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銀色の残響  作者:
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第一章 吸血鬼④

「ねえ、百合は進学してもバンド続けるの?」


 ケーキを頬張っていると、楓が興味津々といった様子で尋ねてきた。バンドというのはラスト・シガレットのことだろう。


「うーん、どうだろう。続けたいとは思うけど、私のレベルであそこにいて良いのかなあとはずっと思ってるんだよね」


「えーそんなことないよ。最初は色々言われてたけど、今は百合の演奏がなくちゃラスト・シガレットじゃないって言われてるぐらいだし」


「それはそうなんだけど……」


 つい、苦笑いを浮かべてしまう。そう、私が助っ人から正式加入となったとき、ネットで少しの間、擁護派と反対派で激しい議論になった。今でも動画サイトのコメント欄を漁れば私の演奏技術に対する苦言は溢れている。


 確かに、失踪したメンバーの技術は今まで聞いたどの演奏よりも群を抜いていて、初心者に毛が生えた程度の私で本当に代わりが務まるのかと本気で悩んだ。


 メンバーには『そう気張らなくても、演りたいように演ればいい。自分らしくしてれば自然と見えてくれるものはある』と元気づけてもらった。


 正直、今もずっと悩んでいる。好きだからこのバンドで演奏していきたい。でも、それでも前のメンバーがいた頃のCDを聞くたびに私なんてとへこんでしまうのは認めたくはないが事実だ。


 少しは成長している、とは思う。先日新しく出したアルバムでの演奏は加入した当時のものと比べれば遙かに聞くことのできるものになっている。ただ、それでも聞けば聞くほど、前の人ならどうしていただろうと考えてしまっている自分がいる。そんなことを考えても、仕方がないのに。


「私は百合の演奏って好きだな」


 真剣な表情で言う楓に、思わずどきりとしてしまう。


「荒々しいけどどこか繊細で。目立つことは少ないけど、それでもしっかり全体を彩っているって言うのかな……。上手く言葉にはできないんだけど、そんな感じ」


 彼女は照れ隠しのようにグラスに刺さったストローで、中の液体をくるくると回す。その様子がひどく儚げで、私は小さく息を呑む。


「前の人の演奏はテクニックって面では百合より遙かに上手いとは思うよ。でも、百合みたいにその場その場で生きていることを証明しようとするような、わくわくとしたものが感じられないの」


 そこで楓は言葉を区切ると、にっこりと笑う。


「だから、私は百合が大切な友達ってことを差し引いても、百合の演奏が好きだな」


「な、何言ってんのさー」


 照れ隠しをしようにも、自然と口の端が吊り上がるのを押さえられない。


「冗談に聞こえるかもしれないけど、これは私の本当の気持ちだよ」


「うん、分かってる。楓がこういうときに嘘を吐かないって、知ってるから」


 私は今、上手く笑えているだろうか。照れくさくてにやにやしていたから、気持ちの悪い笑みになっていないだろうか。


「バンド、してるんですね」


 突然の声に驚いて顔を声の聞こえた方に向けると、水の入ったピッチャーを持って村上さんが立っていた。


「そうなんですよー。彼女、結構上手いんですよ」


 楓が胸を張りながら言う。すると、村上さんは「へー」と興味深げに目を細めた。


「ライブがあったら行ってみたいです。また教えてくださいね」


 私たち二人のコップに水を注ぎ終えると、軽く会釈して他のお客さんのところへと水のお代わりを注ぎに回る。


「びっくりしたねー」


 楓がそう言うので、私も同意するように頷く。まさか彼女から話しかけられるなんて思ってもみなかった。


「興味を持ってくれる人が増えたし、良かったね百合」


「うーん……良かったのかな?」


「良かったんじゃない?」


 どちらともなく笑い声を上げる。この瞬間を、胸に刻もうとするかのように。


「私は百合に音楽を続けて欲しいけどなあ」


 急に淡く笑ったかと思うと、ぽつりと楓が呟いた。


「え?」


「なんでもない。気にしないで」


 そう言う楓の表情には、少しだけ無理をした笑みが浮かんでいた。


「で、百合はモンブランの栗、食べないの? 食べないなら私がもらっちゃうよ?」


「ダメ! 私が好きなものを最後に食べる派って知ってるでしょ?」


 楓が無理矢理話題を変えてくれたことに感謝しつつ、私も彼女の投げ渡してくれた糸にすがりつく。お互いが気まずくならないための気遣いではなく、もっと小さなこと。でも、それは自分が思っている以上に大きな意味を持つのだろう。


 楓は期待してくれていても、私はいつの日か音楽を辞める日が来てしまうだろう。それでも、楓との関係はこれから先もずっと続いていくような気がする。


 だから、とりあえずは音楽を辞めるその日までは。楓とこうして笑っていたいと思う。音楽を辞めた後もきっと、今とは違うけれども、楽しく笑っているはずだから。


 グラスに入った氷が溶けて、からんと涼しげな音を立てた。

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