第二章 違和感の階段
蒼嶺女学院の白い校舎が、青空に映えていた。
校門をくぐって坂道を登ったその先、高等部の校舎の玄関が近づいてくる。
ついこの前まで、中等部の校舎に通っていたせいか、どこかまだ慣れない。 制服の色も、教室の雰囲気も、ほんの少し違うだけで、世界が変わってしまったような不思議な気持ちになる。
高等部1年生の教室は、3階にある。
「はぁ~、また3階までか……」
あすかが小さくぼやきながらも、私の隣で階段を上っていく。
仲良く並んで昇る階段。ふたりの足音が、カツンカツンと心地よく響く。
でも、さすがに3階まで一気に上がると、息が少し上がる。
「……ふぅ。運動オンチの私には、やっぱりキツいな……」
対して、隣のあすかはまだ余裕の表情だ。
「平気そうだね」
「ん? まぁね。これくらい平気ー」
悔しいけれど、それが私たち双子の違い。運動好きな妹と、体力に自信のない姉。 同じ見た目でも、性格も、得意なことも、こんなに違うなんて。
ふと、下腹部に小さな違和感が走った。
(……まただ)
ここ最近、階段を駆け上がったり、ちょっとした運動のあとに、下腹部に軽い痛みを感じることがある。
たいした痛みではないけど、なんとなく気になる。
誰にも気づかれないように、制服の上からそっとお腹に手を当てる。
「あれ、ことは……大丈夫?」
隣のあすかが心配そうに覗き込んできた。
「うん、大丈夫。……ちょっと運動不足かも」
そう笑ってごまかす。これ以上、あすかに心配をかけたくない。
でも、あすかは納得いかないような顔で言った。
「……なにかあるなら、ちゃんと病院行きなよ?」
「うん、ありがと。でもほんとに平気」
そう答えながら、今度は別の不安が胸に浮かぶ。
(……そういえば、最近、月のものも不順なような気がする)
でも、考えすぎかもしれない。きっと環境が変わったせいだ。 私は気を取り直して、教室の前であすかと別れる。
「じゃ、また昼休みにね」
「うん、頑張ってねー」
ふたりはクラスが違う。 双子ということで、名前も見た目も紛らわしいからか、学園側の配慮でいつも別々のクラスにされている。
教室のドアを開けると、朝のざわついた空気に包まれた。
席につくと、すぐ隣で椅子が引かれ、柔らかい声が聞こえた。
「おはよう、ことはちゃん」
その声の主は、私の数少ない親友――坂下鈴音だった。
中等部からの付き合いで、私にとってかけがえのない友人。 あすかとも仲が良くて、両親が亡くなったときは、彼女がそばにいてくれて、たくさん救われた。
同じ市内のマンションに住んでいて、家は私たちの家から徒歩5分くらい。
「おはよう、鈴音」
お互い笑顔を交わして、朝のひとときをおしゃべりで埋めていく。
最近の流行りの音楽、クラスの噂話、ちょっとした先生の失敗談。 どれも他愛ない話だけど、こういう時間が、何より好きだった。
……だけど。
痛みは、なかなか引かなかった。 いつもなら、階段を上った後にすぐ消えてくれるはずの違和感が、今日はずっと残っていた。
でも、我慢できないほどではない。 私は平気なふりをして、話を続ける。
やがて、チャイムが鳴り、先生が教室に入ってくる。
「起立、礼――」
号令の声にあわせて、私は立ち上がる。
今日もまた、一日が始まる。 どこかに、小さな不安を抱えたまま。