第三章 沈黙の痛み
午前中の授業は、数学、古文、そして化学と、ただでさえ眠くなる座学の連続だった。
だけど今日は、それどころじゃなかった。
座っているだけなのに、じわじわと下腹部に広がる鈍い痛み。 動いていないのに痛いって、なんだか変だ。
(……昨日、何か食べすぎた? いや、変なものは食べてない)
痛みは、生理痛のような感じとも違う。 ズキズキでもなく、キリキリでもなく……じんわりと、でも消えてくれない嫌な痛み。
授業の内容なんて、まるで頭に入らなかった。
そうこうしているうちに午前の授業が終わり、チャイムが昼休みの始まりを告げる。
私たちの“いつもの場所”、中庭のベンチへと足を向けた。
天気は晴れ。 空は高く、風は心地いい。そんな中、鈴音とあすかが先にベンチに腰かけていた。
「ことはー、こっちこっち!」
あすかが手を振り、鈴音がにこっと笑う。
私はお弁当を膝の上に置き、ふたりの間に腰を下ろした。
昨晩作っておいた、卵焼きと鮭のおにぎり、そしてほうれん草の胡麻和え。 どれも普段ならおいしく食べられるはずなのに、今日はどうしても箸が進まなかった。
ふたりは学校の噂や昨日のテレビの話なんかで盛り上がっている。 私も笑顔を浮かべて相づちを打つけど、意識はずっとお腹の痛みに引っ張られていた。
半分ほど食べたところで、箸が止まった。
「……あすか、これ食べる?」
残りの1/3を妹に差し出すと、彼女の表情が一瞬強ばった。
「体調、悪いの? まさか朝の、まだ痛いの?」
鈴音も心配そうに顔を覗き込んでくる。
「なにかあったの?」
私はごまかそうとしたけれど、あすかがすかさず言った。
「朝、階段の途中でお腹押さえてたの。痛そうにしてたから気になってた」
そこまで言われては、隠しきれなかった。
「うん……実は、まだ痛くて。なんかいつもと違う感じがするんだ」
「それ、絶対ダメじゃん!」
あすかが慌てたように弁当を掻き込むと、鈴音と一緒に私の両腕を引っ張った。
「ほら、保健室行こ!」
抵抗する間もなく、ふたりに挟まれる形で私は中庭を後にした。
保健室のドアを開けると、やわらかなアロマの香りとともに、明るい声が出迎えた。
「はい、いらっしゃい。どうしたのかな?」
若い女性の保健の先生――佐野真帆先生だった。 笑顔がやわらかく、親しみやすい雰囲気の先生で、女子生徒からの人気も高い。
私の症状を説明すると、先生はしばらく考え込んでから口を開いた。
「ひとまず、今あるのは生理痛用の薬だけど、これを飲んでみて。効かないようだったら、放課後また来てくれる? 痛みの位置的に婦人科系っぽいのがちょっと気になってね」
そう言って、生理痛の薬を手渡してくれた。
「無理しないように。気になるようなら早めに病院行くことも考えてね」
「……はい」
ふたりに支えられながら保健室を出た。
「薬で治ってくれるといいけど……」
あすかがつぶやき、鈴音も頷いた。
午後の授業が始まると同時に、私は教室の席に戻った。
薬を飲んだものの、痛みはあまり変わらない。
次の授業も、その次の授業も、どこか上の空だった。
休み時間のたびに鈴音が心配そうに声をかけてくれるけれど、「大丈夫」としか言えなかった。
倒れそうなほどではないけれど、心の奥にじくじくと広がる不安。 先生の「婦人科系かも」という言葉が、頭から離れなかった。
やがて放課後のチャイムが鳴り、ホームルームを終える。
「お大事にね! また明日!」
鈴音は部活があるらしく、急いで荷物をまとめて部室へと走っていった。
あすかと私は、今日はどちらも部活がない日だった。 私が所属しているのは茶道部。あすかはテニス部。 どちらも活動は緩く、参加も自由に近い。
教室を出て、階段へ向かうと、あすかが壁にもたれて待っていた。
「やっぱり、まだ痛いでしょ。顔見ればわかるよ」
あすかには、隠し事なんてできない。
私は黙って頷き、ふたりで保健室へ向かうことにした。