第1章:魂の課題、渋谷へ!
佐藤優希(18歳、高校3年生)は、自室の机に突っ伏して天井を睨んでいた。部屋はラノベの聖地だ。棚には『異世界英雄サーガ』、『ドラゴンメイド戦記』、『究極ハーレムクエスト』がぎっしり。壁には巨乳ヒロインとトゲトゲ頭の主人公のポスター。だが、今、そんなものはどうでもいい。優希の原稿、『異世界転生したら最強ハーレム無双!』は、失敗だった。少なくとも、あの男によれば「凡庸」らしい。
山下哲史。名前が頭の中でボス戦BGMみたいに響く。星雲社のあの鋭い目をした、コーヒー中毒の編集者は、優希の300ページの原稿を5秒で切り捨てた。「ゴミじゃない」とは言ったけど、「凡庸だ。魂が足りん」と。魂? なんじゃそりゃ? 編集者がカッコつけるために使う抽象的なスローガン? 優希はうめき声を上げ、ノートPCを開く。Wordの画面が、Times New Romanで優希を嘲笑ってる。
「1週間で改稿しろ」と山下は命じた。「ヒロインの感情、主人公の動機、全部掘り下げろ。テンプレの殻を破れ!」 簡単に言うなよ。優希は半年かけて完璧な異世界モノを作った。トラックで死んで転生、チート能力(無限マナコア、キマリ)、エルフ姫、猫耳娘、聖女エリカのハーレム。鉄板だ! トレンドだ! なのに……足りないらしい。
スマホがブブッと震えた。ママからのLINE。「夕飯できたよ。アニメの女の子のこと考えすぎないでね」 優希はため息をつき、PCを閉じる。「魂、か。よーし、山下さん。魂、見せてやるよ。……どうやって見つけるか、教えてくれよ!」
翌日、優希は星雲社の事務所前で、バックパックを握りしめて震えていた。都心の雑居ビルは、昼間だとさらにボロく見える。看板の文字、かすれて読めねえよ。4階の編集部はカオスだった。電話のベル、キーボードのカタカタ、誰かが叫んでる。「ダメだ! 2章でヒロイン殺すなって!」 優希はゴクリと唾を飲む。ここ、ラノベの戦場だ。
「やっほー、佐藤くん!」 明るい声が響く。林美咲(22歳、新人編集者)がデスクから手を振る。メガネが鼻からずり落ち、ポニーテールが揺れる。原稿の束を抱えてよろよろ走ってくる。「早いね! また山下さんとバトルする気満々?」
「いや、全然……」 優希は首を振る。「山下さんが『魂』って言うけど、さっぱり分かんないっす。もっと爆発増やすとか? スキルかっこよくするとか?」
美咲がクスクス笑う。「だよねー。山下さん、めっちゃ厳しいけど、佐藤くんの原稿に可能性感じてるよ。普通の新人なら『はい、じゃあね』で終わりだもん」
優希が何か言いかける前に、重い足音。ドスッ。空気が変わる。山下哲史が現れた。黒いシャツ、ネクタイゆるゆる、コーヒーマグから湯気。眼光が、まるで獲物を狙う鷹。
「佐藤優希」 低い声。「来たか。遅刻嫌いだぞ」
「は、はい!」 優希が背筋を伸ばす。バックパック、落としそう。美咲が笑いをこらえてる。
山下が椅子にドカッと座り、足を組む。「で、天才くん。改稿のアイデアは? まだあのテンプレまみれのゴミにしがみついてるか?」
「ゴミじゃないです!」 優希が叫んで、即後悔。やべ、鬼編集者に逆らった!? 「い、いや、流行ってるんですよ! 異世界ハーレム、みんな好きじゃないですか!」
山下がニヤリ。「流行り? ふん。売れるだけじゃダメだ。お前の話、段ボール人形だぞ。ヒロインの、なんだ、エリカ? 『優しくて強い聖女』。退屈だ。俺の姪っ子(5歳)の絵本の方がキャラに深みがある」
優希の顔がカーッと熱くなる。「ひどいっす! エリカ、めっちゃいいキャラですよ! ヒーロー回復して、めっちゃ愛してくれるし!」
「愛する?」 山下が身を乗り出す。目、キラーンって光ってる。「なんでだ? 何が彼女を動かしてる? 何を恐れてる? 何が彼女を『人間』にする? お前が書いたのはキャラじゃない。テンプレだ」
優希、口開けて、閉じる。……分かんない。エリカは完璧なはず。ヒーロー愛して、可愛くて、聖魔法使う。それでいいじゃん。何が足りないんだよ?
