第6話 思い出の技
高速移動で機動力が増しているアフロホースはピクシーを惑わすような動きで縦横無尽に駆け回っている。
いくらピクシーのひっかくでもああも走り回る相手に当てるのは至難の業だ。
それに万が一攻撃を当てられたとしても『アフロガード』という防御技で防がれてしまうかもしれない。
ならば——
「ピクシー。敵のアフロの中へに飛び込んでいけ」
「はっ?」
「なんだその意味不明な指示!?」
思いもよらぬ俺の指示に森達の目が丸くなった。
水野さんも苦笑いを浮かべながら呆れたようにこちらを見ていた。
ピクシーの飛翔は加速度を上げてみるみる距離を詰めていく。
「嘘だろ!? なんだよあの速さ!」
「こっちは高速移動積んでんだぞ!? なんで追いつけるんだよ!?」
高速移動は機動力を倍にする優れたバフ技。
なのにピクシーは追いかけっこで勝っている。
理由は単純。ピクシーの機動力は元々相手の倍以上早かっただけである。
「やべぇ! あのちっこいのなんかやべぇ!」
「アフロホース! 相手をアフロの中に入れさせるな! アフロガード!」
アフロホースの正面に壁が出現する。
ローレライのバブルマシンガンを防いだガード技か。
ピクシーのひっかくをぶつけてみるのも面白いかもしれないが、俺は別の指示を投げることにした。
「ピクシーっ! 右に旋回してバリアをかわせ!」
アフロバリアを無視するように鋭い曲線的な動きでアフロホースの背部に回り込んだ。
森が『だからなんだよその意味不明な指示は!』と口叫んでいるが無視する。
「よしっ! ピクシー、そのままアフロの中に飛び込んだら——」
思わず浮かべてしまった邪悪な笑み。
それに気づいた水野さんがビクッと身体を揺らしていた。
「——アフロを掻きむしれ。ピクシー、ひっかくを乱れ打ちだ」
シャッ! シャッ! シャッ! シャッ!
アフロの中からピクシーのひっかく真空刃が乱れ飛ぶ。
その風塵と同時にアフロホースの自慢の髪が塵毛となって乱れ飛んでいた。
「うわぁぁっ!? アフロホースの髪がどんどん無くなっていく!?」
狙い通りだ。
アフロホースのアフロは鉄壁の防御結界ともいえる。
でもそのアフロが無くなったら?
アフロホースの髪を吹き飛ばしまくるピクシー。
このままだと数分後にはアフロホースは禿散らかしているだろう。
「ちぃ! モヒカンデビル! そのちっこいバチャモンを止めろ! フォークレイピアだ!」
「…………」
林がモヒカンデビルに指示を出すが何も反応がない。
「おい! どうしたんだ!? モヒカンデビル! フォークレイピアだっつーの!」
「無駄だ林」
「何!?」
「ちょっと考えればわかるだろ? 今ピクシーの一番近くにいるのは誰だ? ひっかくを乱れ打ちしている危険因子の一番近くに居るんだぞ?」
「——あっ」
アフロは見る見るうちに搔きむしられ、アフロホースの頭皮と共に目を回しながら倒れ伏せているモヒカンデビルがその中から現れた。
ピクシーがアフロの中に入った次の瞬間にはもう戦闘不能状態になっていたのだろう。
「降参っ! 降参だ! 降参するからこれ以上アフロホースの髪を毟らないでくれぇ!」
——『winner サトル&スミカ スキルポイントが各自90ずつ入ります』
場内アナウンスと共にバーチャルフィールドは消滅する。
空間には4体のバチャモンだけが残っていた。
「やったわね! 真辺くん!」
右手を高い所に構えながら水野さんが近づいてくる。
俺はその手を合わせる為に自分の右手を高く伸ばした。
「ああ。水野さんのおかげだ」
バチィンッ!
