第5話 2対2
政府が全国民へバチャモンボール配布を始めてもうすぐ4年が経とうとしている。
その間にルールは多様化してきていた。
公式ルールとしてバチャモンバトルは1対1でのシングルバトルが一般的である。
だけど近年新ルールとして2対2で戦う『ダブルバトル』と3対3で戦う『トリプルバトル』というシステムが公式に確立された。
友人同士でペアを組み、1つのフィールドに4体のバチャモンを召喚して戦わせるのがダブルバトル。
相手を2体とも戦闘不能にした方が勝ち。
レートにもダブルバトルモードというものがあるのだが、如何せん友達の居ない俺はシングルバトルしかできなかった。
つまり人生初のダブルバトルが今始まろうとしているのだ。
「出てこい! モヒカンデビル!」
「暴れろ! アフロホース!」
森のバチャモンは金色のモヒカンが特徴的の悪魔タイプ。子供が描く虫歯のキャラクターみたいに三つ又のフォークを持っていて少しファンシーだ。
林のバチャモンは黒毛のモサモサアフロがチャームポイントの大きな馬タイプだ。片足で地面の砂を掻いている。スピードでかき乱してくるタイプかもしれないな。
両陣営のバチャモンが出そろった所でバトル開始の鐘が鳴り響いた。
「ローレライ! バブルマシンガン!」
昨日の俺とのバトルと同じようにローレライが水の散弾銃を森のアフロホース目掛けて発射する。
「アフロホース! 『アフロガード』」
林の指示によりアフロホースのアフロのみが巨大化し、盾のようにしてバブルマシンガンを迎え撃つ。
防御技か。あのバブルマシンガンを正面から全て受け切っている。
相当固いな、あのアフロ盾。警戒が必要そうだ。
「ひゅぅ! あっぶねぇ!」
「モヒカンデビル! 『フォークレイピア』だ!」
今度は森のバチャモン『モヒカンデビル』が三つ又フォークを槍のように構え突進してくる。
トコトコ走ってくる様子は愛くるしさが漂っているが……
……おっそ。
「ローレライ! アクアウイング!」
水野さんの指示でローレライは水色の羽を纏った。
テニスのスイングを模するようにローレライの羽が半円描きながらモヒカンデビルを襲う。
ローレライの方が技の規模が大きい。
フォークレイピアとアクアウイングの衝突はローレライに分がある。
——そう思っていたのだが……
「んな!?」
無惨にも消滅したのはローレライの水の翼の方だった。
フォークレイピアという攻撃は何の特色もない『突き』。
ただの突きがローレライの攻撃を上回り、片翼を粉砕した。
「俺のモヒカンデビルを舐めんな! フォークレイピアは鋼だって突き破る貫通力を持ってるんだ!」
アクアウイングを粉砕したモヒカンデビルはそのままローレライの胴を目掛けて突進してくる。
あの攻撃をまともに受けるのはやばいっ!
