社会からはみ出した人間がモンスターなのか、逆に、そういうはみ出し者を生んだ社会が、モンスターなのか。瀬能さんに言わせたら、この生きにくい世界の方がモンスターだって言ってますけどね。俺にしても、瀬能さんにも、少数派の中でも少数派の意見ですから、相手にされませんよ。それは重々分かっているから、まぁ、鳴りを潜めて、世間に迎合して、モンスターに狩られないように生きているんです。」
木崎「・・・・・はははははは。はぁ。瀬能さんが言うと、妙な説得力がありますね。」
荒巻「爺さんを殴った事は悪かった、と、反省はしています。頭にきて殴ったのは悪かった、と。あれの言い分だと、コロッケパンを取るなら、一言、パンを取っていいか?と聞いてくれれば、別に、怒ったりはしない。ひとの物。それを横取りされたから頭にきたんだ。・・・・まぁ、何を言っているんだ?って話ですよね。警察も呆れていましたよ。スーパーで売っているのに、どうして、お前の物なんだ?って思いますけど、そういう理屈は通りませんからね。ただ、やっぱり、横取りされたっていう感があるのは、そこを突き詰めると、礼儀なんですよ。礼儀があって、パンを譲ってくれないか、とただ一言。その一言があれば、なにも暴力に訴える必要はなかった。それだけの事です。」
木崎「いや、でもね。・・・・その、パンが、あの男のものだって、分からないじゃないですか?」
荒巻「ええ。おっしゃる通り。分からないですよ。あいつにとってはコロッケパンが命であって、別の奴は、焼きそばパンかも知れない。・・・・・だから、別の世界の生き物と、遭遇してしまった事が、運が無かった。諦めるしかないんです。」
木崎「・・・・? 理不尽っていう言葉が、適当ではないですね。やっぱり、運なのでしょうか。その、荒巻さんのおっしゃる通りならば。」
荒巻「俺は運が全てだと思いますね。・・・・・警察に逮捕されて、爺さんを殴って、逮捕された事は納得しています。悪い事をしたと。ただ、コロッケパンを横取りされた件は、許すつもりはない。・・・・もし、裁判でもするなら、法廷でも、同じ事、言うでしょうね。」
木崎「逮捕された理由は、傷害ですから、それに関してはそれで良いと思うんですけど。根本的な問題の解決には至っていませんよね?」
荒巻「ああ。・・・・木崎さん。あんた、頭、いいね?瀬能さんが気に入っているだけの事はあるわ。そうなんですよ、そう。問題の解決にはなっていませんよ。そうでしょ?あいつはコロッケパンを横取りされた事については、問題解決していませんから。・・・・・逆恨み?しないといいですけどね。」
木崎「さか?逆恨み?」
荒巻「あいつが逆恨みするかどうかは知りませんけど、中には、そういう奴もいるって話です。言っても分からないでしょ?あの、コロッケパンはスーパーで売られているもので、お前の物じゃない、って。そんな子供でも分かる理屈が通用しないんですよ?仮に問題を解決したいならば、爺さんに、コロッケパンを持たせて、横取りして悪かった、どうか許して下さい、と頭を下げさせるしか気持ちをなだめるしか方法はないと思いますよ?」
木崎「・・・・・・・ああ、頭がおかしくなりそうです。」
荒巻「いや、そういうモンですって。
今回は、見た目がチンピラで、分かりやすいチンピラもどきでしたが、世間には沢山、隠れていますからね。別の世界の生き物が。こっちからしてみたら、霞が関?でしたっけ?国家公務員で省庁なんかに勤めている、東大京大出身の奴。生まれた時から金持ちでエリート。血統につぐ血統でしょ?でっかい家に住んで、十円とか百円の買い物、したことない奴。俺にしたらそういう奴の方が、異世界の住人ですよ。お互いに、話しても、言葉が通じないと思うなぁ。」
木崎「それは俺も同じですよ。雲の上の人でしょ?」
荒巻「・・・・みんながみんな、一律で、貧乏ならいいんだ。喧嘩が起きない。分かっていないのが、自分が住んでいる世界の人達だけが正常だと思っている人。話が通じない相手なんていっぱいいる。俺はまだ、そういうのを理解しているからマシだけど、多くの人が、それを理解しちゃいない。
そういう奴は、自分の世界から出ない事だ。そうすれば、異文化交流しなくて済むから、他の世界の生き物と喧嘩にならないんです。大人しく、自分の世界だけで生きていればいい。他の世界の事に首を突っ込むから、ま、突っ込まれる事もあるけど、面倒な事になるんですよ。」
木崎「・・・・・・・・」
荒巻「下手な正義感は持たない方がいい。・・・・揉めていると言う事は、揉める原因があったって事。お互いの常識が違うから、双方、自分の常識を盾に揉める。そこに正義感をもって入ろうものなら、また別の常識が加わって、泥沼になるのは明らか。可哀そうだけど、関わらない方が身の為だ。その方が賢明。・・・・あれです、瀬能さんの受け売りですけどね。」
木崎「・・・・生きづらくなりましたね。」
荒巻「他人は認めないくせに、自分を認めろ、って世間ですからそりゃ、生きづらい世の中ですよ。良い事がある訳ない。他人を認めないなら、自分の中の世界に引き籠っている事が正解なんです。喧嘩になりませんからね。」
木崎「・・・・・はぁ。」
荒巻「そういう、お互いに話が通じない人間相手の交渉をするのが俺の仕事ですから、必要な時は、いつでも声をかけて下さい。」
※全編会話劇です。