第4話 陰キャ戦闘狂はバトルができればなんでもいい
「『妖精タイプ』? 炎とか水とかは有名だけどバチャモンタイプに『妖精』なんてあるの初耳だわ」
流れで入った喫茶店の一角にて俺と水野さんが対面上に座り合っていた。
まるでデートのワンシーンみたいな夢のような状況。
だけど二人の間に流れる雰囲気はそんな甘い香りは一切しなかった。
「ピクシー曰くレベルの高いフェアリータイプは知能が高いらしいから人の言葉を喋ることができるみたいなんだ。それよりもバトルしようぜ」
「私、貴方のピクシーはほのおタイプだと思っていたわ。ていうかなんなのよあの『たいあたり』。身体に炎を纏って突っ込んでくるなんてもはやたいあたりじゃないわよ」
「あれは単純に熱エネルギーが炎っぽく見えただけだよ。それよりもバトルしようぜ」
「……そんなにバトルがしたいの?」
「バトル承認ありがとう! 今日も熱いバトルを期待するよ!」
「まてまてまって。承認してないから! 貴方とバトルする気一切ないから」
「俺とバトルをしてくれたら『チョコミント煎餅乗せコンソメトッピング 味の素を添えて』をおごってあげるけど」
「この人ついに物で釣って来た!」
「Lサイズでもいいけど」
「サイズの問題じゃないっつーの!」
この人、どうしてあんなに強いのに俺とはバトルをしたがらないのだろう。
たまに自分より弱い人としか戦わない人もいるけど、水野さんもそのタイプなのかなぁ。
自分と同等以上の人と戦った方が面白いと思うんだけどな。
「キミ——そういえば名前なんだったかしら?」
って、名前すら憶えられていないのか俺。さすがに傷つくよ。
「真辺サトル」
「サトルくん。貴方私が『強い』から戦いたいって言ったわよね?」
「女子に下の名前呼ばれたの初めてでドキドキする」
「……真辺くん。質問無視しないでもらえるかしら?」
水野さんのコメカミに大きくシワが寄っている。目も座っていた。
俺が余計なことを言ったせいで呼び方も苗字呼びにされてしまった。
「水野さんは強いよ。あんなに強い人久しぶりに見た」
「……私はそうは思わなかったわ。手も足も出ずに完敗した。底の見えない力の差に震えもしたわ。だから貴方を満足させられる戦いはできないと思う」
自己評価低いなぁ、水野さん。
もっと自信を持っていいのに。
「でも貴方の強さに興味はある。ねぇ真辺くん。私にアドバイスしてくれない? どうやれば私とローレライがもっと強くなれるのか、それを教えてほしい」
「アドバイス……か。正直俺なんかが人に教えるなんておこがましい気もするのだけど、水野さんがそれを望むなら喜んで助言させてもらうよ」
「やったっ!」
胸元で小さくガッツポーズをする水野さん。
初めて年相応の女の子らしいリアクションを見られた気がする。
「ただし、条件がある」
「な、なに? ちなみに言っておくけど下心出してくるようだったら今の話は無しにしてもらうから」
下心……下心か。
正直、下心とも言えなくはない。
でも俺は俺の目的の為にも正直に言うことにしよう。
「まず、強くなったら俺とまた全力勝負をしてほしい」
「そう……ね。正直貴方と戦うのは怖いけど、教えを被る以上それくらいは応じなきゃね。分かったわ」
「それともう一つなんだけど……」
「まだ何かあるの?」
もう一つ。
もう一つのお願いの方を申し出るのは気恥ずかしい。
いや、ここで一歩踏み出さなければ俺の夢は成就しない。
俺は勇気を振り絞って震える声で言った。
「お、俺と、その、友達になってもらいたい、です」
俺、真辺サトルは友達が居ない。
だからこそ憧れていた。
友人と過ごす青春というものを。
「随分下心のあるお願いが出てきたわね」