山下がコーヒーをズズッと飲む。「才能はある。文章は流れる、構成もまあ読める。だが、才能は魂なしじゃ意味がない。魂のない物語は、ただの紙だ。読者の喉元を掴んで、感じさせろ」
「でも、どうやって……?」 優希の声、ちょっと震えてる。「魂って、どんなもんなんですか?」
山下が立ち上がる。で、でかい! 「なら、探しに行け。課題その1:街に出ろ。リアルな人間の喜び、恐怖、ケンカ、全部観察しろ。心が動く瞬間を学べ。それを改稿にぶち込め」
「街!? え、どこ!?」
「渋谷だ。スクランブル交差点。あそこなら、いろんな人間がうじゃうじゃいる。明日、行ってこい。レポート持って月曜に来い。分かったな?」
「し、渋谷!? レポート!?」 優希、パニック。「でも、俺、渋谷とか行ったことないっす! 人多いし、怖いし!」
「怖い?」 山下がニヤリ。「作家なら、怖いもんにも突っ込め。魂は快適ゾーンにゃ転がってねえぞ」
美咲が慌てて割って入る。「山下さん、ちょっとスパルタすぎ! 佐藤くん、頑張れば大丈夫だよ! 私も応援するから!」
「林、余計な甘やかしは要らん」 山下が美咲をチラ見。「佐藤、締め切りは月曜10時。遅れるな」
優希はゴクリと唾を飲む。(渋谷……マジかよ。魂、ほんとにあんの?) でも、胸の奥でなんか熱いものがチロチロ燃えてる。
「分かりました! やってみます!」 優希が拳を握る。
山下がコーヒーを一口。「ふん。期待してるぞ。魂、見せてみろ」
渋谷のスクランブル交差点は、まるで別の惑星だった。人、人、人。カラフルな看板、流れるJ-POP、笑い声。優希はノートとペンを握り、ビクビクしながら歩く。山下の課題は「リアルな人間の感情を観察しろ」。簡単そうで、めっちゃムズい。
(どんな感情をエリカにぶち込めばいいんだ……?) 優希がキョロキョロしてると、カップルの会話が聞こえる。
「ねえ、ケーキ半分こしよ!」
「えー、俺、チョコのやつ全部食べたい!」
(お、恋人同士のやりとり! ヒロインに活かせそう……) 優希がペンを走らせると、背後から甲高い声。
「ねー、お兄さん、なにジロジロ見てんの? キモ!」
振り返ると、ギャル三人組。金髪、ピンク髪、豹柄の服。完全にラノベのモブキャラ! 優希の顔、真っ赤。
「ち、違います! 取材です! ラノベの!」
「ラノベ? なにそれ、ヲタクじゃん! ウケる!」 金髪ギャルがゲラゲラ笑う。ピンク髪がスマホいじりながら言う。
「でもさ、取材ってマジ? どんな話書くの?」
優希、しどろもどろ。「え、えっと、異世界に転生して、ヒロインたちと冒険する話で……」
「へー、ヒロインってどんな子?」 豹柄ギャルが興味津々。
「聖女で、優しくて、でも芯が強くて……」
ピンク髪が鼻で笑う。「ふーん、めっちゃテンプレじゃん。もっとリアルな女の子書けば?」
「リアルって……?」 優希が聞き返すと、豹柄がポツリ。
「昨日、アイツにフラれてさ。マジ泣いたわ」
「え、ウソ! あんなカッコいいのに?」 金髪が目を丸くする。
「カッコいいけど、なんか冷たくてさ。心、繋がってる感じしなかった」
(おお、リアルな感情! これだ!) 優希がメモを取ろうとすると、遠くから声。
「佐藤! 何やってんだ!」
山下だ。スーツ姿で堂々とギャルたちの前に立つ。コーヒーマグ、なんで持ってるんだ!?
「このバカは作家だ。キミたちの生の声を参考にしたいんだ。協力してやってくれ」
ギャルたちが「マジすか! じゃ、恋バナ教えてやるよ!」とノリノリ。優希はメモを取りまくる。恋愛の喜び、嫉妬、裏切り、友情。ノート、みるみる埋まる。
「佐藤、これが魂だ。お前のヒロインに、こういう血の通った感情をぶち込め!」 山下がドヤ顔。
優希、胸が熱くなる。「はい! やってみます!」
月曜日、優希は学校で衝撃を受ける。教室に転校生が現れた。名前はエリカ。優希の小説のヒロイン「聖女エリカ」に瓜二つだ。
「佐藤優希、だよね? ふふ、面白い小説書いてるみたいじゃん」
エリカのミステリアスな笑みに、優希はドキドキ。彼女の言葉が、妙に心に響く。「もっと自分を信じて書けば、すごい物語になるよ」
(こ、この子、なんで俺の小説のこと知ってる!?) 優希は混乱しつつ、エリカの存在が創作の火を点けるのを感じる。
星雲社で、優希は渋谷のレポートと改稿を提出。エリカの影響で、ヒロインの感情を少し掘り下げた。山下が原稿をパラパラめくる。
「ふむ。悪くない。少し、魂の欠片が見える。だが、まだ足りん」
「まだ!?」 優希が叫ぶ。
「次だ。キャラのビジュアルと動きを磨け。取材に連れてってやる。準備しとけ」
「取材!? どこ!?」
山下がニヤリ。「コスプレイベントだ」
優希、絶句。(コ、コスプレ!? 俺の人生、どんどんラノベ化してる!)