この犬を探しています/現代(制限時間30分)
いつも交差点でじっと座っている犬がいる。
こげ茶色をした、雑種のような中型犬だ。
主人の帰りを待つように、ずっと同じ方向を見つめていた。
道行く人がおやつを差し出しても見向きもせず、ただただ大人しく座っているのだ。
そんな光景がしばらく続き、町の人たちもそれに慣れ始めたころ。
唐突に犬が姿を消した。
みんな消えてしまった犬を気にかけているようで、この通りを行きかう人々は犬がいたところをちらりと横目で見ながら通り過ぎていく。
一週間もすると、誰が始めたのか近くの電柱に「この犬を探しています」というポスターが貼られるようになった。
SNS上にもその情報は拡散され、あっという間に全国区の話題になった。
わざわざ犬の捜索に出向いて来る人までいるほどだ。
探し犬のポスターは日増しに勢力を広げ、気が付くと町中どこに行っても目に入るようになった。
それでいて、真剣に犬を探しているような人はいない。
誰もが犬がいた定位置に視線を向け、電柱のポスターに目を向け、それで通り去っていく。
そう、誰も気付かないのだ。
あの哀れな犬を私が保護したことに。
綺麗に洗ってやったら真っ白になったこの犬は、私にすっかり懐いて元いた交差点には見向きもしなくなった。
その代わり、私から片時も離れないぞという意思を表明するように私の足に頭を擦り付け、甘えたように小さく鳴くのだ。
お題「いっぬ」




