第六章 静かな光の奥で
カーテンの向こう、診察室の奥へと案内されると、そこは想像していたよりもずっと静かで整然としていた。
ピンク色の椅子――内診台の前に立つと、看護師さんが穏やかに説明してくれる。
「スカートと下着をこちらのカゴに入れて、この椅子におかけくださいね」
その一言で、心臓が跳ね上がった。
身体の奥底まで、羞恥心がじんじんと響いてくる。
けれど、逃げ出すわけにはいかなかった。
私は小さく頷き、震える手で制服のスカートのホックを外す。
カーテンの向こう側にいるとはいえ、誰かがすぐ近くにいるという緊張と、見えないことへの想像が、私をいっそう不安にさせた。
スカートを脱ぎ、続いて下着も。 カゴの中にそっと入れると、看護師さんがそばに寄ってきた。
「では、こちらにどうぞ」
促されるまま、ピンク色の椅子に腰を下ろす。 すると看護師さんが水色の布を私の腰のあたりにかけてくれた。
布の下で、椅子が静かに動き始める。 脚が開かれていく感覚。 台が自動で上下に動き、ゆっくりと“診察姿勢”が整えられていく。
ライトが当たる。 自分の一番隠したいところが、機械の明かりに照らされているという現実に、胸が締め付けられた。
(……こんな姿、誰にも見られたことなんてないのに)
「それでは、少し冷たい器具が入りますよ」
白石先生の落ち着いた声がして、私は思わず息を呑んだ。
冷たい感触が、そっと身体の奥に差し込まれてくる。
全く初めての感覚。 思わず指先に力が入る。
手に握っていたハンカチを、ぐしゃっと強く握りしめた。
「光の角度もう少し下げて。あと、7番のやつお願い」
白石先生の声が静かに響く。看護師さんが素早く器具を手渡していく。
私は動かないようにじっとしているしかなかった。 でも、心の中はずっと揺れていた。
身体の内側を探られる不思議な感覚と、羞恥と、恐れ。
何かを押されるたび、ひやりとした感覚や、時にひそかに疼くような反応。 けれどそれも、誰にも言えない、自分の中で抱えていくしかない思いだった。
時間がゆっくりと流れる。 本当は数分しか経っていないのかもしれない。 けれど私には、永遠のように感じられた。
やがて、椅子が元の位置に戻り、布がそっと外された。
「はい、診察は終わりました。スカートと下着をお召しください」
私は頷き、急いでカゴから下着とスカートを取り出し、身に着ける。
何とか身なりを整えてカーテンをくぐると、白石先生の表情が、少し曇っているのが見えた。
私の胸の中に、不安が重くのしかかる。
「ことはさん、今日はご家族の方、ご一緒ですか?」
私はすぐに答えた。
「妹が、外で待っています」
先生は看護師さんに目配せをした。
「では、その方も一緒にお話を聞いていただけますか」
看護師さんが診察室のドアを少し開けて呼びかける。
「結城ことはさんの妹さん、いらっしゃいますか?」
数秒後、驚いた表情のあすかが入ってきた。
「ことは……大丈夫?」
私は黙って頷いた。
看護師さんが椅子をもう一つ出してくれて、ふたり並んで腰かける。
白石先生は静かに深呼吸をしてから、私たちの方に向き直った。
そして、静かな声で話し始めた。
「先ほどの診察で、少し気になる所見がありました。いまの段階で断定はできませんが、婦人科系の中でも、少し珍しい状態が疑われます」
私とあすかは同時に顔を見合わせる。
「すぐに何か重大なことが起こるというわけではありませんが、今後のために、より詳しい検査を行う必要があります」
白石先生は、柔らかい口調を崩さなかった。 けれどその目はまっすぐで、どこまでも誠実だった。
私は、胸の奥で静かに震える何かを感じていた。