「ローレライ、かわして!」
水野さんの指示でローレライは大きくサイドステップをする。
そのままピクシーの傍にまで片翼で飛翔してきた。
「んな!?」
「なんだよ! その指示!?」
森と林が目を見開いて驚いている。
俺には何で驚いているのかわからなかった。
「んふ。真辺くんの真似させてもらったわ。私にもできて良かった。指示『かわせ』」
悪戯っぽい笑みをこちらに向けてくる水野さん。
うん。水野さんレベルのトレーナーなら普通に出来るだろうなとは思っていたのでそんない驚愕することはないのだけど、こんなに嬉しそうにしてくれると俺もつい微笑んでしまう。
「だったら、かわせない攻撃を繰り出すまでだ! アフロホース! 『高速移動』だ!」
アフロホースの4脚が青白い光に包まれる。
機動力を上げるスタンダードなわざであり、この技を覚えているバチャモンは結構多い。
素早さが飛躍的にあがり、基礎ステータスの倍近い速さをえることができる。
「アフロホースに乗れ! モヒカンデビル!」
「「……!!」」
アフロホースのアフロ部分にピョンと飛び乗り、モヒカンデビルの姿がアフロで完全に隠れてしまった。
「うわ。アフロの中臭そうだな」
「ね。私だったら絶対あの中に入りたくないわ。絶対臭いわよアレ」
表情を歪ませながら俺と水野さんの正直な感想が飛び交う。
それが林にも聞こえてしまったようで、怒りで紅潮させながらブルブル震えていた。
「臭くねえよ! バチャモンに匂いなんてねえっての! 仮にあったとしてもアフロホースの髪はフローラルな香りだっつーの!」
「「…………」」
「なんで可哀想な目で見るんだよ!?」
さて、アフロの臭い論争はともかく、敵の陣形はかなり厄介になったぞ。
モヒカンデビルがアフロホースのアフロの中に入っただけなのだが、アフロの中に居る限りデビルへはこちらの攻撃が届かないし、ホースが機動力の全てを補っている。
更に——
「……っ! 早いわね!」
高速移動によって敵の機動力は更に厄介になっている。
敵は縦横無尽に駆け巡るものだからローレライのバブルマシンガンも当てることが難しいだろう。
「アフロホース! 突進だ!」
頭を低くしたアフロホースがローレライ目掛けて突っ込んでくる。
あの速さで突っ込んでこられたらそれだけで致命傷になりかねないのだが……
水野さんは一切焦った様子は見せず、落ち着いてローレライに指示を出す。
「ローレライ! アクアバリアよ」
水野さんの指示で瞬時に水の大膜に包まれるローレライ。
バリアに包まれた状態のローレライにアフロホースが突進するが……
ガァゥゥンっ!
バリアにぶつかった瞬間、激しい轟音が空間に木霊した。
頑丈なアクアバリアはアフロホースの突進を完全に無効化していた。
アクアバリアの防御がアフロホースの攻撃に勝ったのだ。
「嘘だろ!? アフロホースの最大火力だぞ!?」
森が仰け反りながら驚いている。
俺も隣でこっそり驚いていた。
「まだだ! モヒカンデビル! フォークレイピア!」
アフロの中で待機していたモヒカンデビルが姿を現し、フォークを武器にした貫通攻撃をローレライが飛んでくる。
攻撃力で言えばアフロ馬よりモヒカン悪魔の方が上。
フォークレイピアという技の貫通力は先ほど実証済。
まずい。あの攻撃ならばローレライのアクアバリアは破られて——
「——えっ!?」
なんとローレライのアクアバリアはモヒカンデビルのフォークレイピアすらも跳ね返してしまった。
ローレライのバリア……固いなとは思っていたけどあんなに安定感あったのか。
水野さんの凄さをまた見せつけられて俺はまた笑みを溢してしまった。
「お、おい、どうすんだ!? あんなバリア聞いてねぇよ!」
「お、落ち着け森! 大丈夫、これは『ダブルバトル』だ。俺に策がある」
林はなぜか俺の方に視線を移し、目が合った瞬間気持ち悪い笑みを浮かべていた。
なんだ……?
「まなべくぅん? お前何もやってねーよなぁ? ハイレベルな戦いに付いてこれてねぇんだろ?」
林の意図を察したのか森も同じようにニチャアと緩い笑みをこちらに向けた。
「ははぁん。なるほどな。つまり……人質か」
人質?
どういうことだ?
こいつらは何を企んでいる?
「アフロホース! 狙いはあのちっこい妖精の方だ。アフロの中で拘束してじわじわボコっちまえ」
ははぁん。なるほどな。
ピクシーを捉えてローレライの目の前でボコボコにする。
心優しい水野さんはローレライを攻撃主体に切り替えてピクシーを助け出そうとしてくるはず。
その瞬間にローレライ攻略の勝機があると踏んだのか。
「面白いこと考えるじゃねぇか」
作戦というにはあまりにお粗末な考えだとは思ったが、こういう好戦的な考えは嫌いじゃない。
あの敵の陣形をどう崩していくか、その案はすでに俺の中にあり、それを試すのが楽しみで仕方がなかった。
「……あーあ」
これから起こるであろうことを予期した水野さんは沈痛の表情を浮かべていた。