ムカつくパワハラ系女上司を◯してやりたい。
上司ガチャに失敗した俺は、ストレスに困らない社会人生活を送っている。
「山中ぁぁ!! 早くしろよぉ!!」
「ま、待って下さいっ……! 荷物が……重くて……」
「◯すぞぉぉ!」
一泊二日の大阪出張。緊張と多忙による寝不足で到着前から限界に近い。
「一秒遅れる毎に、お前の男根を一本ずつ引き抜くぞ!!」
「そ、そんな」
一秒でも遅れたらアウトやん。
「はぁ……はぁ……」
言葉遣いが狂っている女上司、坂ノ上彩芽(課長)は疲れた俺にお構いなしにオフィスビルの正面ゲートへ向かい出す。
俺はノートパソコンや商品サンプル、一泊分の荷物を持って歩きっぱなし。もう手が痺れっぱなしだ。
因みに課長の荷物も俺が持っている。奴はずっと手ぶら。俺はいつも荷物持ち。いくら部下とは言えなんで俺が奴の着替えとかまで持たなくちゃなんねーんだよ……。
「では、これにて失礼致します。本日はありがとうございました」
二時間に及ぶプレゼンが終わり、ビジネスホテルへと向かうタクシーへ乗り込む。
「で? あれだけ練習して噛み噛みだったのは何故?」
「……すみません」
「何故かと聞いているのだけれども?」
「れ、練習不足です」
「練習不足ぅぅ!? まさか不完全のままプレゼンに挑んだの!? ◯すわよマジで!!」
「すみません……」
「だいたいお前は──」
ホテルまでの三十分間、地獄の説教タイムが続いた。
「はーっ、アンタのせいでどっと疲れたわ。さっさとチェックイン済ませて来なさい」
ホテルへ着き、フロントで予約を告げると、パソコンをカタカタした受付の表情が一瞬固まった。
「あ、あのー……」
受付の女性はとても申し訳なさそうな表情で話し始めた
「は? 部屋が一部屋しか無い?」
「同姓同名の人が予約してて部屋が被ったみたいでして……しかも満室で他の部屋も空いてないそうです」
課長に事情を説明し、部屋の鍵を手渡した。
「俺は近くのネカフェに泊まりますので」
「野宿しろ」
「今二月なんですけど……」
「チッ」
いくら大阪の冬とは言え凍え死ぬがな。
「とりあえず飯でも食いに行くか」
「え゛っ?」
「なんだその返事は、嫌なのか?」
「滅相も御座いません滅相も御座いません!」
首を横にブンブンしまくり、渋々課長と夜の街へ。出来れば早くネカフェに行って漫画読みながらアイス食べ放題したい……。
「──ってココですか?」
「ああ」
課長は予め行き先が決まっていたかの様に大手チェーン店の居酒屋へと足を運んだ。
「以前、取引先の担当者が仕事を辞めてココで働いていると聞いてな」
「へー」
どうでもいい。早くネカフェに行ってオンラインゲームやりながらアイス食べ放題したい。
「いらっしゃいませ! 二名様でしょうか?」
店内は活気に満ちており、俺達は狭い通路の奥の席へと案内された。
「特別に一杯だけ酒を頼んでもいいぞ」
「あ、ありがとうございます……」
なにが特別なのか良く分からないが、上司と向かい合って飯を食うだなんて地獄だぞおい。早く終わりたい。
「あっ! 坂ノ上さん! ど、どうしたんですか?」
「いえいえ、たまたま近くで仕事がありまして」
そして課長を見付けた元取引先の人が現れ、世間話を始めた。めちゃくちゃどうでもいい俺はそっと気配を消し、横目でメニューを見ていた。
「どうぞごゆっくり〜」
「ありがとうございます」
挨拶が終わると課長は席を立った。
「お手洗い。私はナシ・ゴレンと烏龍茶で」
「分かりました」
ナシ・ゴレンってなんだ?
メニューを見ると目玉焼きが乗っかったチャーハンの写真があった。
同じのにしとくか。課長より高いの頼んだら怒られそうだし。
「すみませーん」
「はーい」
「ナシ・ゴレンを二つ。烏龍茶を一つ、烏龍ハイを一つで」
「かしこまりましたー」
なんか俺もトイレ行きたくなってきたな。課長が戻ってきたら行ってこよう。
「ふーっ」
トイレから戻ると、頼んでいたナシ・ゴレンが来ていた。美味そうだ。課長は既にナシ・ゴレンを食べてた。煙草と酔っ払ったオッサンの不気味な笑い声が聞こえる店内でナシ・ゴレンを食べる課長の姿は、どことなく似合わない感じがした。
「……」
「……」
なんか課長の様子がおかしい。
やけに静かで、何と言うか……おとなしい?
「……あ、あのー」
「ふゅ?」
「──ふゅ!?」
明らかに目つきが変!
顔が赤い!
ここから察するに──!!
「こ、これは……!」
俺は俺の席へ置かれた烏龍ハイを一口飲んで確信した。
「逆ですね」
「にゅ?」
どうやら課長は俺の烏龍ハイを飲んでしまったらしい。既に半分くらい無くなっていた。
まあ、気が付かなかったのはいいとして──。
「課長……もしかしてお酒クソ弱族ですか?」
「ゆ?」
既に呂律が怪しくなりつつある。どうやらその通りの様だ。
「大丈夫ですか?」
「山中君」
「!?」
う、生まれて初めて課長に『君』付けで呼ばれた……!!
な、なんて事だ……!!
「山中君?」
「は、はいっ!」
思わず返事に緊張してしまう。
「食べないの?」
「た、食べます!」
「どうぞ♪」
な、なんという事だ!
