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序章:運命の持ち込み

佐藤優希(18歳、高校3年生)は、電車の中で心臓がバクバクしていた。

リュックの中には、半年かけて書き上げた原稿。タイトルは『異世界転生したら最強ハーレム無双!』。

A4用紙にびっしり印刷された、優希の夢の結晶だ。

(絶対、認められる! 俺のラノベ、めっちゃ面白いんだから!)

優希は自分を鼓舞する。頭の中では、主人公がチート能力で魔王をぶっ倒し、美少女ヒロインたちに囲まれるシーンがフルカラーで再生中。ラノベオタク歴10年の優希にとって、これはただの小説じゃない。世界を震撼させる第一歩だ!

でも、ちょっと、いや、めっちゃ不安。だって、今日の相手はあの星雲社だ。ラノベ業界で「新人の登竜門」と呼ばれる出版社。そして、持ち込みを担当するのは――

「山下哲史……」

優希が名前をつぶやくと、隣のサラリーマンがチラッとこっちを見る。やば、声に出てた!

山下哲史、32歳。業界で「鬼の編集者」と恐れられる男。新人作家を泣かせ、原稿をゴミ箱に叩き込み、それでもヒット作を量産してきた伝説。ネットの掲示板では「山下に認められたらデビュー確定」「いや、あの人は悪魔だ」と賛否両論。

(でも、俺の原稿なら……!)

優希はリュックを握りしめ、電車を降りる。目指すは、都内某所の雑居ビル。星雲社の編集部だ。


雑居ビルの4階。エレベーターのドアが開くと、紙の匂いとコーヒーの香りが鼻をついた。星雲社の編集部は、意外とこぢんまりしていた。壁にラノベのポスター、棚に積まれた原稿、奥で誰かが電話で叫んでる。

「締め切り、昨日ですよ! 何!? 風邪!? ペンを握れ、魂で書け!」

(うわ、めっちゃ編集者っぽい……!)

優希がキョロキョロしていると、受付の女性が微笑んだ。20代後半くらい、柔らかい雰囲気。

「佐藤優希さん、ですよね? 持ち込みの予約、ありがとうございます。担当の山下さんがすぐ来ますので、こちらでお待ちください」

「は、はい! ありがとうございます!」

優希はソファに座り、リュックから原稿を取り出す。A4用紙、300枚。表紙には、Wordで作ったダサいタイトルロゴ。ちょっと後悔してるけど、今さら変えられない。

(大丈夫、内容がバッチリだから! 異世界転生、チート、ハーレム、全部詰め込んだ最強のラノベだ!)

心の中でガッツポーズをキメる優希。だが、背中に冷や汗が流れる。だって、相手はあの山下哲史だ。もし「ゴミ」とか言われたら、立ち直れる自信ないかも……。

ドスッ。

重い足音が響く。優希が顔を上げると、そこにいたのは――

「佐藤優希、だな?」

鋭い目つきの男。黒いシャツにネクタイを緩め、片手にコーヒーのマグカップ。髪は少し乱れてるけど、妙にカッコいい。32歳とは思えない威圧感。山下哲史、間違いない。

「は、はい! よろしくお願いします!」

優希が慌てて立ち上がり、頭を下げる。心臓がマジで爆発しそう。

「ふん、座れ。原稿、よこせ」

山下がソファにドカッと座り、手を差し出す。優希は震える手で原稿を渡す。300枚の紙が、山下の手に吸い込まれる。

(頼む、気に入ってくれ……!)

山下が原稿をパラパラめくる。1ページ、2ページ、3ページ。5秒。たった5秒で顔を上げる。


「ふむ。ゴミではない」


「よ、よかった……!」

優希がホッと息をつく。ゴミじゃない! 最高の褒め言葉!

「だが、『凡庸』だ」

「えっ!?」

優希の心臓が再び跳ねる。凡庸? ゴミじゃないだけマシだけど、凡庸って何!?

「キミ、才能はあるよ。文章は悪くない。構成も、まあ、読める。けど、魂が足りん!」

「魂……?」

優希が首をかしげると、山下がマグカップをテーブルにドンと置く。編集部の空気が一瞬凍る。受付の女性が「ひっ」と小さく声を漏らす。

「読者の心を鷲掴みにする熱だ! キミのこの……なんちゃら無双、誰が読んでも『まあ、こんなもんか』で終わる。俺はそんな作品、世に出したくない」

「で、でも、これ、流行りの異世界ハーレムですよ! 転生してチートでハーレムで! 売れるはず!」

優希がムキになって反論する。だって、ネットのランキング見て研究したんだ。異世界転生は鉄板、ハーレムは正義。絶対売れる!

山下がニヤリと笑う。なんか、めっちゃ怖い。

「売れる? なら、俺を納得させてみろ。キミの物語で、俺の心を動かせ!」

優希はゴクリと唾を飲み込む。動かせって、どうやって!? 目の前の男、めっちゃ眼光鋭いんですけど!

「ど、どうすれば……」

山下が原稿を優希に突き返す。300枚の紙が、ずっしり重い。

「1週間だ。こいつを改稿して持ってこい。ヒロインの感情、主人公の動機、全部掘り下げろ。テンプレの殻を破れ!」

「1週間!? そんな、無理ですよ!」

「無理? なら、作家やめちまえ。魂のない物語に、価値はない」

山下の言葉が、優希の胸に突き刺さる。悔しい。めっちゃ悔しい。確かに、ヒロインの「聖女エリカ」は、優しくて可愛いけど、なんかテンプレっぽいかも。主人公の動機も、「最強になりたい!」だけだし……。

(でも、俺、諦めたくない! この原稿、俺の全てなんだ!)

そこに、軽い足音が近づいてきた。

「山下さん! また新人さんいじめてる!」

現れたのは、若い女性。メガネをずり上げ、ふわっとしたスカート。

林美咲(22歳)、星雲社の新人編集者だ。

「佐藤さん、よね? 初めまして! 林美咲、よろしくね。山下さん厳しいけど、認 * * *

美咲が優希に名刺を渡し、優しく微笑む。優希はホッとする。なんか、癒される……!

「林、こいつは俺が担当する。キミは他の作家の原稿チェックしとけ」

山下が美咲を一瞥。美咲が「むー」と頬を膨らませるけど、すぐに笑顔に戻る。

「佐藤さん、頑張って! 山下さん、厳しいけど、認めた人には本気で向き合うから! ね、山下さん?」

「ふん。認められるかどうかは、こいつの原稿次第だ」

山下がコーヒーを一口飲み、優希を睨む。

「佐藤優希。1週間後の月曜、10時。遅れるなよ。締め切りは作家の命だ」

優希はゴクッと唾を飲む。締め切り、怖い……!

「分かりました! やってみます!」

優希が原稿を抱え、立ち上がる。胸の奥で、なんか熱いものが湧いてくる。

(山下さんに認められれば、俺のラノベ、絶対ヒットする! やってやる!)

山下がニヤリと笑う。

「ふん。なら、期待してるぞ。キミの魂、俺に見せてみろ!」

優希はリュックに原稿をしまい、編集部を後にする。エレベーターの中で、拳を握りしめる。

(魂、か……。分かんないけど、絶対見つけてやる!)

雑居ビルの外に出ると、5月の陽射しが優希を包んだ。物語は、ここから始まる――。





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