第八章 ふたりで夜を越える
楡原駅であすかと別れた私は、駅前にある『すずらん薬局』へ向かった。 処方箋を窓口に渡し、受付の女性に「40分ほどお時間いただきます」と言われて、薬局の待合室の椅子に腰を下ろした。
一方、あすかは駅の反対側にあるスーパー『マルサンマート』に買い物に行った。 マルサンマートは庶民的なチェーン店で、時間も遅いこともあり、出来合いの惣菜を買ってくると言っていた。
双子である私たちは、見た目もほとんど同じ、好きな食べ物や嫌いな食べ物も全て一緒。 だから何も聞かれず、何も言わずに、別れて行動するのが自然だった。
薬局の椅子に一人で座ると、急に不安が押し寄せてくる。
あすかが隣にいてくれるときは、おしゃべりで心を逸らせることができるけど、一人になると、胸の奥にしまっていた恐れや焦りが顔を出してしまう。
心なしか、下腹部もまた痛み始めた。 あすかの存在が、私にとってどれほど心の支えになっているか、改めて実感する。
明日の検査。 もしも重大な病気だったら。 入院や手術になるのかな。 最悪、命にかかわるものだったらどうしよう。
考え出すと止まらなくて、どんどん暗い方向へと沈んでいく。
薬局内は、仕事帰りの患者さんたちで混み合っていた。 受付時に言われた通り、あと10分ほどで呼ばれる頃合い。
そのとき、ガラス扉が開いて制服姿のあすかがビニール袋を提げて現れた。
その姿を見ただけで、胸の奥の重みがすっと和らぐ。
あすかは隣に腰を下ろし、少し息を整えながら言った。
「あとどれくらい?」
「10分ぐらいだって」
ふたりで世間話を始めた。 学校のこと、担任の先生の話、最近読んだ漫画。 いつも通りのやりとりが、いつも以上に心を安心させてくれる。
やがて、薬剤師さんに「結城ことはさーん」と名前を呼ばれた。
「ちょっと行ってくるね」
あすかにそう言って立ち上がる。
カウンター越しに薬剤師さんが薬の袋を手にして説明を始めた。
「こちらが『メディエール錠』。痛み止めです。1日2回、朝夕の食後に服用してください。胃への負担が少ないタイプです。 そしてこちらが『ラサミンカプセル』、婦人科系のホルモンバランスを整える薬になります。こちらは1日1回、夕食後に飲んでくださいね」
丁寧な説明に頷きながら、代金を支払い、あすかのもとへ戻った。
薬局を出ると、あたりはもうすっかり薄暗くなっていた。
「夕飯、何買ったの?」
「お姉ちゃんの好きなハンバーグとシーザーサラダ。ケーキも割引だったから、買っちゃった」
ふふ、と笑いながら答えるあすか。 私の好きなもの。 つまり、それはあすかの好きなものでもある。 きっと、食欲がない私に気を遣って選んでくれたのだ。
家までの道を並んで歩く。
「帰ったら、すぐご飯にしようね。冷凍ご飯、あるし」
「うん。20時前に食べ終わらないとだもんね」
検査のための絶食。 いつもなら、あすかは先にお風呂に入るけど、今日は順番が逆だ。 申し訳ない気持ちが胸に差し込む。
坂を少し上ると、いつもの一軒家が見えてくる。
明かりのついていない家。 ただ、それだけで両親がもういないことを思い知らされる。
広すぎる家に入ると、あすかは手際よく夕食の準備を始めた。 私は言われた通りソファで休んでいようと思ったが、どうしても手伝いたくなり、洗濯物を取り込み、畳む。
「もう、座ってなよって言ったでしょ」
「いいの。じっとしてるの、かえって落ち着かないし」
洗濯物を片付けたころ、あすかの声がキッチンから響いた。
「できたよー」
ダイニングテーブルには、きれいに盛り付けられたプレートが置かれていた。 ハンバーグに、シーザーサラダ。 見た目だけで、少し食欲が戻ってくる。
ふたりで食卓を囲み、デザートに小さなケーキを分け合った。 薬もきちんと飲んだ。
明日も学校があるから、お風呂を早めに済ませることにした。
シャワーで髪を濡らしていると、あすかが何も言わずに浴室に入ってきた。
「頭、洗ってあげる」
そう言って、泡立てたシャンプーで私の髪を優しく洗ってくれた。 その指の動きは、驚くほど心地よくて、思わず目を閉じる。
「身体も洗ってあげよっか?」
「や、恥ずかしいからいい」
今度は私が、あすかの髪を洗ってあげる。
身体はそれぞれが洗い、湯船には一緒に入った。
裸になって改めて見ると、本当に体つきまでそっくり。 胸の大きさも、腰の丸みも、鏡写しのようだった。
「あたしたち、ほんと違いないよね」
「髪留めの色がないと、たぶん先生も見分けつかないと思う」
ふたりで笑い合い、ほのぼのとした気持ちで風呂を出た。
パジャマに着替え、髪を乾かしてから、ソファで少しだけ休む。
やがてベッドに入り、明日の検査のことが不安で眠れないかと思ったけど、
今日一日で溜まった疲れと、薬のせいで、私はすぐにまぶたを閉じた。