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銀色の残響  作者:
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第二章 飢え⑪

「ありがとうございました」


 私は店を出るときに深々と頭を下げる。少しの間だったが、彼女には本当にお世話になった。村上さんの淹れてくれる珈琲は、彼女の優しさが詰まっているかのように暖かく、私の心を慰めてくれた。


「気にしないで。困ったときはお互い様だよ」


 そう言って優しく微笑む彼女を見ていると、また涙がとめどなく溢れてくるような気がする。私はそれを隠すようにもう一度頭を下げる。


「またいつでもおいでよ。私で良かったら話。聞くからさ」


 それと、と付け加える。


「言い忘れてたんだけど、私の下の名前、桜って言うんだ。百合ちゃんと同じ、花の名前ってことで少し親近感がわかないかな?」


 私が顔を上げると、村上さんは笑顔でそう言ってくれた。キツメな印象の彼女がこんな無邪気な笑みを浮かべると、少しどきりとしてしまう。普段からあのように笑えば良いのにと思うが、時折見せるからこそあの笑みは光るのだろうと考え直す。


「本当にありがとうございました。それと……」


 言いかけて言葉を止める。今は言わなくて良いだろう。もし、もしもまたこの喫茶店を訪れて、また彼女に出会えたらこのことを伝えようと思う。だから、今は少しだけ。小さくて、大きな嘘を吐かせて欲しい。


「今度、ライブするんです」


「あっこの前来てたときに話してたバンドのこと?」


 覚えていたのかと思わず目を丸くしてしまう。その様子を見て、村上さんは愉快そうにけらけらと笑った。


「前一緒に来てた子がオススメしてたし、聞いてみたいんだよね。良かったらライブの日、教えてよ。予定開けとくし」


「良いんですか……?」


「ん? 私も音楽は好きだからさ。ただ、純粋に聞きたいって思っただけ。だから気にしないで」


 にへらと笑う彼女に、財布の中にしまっていたチケット一枚を手渡す。


「ラスト・シガレットってバンドでキーボードを弾くことになってます。トリのバンドの一つ前なので、時間は少し遅くなりそうなんですが……」


「あー気にしないで。遅いのはバイトで慣れてるから。で、チケット代いくら? 払うよ」


 私はその申し出に首を横に振ることで答える。


「良いんです。話を聞いてくれたお礼だと思ってください」


 まだ少し不満そうだが、彼女は渋々といったふうに受け取ってくれる。珈琲のお代と彼女の中で割り切ったのかもしれない。


「一応聞くけど、どんな感じのバンドなの? ポップス? ハードロック?」


「どんな……えっと、激し目のバンドですね……。ジャンルはよくわかんないですけど、周りからはハードコアとか、ラウドロックって呼ばれてます」


「うーん……よく分かんないや。ごめん。でも、激し目のバンド、私は好きだよ。聞いててスカっとするような気がするし」


 村上さんはいまいちピンとこなかったようで、首を捻りながら困ったように笑った。正直ジャンルはネットの情報や、ショップなどの店員が勝手に分類してくれていたので、私からすればそうなのかぐらいにしか思っていなかった。


「気にしないでください」


 私が笑うと、村上さんは「ありがとう」と落ち着いた声音で言った。


「そう言えば、劇の方は見に行けないの?」


 村上さんが小首を傾げて尋ねる。その様子が無邪気な子どものようで思わず笑ってしまいそうになる。


「劇の方は自信がないんです。だから……」


「ごめんごめん、冗談。百合ちゃんが可愛いから、からかっただけ。ごめんね」


 私は苦笑いを浮かべて、誤魔化してしまう。嘘を吐いてごめんなさい。全部が終わったら、また話に来ますから。


「それじゃあ、今日は本当にありがとうございました」


「気にしない気にしない。さっきも言ったけど、困った時はお互い様だから」


 その言葉に胸が温かくなるような気がして、私は深く頭を下げる。この気持ちが、届きますようにと願いを込めて。


「それじゃあまた、見に来てくださいね」


 そう言いながら村上さんに手を振り、店を後にする。


 彼女は私の話を信じてくれたのだろうか。ぼうっとする頭でそんなことを考える。きっと信じてくれなかったとしても、真剣に話を聞いてくれたのは紛れもない事実で。私はそのことに胸の中で感謝する。


 家に辿り着くと、我が家のルールさえもわずらわしく感じ、リビングには行かずにそのまま自室へと向かう。


 そのままベッドに倒れ込むと、急激に眠気が襲ってきた。いつものように空腹が私の邪魔をするが、先生に貰った飴玉の一つを口に含むと少しだが楽になった。もしかしたら楽になったと感じただけかもしれないのだけれど。それでも、そうなったと感じると、途端に強烈な眠気が私を襲ってくる。昨日から眠れていないので、さすがに身体はくたくたに疲れ切っている。


 私は睡魔が誘うままに、夢の中へと落ちていった。

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