あのパワハラクソ女上司が、酔うとこんなにも可愛く変貌してしまうとは……!!
「はい、あーん」
「か、課長!?」
課長のスプーンが俺の口元へ。マジかおい!!
「そ、そんな課長……!!」
「はい、あーん」
なんだこれは。後で殺されるオチじゃないだろうな!
「むっ。私の『あーん』が受け取れないの? ◯めちゃうぞ?」
「えっ……!?」
俺が死ぬのは変わらないのに、言い方一つでこんなにも可愛いなんて……!
一瞬、死んでもいいって思った自分が恐ろしい!
「はい、あーん」
「あ、あーん……?」
俺の口の中に広がるナシ・ゴレン。しかし緊張で味が一切分からない。
「へへ、いつもありがとうね、山中君」
「えっ?」
幻聴だろうか、課長の口から『ありがとう』と聞こえた気がした。一度も言われた事無いから耳を疑うぞおい。
「いつも遅くまでありがとうございます」
「そ、そんな課長。頭を上げて下さい!」
ペコリと頭を下げた課長。その姿からは普段の荒々しさは微塵も感じられなかった。本気で言っているのかこの人。酔うと人格変わる系か。
「今日も荷物重かったでしょ。ゴメンね私の分まで」
「いえいえいえいえ」
「最近デスクワークのし過ぎで手首が痛くて重いの持てなくて」
「……」
「最近は見積もりばかりで契約も取れなくて……作る書類が増えても成績が伸びなくて……このままだと今期の目標に届くかどうか──あ、山中君のせいじゃないよ!? ゴメンね変な事言っちゃって」
そうだったのか……。
課長も課長で大変なんだな。
「言ってくだされば良かったのに……手首、大丈夫なんですか?」
「ゴメンね。お医者さんからはしばらく安静にって言われちゃった」
「荷物なんか俺が持つんで大丈夫ですよ。任せて下さい」
「あ、ありがとう……!」
「それに、早く一人前になって課長に楽をさせたいですから」
「や、山中君……」
こうして、とんだトラブルのおかげで俺は課長と打ち解ける事が出来た。
「じゃ、行こうか」
「え?」
居酒屋を出ると、課長は来た道を指さした。
「山中君だけ別ってのも……ねえ? ホテルの人にお願いして同じ部屋に泊まろうよ」
「いやいやいやいやいや!」
何を言い出すんですかこの人は!?
「嫌なの?」
「そ、それはコンプライアンス的にダメじゃないでしょうかねぇ!?」
「電話してみるね」
「えっ!?」
「良いってさ」
「速っ!!」
「行こ?」
「ダメですってば!」
「上司命令です。嫌なら引っこ抜いちゃうぞ?」
「……」
そこまで言われたら仕方ないので渋々ついて行く。てかその言い方だと別な意味に聞こえるので、出来れば発言を控えて頂きたいんですが。
「ふーっ、今日は疲れたね」
「え、ええ……」
結局、同じ部屋に来てしまった。
課長は少し頭をふらふらとさせながらベッドに腰を落ち着かせた。
「山中君、先にシャワー浴びる?」
「!?」
な、なんだ『先に』って!?
あれか!? まさか課長と……!!
「それとも……隣に来ちゃう?」
ポン、ポン、と課長は自分の横を指先で軽く叩いた。思わず唾を飲んでしまった。
「シャワー失礼します!」
「どうぞ♪」
俺はシャワーを浴びながら人生を振り返った。
入社二年目、上司ガチャは逆SSRの大外れだと思ったが、ココに来てこんな事になるなんて……。
まさか初めてが課長とは……………………。
「お待たせいた…………あ、寝てる」
シャワーから戻ると、課長は静かな呼吸でベッドに横たわっていた。
「……出るか」
着替えを終わらせ、そっと部屋を出た。
きっと明日になれば元に戻っているのであろう。
一夜の夢として胸にしまっておこう。
「え、と……近くのネカフェは──」
検索をかけ、そのまま最寄りのネカフェへと向かった。
──翌日。
「◯すぞ山中ぁ!! なに遅刻してんだボケ!!」
「す、すみません!!」
ネカフェで映画を観まくった俺は無事に寝坊し、元に戻っていた課長にドチャクソ怒られた。
帰りの新幹線の中がとにかく気まずい。
「課長……昨日の夜食べたやつって何て名前でしたっけ?」
「昨日……? ん? あれ? そう言えばなんか記憶が無いな……あれ?」
良かった、どうやら昨日の事は憶えていないようだ。
「課長」
「なんだ」
「今度、一緒に飲みに行きませんか?」
「やだね、私にメリットが無い」
「……」
そう言われればそれまでだ。
「……チョコ食べます?」
「……ああ」
売店で買ったチョコを一つ、課長へ手渡した。
「──ん? おま、これ洋酒入りだぞ!? 私酒は……その…………勤務中だぞおい!」
「すみません」
どうやら課長は酒に弱い事を隠したい様だ。
そりゃあ、酒にクソ弱いだなんて知られたら舐められるだろうしな。
「……山中君?」
「うわ、顔真っ赤」
課長はあっという間に変貌した。流石洋酒入りだ。
「どうして昨日、居なくなっちゃったの? 寂しかったんだよ?」
「す、すみません……」
「罰として、何処か美味しいお店に寄って行こうね?」
「すぐ調べますね!」
「ふふ、頼もしいな」
どうやら俺は最高の上司に巡り会えた様だ。
会社に戻ったらやり残したままの仕事さっさと片付けて課長の手伝いをしよう。そして週末に課長をもう一回飲みに誘ってみよう。楽しみだ。