二人のハイタッチは気持ちの良い大音を立てて木霊する。
なるほど。勝利を二人でわかり合う。今まで感じたことのない喜びだ。
これがダブルバトルの醍醐味なのかもしれない。
「お、おい! よくもアフロホースの髪を毟りやがったな!? バチャモンセンターで髪が回復しなかったらどうしてくれるんだ!? あぁ!?」
「——あっ?」
勝利の余韻を台無しにする林を思いっきりにらみつける。
あまりにも鋭い視線だったのか、この場に居た全員が一歩足を引いていた。
「髪が回復しようがしまいが俺達には関係ない。すべては負けたお前らが悪いんだろ?」
「なっ! 何だ——と!?」
「逆上して俺をぶん殴るか? 別に良いぞ。負けた腹いせに逆上したトレーナーがどんな仕打ちになっているか知らないわけじゃないよな?」
「ぐっ——!」
バチャモンバトルはいわば政府公認の遊戯だ。
当然厳格なルールも政府が決めている。
チートツールを使ったバチャモン改造やトレーナー同士の乱闘は厳罰に処される。
厳密にはバチャモンボールの回収に加え。100万円以下の罰金刑及び5年以下の懲役刑。
ルールを守らずバチャモンバトルをしたものは例え子供であろうと成人と同等に裁かれる世界なのだ。
「くそっ! 覚えてやがれ!」
お決まりの捨てセリフと共にこの場からそそくさと立ち去ろうとする森と林。
「——忘れものよ」
逃げられる前に水野さんが2枚の伝票バインダーを二人に投げ渡す。
負けた方がこの場の勘定を支払うルール。この二人が決めたことだった。
「ちっくしょう! 今月のバイト代がパァだ」
「ていうかお前ら、『チョコミント煎餅乗せコンソメトッピング 味の素を添えて』頼みやがったな!? 単品4580円!? 嘘だろ!?」
「あっ、水野さん結局パフェ頼んだんだ」
「今頼んだの。せっかく彼らのおごりなのだから一番高いものを頼まないとね」
可愛らしくウインクを投げてくる水野さん。
森は『ちっくしょぉぉ』と絶叫しながら恨めしそうに会計を行い、不機嫌そうに店から立ち去って行った。
「ざまぁないわね。まぁ、真辺くんにバチャモンバトルを挑んできた時点でこうなることは予想できたけど」
「いやいや、買い被りすぎだよ。それより貴重な体験をさせてもらった。ダブルバトルなんて初めてだったから興奮したよ。ありがとう」
お礼を言いながらもう一度、ギュっと彼女のを手を握る。
一瞬の握手の後、すぐに手を離したのだが、すぐに水野さんが俺の手を拘束してきた。
まさかの反応に俺の頬は少しだけ赤くなる。
「あ、あの?」
「真辺君。教えなさい。ピクシーはどうしてあんなに強いのよ? 今のバトルも貴方は『ひっかく』だけで勝利した。そもそもどうして初期技のひっかくがあんなに強いの?」
握られた手に力が入っていく。
圧倒的な強さに対する考究と究明が水野さんの瞳を輝かせていた。
「別に特別なことじゃないよ。戦闘後に会得したスキルポイントを俺は初期技の強化に使い続けているだけなんだ」
バトルに勝利すると、スキルポイントという強化プログラムを会得される。
先ほどのバトルでも俺と水野さんは90ポイントずつ会得されている。
スキルポイントの使い道は大きく二つ。
新技会得にポイントをつぎ込むか、既存技を強化させるか、だ。
「新技会得にポイントはつぎ込まないの?」
「うん、まぁ、友達との思い出の技だからさ。忘れさせたくなかったんだ」
「あら。私以外にも友達居たのね。女の子かしら?」
「違うよ。男。2年前くらいに引っ越しちゃったんだ。ていうか俺みたいな暗いヤツが女の子の友達なんてできるわけないよ」
「……ほぉほぉ。私は友達じゃないと? ほぉほぉほぉ。それとも男勝りな性格しているから私が女に見えないと?」
「そ、そんなこと思ってないよ! 水野さんのような超美人と友達になれたことは人生最大の幸運と思っているから!」
「……ふ、ふーん。お世辞ではなさそうね。なら許す」
勢いに任せて結構すごいことを言ってしまった気がする。
でも本心でもあった。
現に今こうして向かい合って座っているだけでも動悸が高まるくらいの美人なのだ。
美人だし、バトル強いし、優しいし、格好いいし、えっ、スペックやばない? この子。
「私、スキルポイントってついつい新技会得方面に継ぎこんじゃうのよね。新しい技を覚えるってワクワクしない?」
「うーん。分かるけどバチャモンの新技って当たり外れ多すぎない? 明らかにネタ技あるよね」
「……わかるわ。せっかくスキルポイント継ぎこんだのにネタ技引いてしまった時のガッカリ感は半端ないわよね。聞いてよ! この間開示した技なんて『舌で舐める』よ。誰が会得すんのよって感じよね!」
「ローレライの舌で舐める……えっろ」
「…………」
「ごめんなさいごめんなさい。冗談です。無言で睨まないで」
距離感を間違えた。
下ネタ系はもう少し仲良くなってからじゃないとこんな感じで引かれてしまうのか。
『初期技に拘るのもいいけどさ。たまにはアタシも新しい技覚えたいぞー』
「そっか。うん。諦めてねピクシー」
『少しくらい検討してよ!?』
残念ながら俺はピクシーの技構成を変えるつもりはない。
「『アイツ』と再びバトルすることができるようになったら……この思い出の技構成で臨みたいから——」
『えーい! ピクシーちゃんの「舌で舐める」』
急に眼前にピクシーの姿がドアップで映る。
妖艶な笑みを浮かべながらピクシーは俺の額をペロッと舐める仕草をする。
水野さんが目を見開きながら口を押えて息を飲んでいた。
「よしピクシー。今の技を覚えよう。消す技は『ひっかく』でいいかな?」
「思い出の技構成をもっと大事にしなさいよ!?」
水野さんの全力チョップが俺のド頭に命中し、俺の思い出の技構成は寸での所で維持された。
……ピクシーの『舌で舐める』中々の破壊力だったな。
思春期男子には効果抜群のようだった。