「……っ! ご、ごめん! やっぱり二つ目のお願いは無しで――」
「——いいわよ」
「えっ?」
「お友達になりましょう?」
にっこり笑いながら水野さんは俺に右手を差し出してくる。
俺は反射的にその手を握り返した。
この瞬間、俺と水野さんの友情が始まった気がする。
とてつもない高揚感が俺の身体中を巡っていた。
「じゃあ、真辺君。連絡先を――」
「あっ、うん。勿論分かっているよ。水野さんの連絡先を教えてほしければ自分とバトルして勝ってみろってことだね。その挑戦受けて立つよ」
「んなこといっとらんわ! 結局貴方何かしら理由を付けてバトルしたいだけでしょ!? バトルとかいいからさっさと連絡先交換!」
「えっ? いいの? 俺みたいな陰キャが女の子と連絡先を交換するときはそれなりの対価が必要なんでしょ?」
「その被害妄想は何なのよ! 友達なんだから連絡先交換するくらい普通でしょ!?」
「と、友達……!」
甘美の響きがじ~んと胸に木霊する。
俺、ついに友達が出来たんだな。その実感が今さら湧いてくる。
俺は慌ててスマホを取り出して水野さんの連絡先を交換した。
「いつでもチャット送っていいからね」
「じゃあ、さっそく……」
人生初メッセージを水野さんに送ってみる。
友達っぽくスタンプでも送ってみよう。
「……なによこの『バトルしようぜ』スタンプは」
「すごく俺っぽいでしょ?」
「すごくキミっぽいわね……」
ため息交じりに苦笑する水野さん。
「アドバイスもらうのはまた今度会った時にしましょ。もうすぐ日が暮れるし、今日はお開きね」
「うん。今日は本当にありがとう水野さ――」
『——あんれぇ? あんれあんれあんれぇ? そこに居るのは真辺くぅんじゃね?』
「……!?」
不意に背後からすごく聞き覚えのある声が耳に入って来た。
恐る恐る振り返る。
そこには思った通り、茶髪の鼻ピアス男と金髪の舌ピアス男がにやついた笑みを向けてきていた。
「森君……林くん……」
「奇遇だねぇぇ、真辺くぅん。いやぁ、ここで会うなんて運命だわぁ。そう思わん? まなべくぅん」
「…………」
肩をガシッと組まれてしまい、俺は言葉を失いながら硬直する。
不意に湧き出た馴れ馴れしい二人組の登場に水野さんは怪訝そうに小首を傾げていた。
「お友達?」
「……い、いや……クラスメイト……」
森遊星くん、林信孝くん。
俺と同じクラスメイトであり、二人は目立つ存在でもあった。
ただ、その目立ち方というのが――
「真辺くぅん。おれ金ねーんよ。悪いけどこの場おごってくんね? たのむわぁ」
「おぉ~、OKだって? さっすが真辺君頼りになるわぁ。おかげで俺ら無銭飲食にならずに済むわ。ラッキー」
——悪い方の目立ち方だった。
この二人はクラスの中心人物。
『誰も逆らうことのできない』素行の悪さで目立ってしまっている二人なのだ。
「えっ? いや、あの……」
なぜか俺が彼らの食事をおごる話へと進んでいる。
つまりの所、俺らが食った分お前が払えってことである。
「お友達、って感じじゃなさそうね」
「は? なにお前? ていうか真辺くんのくせに女連れてるとか調子乗ってね?」
「この女、知ってるわ。F組の水野スミカっしょ? 俺の友達、こいつに告って振られたらしいわ。ぎゃはは」
えっ!? 水野さん同じ学校なの!? ていうか同級生!?
いや、今はそんなことよりも――
「あ、あの、お、お金払いますので、水野さんにはちょっかい出さないでもらいたい……です」
穏便に済ますには俺がさっさと会計を済ませてこの場を解散させることだ。
水野さんにも不快な思いをさせたくない。
俺は彼らの伝票ともってレジに進もうするが――
ガシッ!
