第五章 診察室の向こう側
自動ドアが静かに開き、私たちは病院の中へと足を踏み入れた。
桐華婦人科病院。外から見たときも清潔感のある建物だったけれど、中に入るとさらにその印象が強くなる。
白を基調とした内装に、木目調のアクセントが落ち着きを与え、空調のやわらかな風とともに、かすかにアロマの香りが漂っていた。空気は静かで、話し声も低く抑えられている。
受付に近づき、私は緊張しながら口を開いた。
「蒼嶺女学院の佐野先生からご連絡いただいてる、結城ことはです……」
受付の女性はにこやかに微笑んで頷いた。
「はい、お待ちしておりました。診察室は1階、3番になります。こちらの通路をまっすぐ行って、右手にありますので、前の椅子でお待ちくださいね」
私は「あ、ありがとうございます」と言って、あすかと一緒に診察室前へ向かう。
診察室前の椅子に座ると、急に周囲の音が遠くなった気がした。
病院特有の、どこか消毒液と静寂が混じった空気。 白い壁、静かな廊下、控えめに話す看護師たち。 その全てが非日常で、緊張をじわじわと高めていった。
あすかは私の隣で何も言わずに座っていた。 けれどその視線は優しく、私の手元を気遣うように見守ってくれていた。
10分ほどが過ぎたころ、診察室のドアがわずかに開き、看護師さんが顔をのぞかせた。
「結城ことはさん、どうぞ」
私は一瞬びくっとして、思わずあすかを見た。
「……行ってくるね」
小さな声で言って、バッグを預け、立ち上がった。 診察室の中に入ると、そこはまた異なる空間だった。
淡いクリーム色の壁に、整然と並ぶ医療機器。 奥にはパーテーションで区切られたスペースがあり、診察ベッドと内診台が設置されている。
机の向こうに座っていた医師が立ち上がる。
白衣に身を包んだ女性。 小柄で、やわらかな雰囲気を持ちながらも、どこか芯の強さを感じさせる目元。 髪はすっきりと後ろでまとめられていて、所作はとても丁寧だった。
「こんにちは、白石です。よろしくね」
優しい声だった。
「蒼嶺女学院の佐野先生からの紹介よね? 彼女から症状はだいたい聞いているわ。さっそく見ていきましょうか」
私は頷くしかなかった。
まずは聴診。 服の上から胸元やお腹に当てられる冷たい聴診器。
「息を吸って、吐いて……うん、ありがとう」
次に問診。 症状の出たタイミングや、痛みの種類、生理周期。 そして、性交経験の有無まで問われた。
「えっと……ないです」
答えるのは少し恥ずかしかったけれど、仕方がない。 私の身体のことをきちんと調べてもらうために、全部正直に伝えた。
「じゃあ、次は横になってくださいね。お腹を少し押さえます」
診察台に仰向けになると、白石先生の指先がそっとお腹に触れる。 その手は冷たくないけれど、押された瞬間、きゅっと息が漏れる。
「……っ、痛い、です……」
「ごめんね。でも、ここが痛むのね」
しばらく沈黙があり、白石先生は静かに言った。
「やっぱり、中を診てみないと分からないわね」
先生は看護師さんの方に向かって、静かに言った。
「内診台の準備をお願い」
その言葉に、私は心臓が跳ねるのを感じた。
(内診……っ)
白石先生はこちらに向き直り、穏やかな口調で言った。
「ちょっと中を診させてもらうわね。少し気持ち悪いかもしれないけど、我慢できると思うから、大丈夫よ」
私は小さく頷くと、看護師さんに案内されて、診察室の奥にあるカーテンの向こうへと歩いていった。