表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/31

第八章 ふたりで夜を越える

 楡原駅であすかと別れた私は、駅前にある『すずらん薬局』へ向かった。  処方箋を窓口に渡し、受付の女性に「40分ほどお時間いただきます」と言われて、薬局の待合室の椅子に腰を下ろした。

 一方、あすかは駅の反対側にあるスーパー『マルサンマート』に買い物に行った。  マルサンマートは庶民的なチェーン店で、時間も遅いこともあり、出来合いの惣菜を買ってくると言っていた。

 双子である私たちは、見た目もほとんど同じ、好きな食べ物や嫌いな食べ物も全て一緒。  だから何も聞かれず、何も言わずに、別れて行動するのが自然だった。

 薬局の椅子に一人で座ると、急に不安が押し寄せてくる。

 あすかが隣にいてくれるときは、おしゃべりで心を逸らせることができるけど、一人になると、胸の奥にしまっていた恐れや焦りが顔を出してしまう。

 心なしか、下腹部もまた痛み始めた。  あすかの存在が、私にとってどれほど心の支えになっているか、改めて実感する。

 明日の検査。  もしも重大な病気だったら。  入院や手術になるのかな。  最悪、命にかかわるものだったらどうしよう。

 考え出すと止まらなくて、どんどん暗い方向へと沈んでいく。

 薬局内は、仕事帰りの患者さんたちで混み合っていた。  受付時に言われた通り、あと10分ほどで呼ばれる頃合い。

 そのとき、ガラス扉が開いて制服姿のあすかがビニール袋を提げて現れた。

 その姿を見ただけで、胸の奥の重みがすっと和らぐ。

 あすかは隣に腰を下ろし、少し息を整えながら言った。

「あとどれくらい?」

「10分ぐらいだって」

 ふたりで世間話を始めた。  学校のこと、担任の先生の話、最近読んだ漫画。  いつも通りのやりとりが、いつも以上に心を安心させてくれる。

 やがて、薬剤師さんに「結城ことはさーん」と名前を呼ばれた。

「ちょっと行ってくるね」

 あすかにそう言って立ち上がる。

 カウンター越しに薬剤師さんが薬の袋を手にして説明を始めた。

「こちらが『メディエール錠』。痛み止めです。1日2回、朝夕の食後に服用してください。胃への負担が少ないタイプです。  そしてこちらが『ラサミンカプセル』、婦人科系のホルモンバランスを整える薬になります。こちらは1日1回、夕食後に飲んでくださいね」

 丁寧な説明に頷きながら、代金を支払い、あすかのもとへ戻った。

 薬局を出ると、あたりはもうすっかり薄暗くなっていた。

「夕飯、何買ったの?」

「お姉ちゃんの好きなハンバーグとシーザーサラダ。ケーキも割引だったから、買っちゃった」

 ふふ、と笑いながら答えるあすか。  私の好きなもの。  つまり、それはあすかの好きなものでもある。  きっと、食欲がない私に気を遣って選んでくれたのだ。

 家までの道を並んで歩く。

「帰ったら、すぐご飯にしようね。冷凍ご飯、あるし」

「うん。20時前に食べ終わらないとだもんね」

 検査のための絶食。  いつもなら、あすかは先にお風呂に入るけど、今日は順番が逆だ。  申し訳ない気持ちが胸に差し込む。

 坂を少し上ると、いつもの一軒家が見えてくる。

 明かりのついていない家。  ただ、それだけで両親がもういないことを思い知らされる。

 広すぎる家に入ると、あすかは手際よく夕食の準備を始めた。  私は言われた通りソファで休んでいようと思ったが、どうしても手伝いたくなり、洗濯物を取り込み、畳む。

「もう、座ってなよって言ったでしょ」

「いいの。じっとしてるの、かえって落ち着かないし」

 洗濯物を片付けたころ、あすかの声がキッチンから響いた。

「できたよー」

 ダイニングテーブルには、きれいに盛り付けられたプレートが置かれていた。  ハンバーグに、シーザーサラダ。  見た目だけで、少し食欲が戻ってくる。

 ふたりで食卓を囲み、デザートに小さなケーキを分け合った。  薬もきちんと飲んだ。

 明日も学校があるから、お風呂を早めに済ませることにした。

 シャワーで髪を濡らしていると、あすかが何も言わずに浴室に入ってきた。

「頭、洗ってあげる」

 そう言って、泡立てたシャンプーで私の髪を優しく洗ってくれた。  その指の動きは、驚くほど心地よくて、思わず目を閉じる。

「身体も洗ってあげよっか?」

「や、恥ずかしいからいい」

 今度は私が、あすかの髪を洗ってあげる。

 身体はそれぞれが洗い、湯船には一緒に入った。

 裸になって改めて見ると、本当に体つきまでそっくり。  胸の大きさも、腰の丸みも、鏡写しのようだった。

「あたしたち、ほんと違いないよね」

「髪留めの色がないと、たぶん先生も見分けつかないと思う」

 ふたりで笑い合い、ほのぼのとした気持ちで風呂を出た。

 パジャマに着替え、髪を乾かしてから、ソファで少しだけ休む。

 やがてベッドに入り、明日の検査のことが不安で眠れないかと思ったけど、

 今日一日で溜まった疲れと、薬のせいで、私はすぐにまぶたを閉じた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