水野さんとすれ違った時、右腕を強く握られた。
「待ちなさい。どうして貴方がこの人達の会計を払わないといけないの? そもそも貴方達が勝手に食べ散らかしたのでしょうに。関係ない真辺くんに払わそうとするなんて頭おかしいんじゃない?」
水野さんの言っていることは勿論正論だ。
俺も心の中では心底同意している。
でも、それでも、逆らうのが怖いという心理が俺の中で膨れ上がっていた。
「は? お前さっきから何なの? 俺らと真辺くんの問題に首突っ込んでこないでくれる? うぜぇから」
「私は彼の友達よ。あんた達こそなんなのよ?」
「俺らも真辺くんの友達どぇぇす! 友達だから喜んで俺らにおごってくれるんよ。な? ま・さ・ら・くぅん?」
「真辺君。正直にいって。こんなやつらに屈する必要なんてないわ」
水野さん。一歩も引いてない。
相手は強面系の異性。怖くないはずなんてないのに、毅然として立ち向かってくれる。
俺を——友達を助ける為に立ち向かってくれている。
皆が俺の言葉を待っている。
このまま怖さに屈して水野さんに嫌われるか、勇気を出して立ち向かって水野さんの信頼を勝ち得るか。
よく考えれば選択肢ですらないなこれ。
答えなんて一択でしかないのだから。
「お、おれは水野さんの友達だ! お前らとなんて友達になった覚えなんてない! お前らの為に使う金なんて一切ない!」
勇気を出して叫んだ言葉に水野さんはにっこり満足そうな笑みを向けてくれた。
そう——これで良かったんだ。
この後俺は森君達にボコられると思うけど、この場で選択を間違えなくて本当に良かった。
「へぇ。かっけーじゃん真辺君。顔もぼっこぼこにしたらもっとイケメンになるんじゃね?」
「ていうか調子に乗ってね? 調子に乗ってる陰キャ目障りなんだけど。二度と喋れなくすべきじゃね?」
古典的な不良だな。
衆目の下ボコれば自分達もどうなるかくらい考えてほしい。
あっ、そんな脳みそないか。仕方ない。この場は大人しくボコられて——
「——お客様、他のお客様にご迷惑ですので、店内で騒がないでください」
騒ぎを見て駆けつけてくれた店員さんが割って入ってくれた。
「はぁ? 俺らが騒がしいって? 他にも騒がしくしてるやつらいっぱいいるじゃんか」
「当店はバチャモンバトルで楽しむ分には認めております。ですが、単なる喧嘩をするのであれば、普通に営業妨害として警察をお呼びしますが?」
「……ちっ! じゃあバチャモンバトルさえしていれば騒がしくなってもいいんだな?」
「……それであれば」
バチャモンバトル!?
えっ!? マジで!? この流れってもしかして……!
「真辺くうぅん? こうなったら正々堂々バトルで決めようぜ。バトルに負けた方がこの場はおごりってことで。おぅけぇい?」
ぃよっし!!
なんだか知らないがバトルが出来る!
しかもクラスメイトとバトルだなんて……夢のようじゃないか!
「ちょっと! どうして勘定を賭けないといけないのよ!?」
「なに? 文句ある系? んじゃそっちの不戦敗ってことで、ほら伝票な」
林くんが伝票バインダーを荒っぽくこちらに放り投げてくる。
「きゃっ!」
伝票が水野さんに顔に当たりそうになる。
水野さんは両目を閉じて痛みを覚悟するが――
バチィィンン!!
俺は伝票バインダーを叩き落とし、同時にテーブルにバンッ! 大きな音を立てながら手を着いた。
その場にいた全員が身体を震わせながらこちらを見る。
俺はゆっくりと顔を上げ、眼光を尖らせながら森と林を睨みつけた。
バトル前はいつもこうだ。
不思議な高揚感が俺の中で渦巻き、心の中でスイッチが入ってしまう。
一度スイッチが入ってしまうともうバトル終了まで俺は止まることができない。
「——さっさと始めるぞ、森、林。なんなら二人同時に掛かってこい。お前らなんて瞬殺してやる」
「「「……っ!?」」」
まるで人が変わったかのような態度の変容に森達は驚いていた。
「出るんだ、ピクシー」
だが、そんなことはお構いなしに俺はバチャモンボールを真上に放り投げ、ピクシーを召喚させる。
「出てきて、ローレライ!」
隣にいた水野さんもなぜかローレライを呼び出していた。
首を傾げて水野さんを見ると、彼女は笑みを浮かべながら静かに俺の手を握ってきた。
「勝負は2対2のダブルバトルとさせてもらうわ。よろしくねパートナーさん」