EP:51
落ち着きを取り戻して、それから私は、小さく「ごめんなさい」と謝った。
「謝らなくていい」
ジャックは静かに、私の涙を指先で拭ってくれた。
「……大丈夫か?」
「……はい」
「……そうか」
ジャックはゆっくり抱きしめてくれた。
それは、私を一番に気遣う、そんな優しいハグだった。
ジャックの鼓動と体温を感じて、安心した。
「ジャック……ありがとう。もう、大丈夫です」
「……そうか」
ジャックの腕が解かれて、隣に座り直してくれる。
肩を抱かれながら私は寄り添い、静かに呟いた。
「……私は、ここにいる」
「……うん」
「それは、ちゃんと、私」
「そうだ」
「他の誰でもない、私ですよね?」
「当たり前だ」
「……ララでも、なくて……」
言葉が、うまく出てこない。
何を思って、何が言いたいのか、やっぱり分からなくて。
難しい。凄く難しくて、言語化できなかった。
不安げな私を見て、ジャックは確かな声音で言ってくれた。
「大丈夫。俺の知らないレイニーも、レイニーなら好きでいられる」
ジャックの――
その言葉に、その確かな声音に、心がスっと和らぐのを感じた。
「……本当に?」
「……心外だな?」
「……本当に?」
「また、君に憧れた理由を語ろうか?」
「……ほんとに、好き?」
「――ああ、大好きだ」
ジャックが、まっすぐに私を見て言ってくれた。
その真っ直ぐな瞳と言葉が、私の不安をすべて洗い流してくれた。
まるで奇跡のように、視界が開けていくようだった。
――ああ、そうか。
きっと、そう。
ララが、私の人生を可哀想だと言ったことが、嫌だった。
私は、自分の人生に、後悔なんてしていなかったのに。
だから、これは癇癪だった。
どうして私の事を否定するのって。
私は、怒っていたのだと思う。
でも、それに自分では気づいていなかった。
だからこそ、涙が出たのだ。
言葉にできない想いが、心から溢れていた。
私はジャックに、過去の私を受け入れて欲しかった。
好きな人が、受け入れてくれるだけで、肯定してくれるだけでよかった。
本当に、ただそれだけでよかった。
それは、きっと、普通の人にとっては当たり前のことかもしれない。
けれど私たちにとって、それは存在価値を感じられる行為であり、何より尊い贈り物だった。
私たちにとって、存在価値とは、それほどに重い意味を持っている。
自分の気持ちに気づくと、心がふっと軽くなった。
きっと、ジャックには私の癇癪の意味なんてわからないだろう。
私のおかしな言動に理解も出来ないだろう。
でも、それでも彼は、ただ静かに話を聞いてくれた。
わがままを、全部受け止めてくれた。
そんなジャックが、愛しくてたまらなかった。
あふれる幸せで胸がいっぱいになった。
「わがままを聞いてくれて、ありがとう」
「またいつでも相手するよ」
「そう? 次は負けませんよ?」
「そうだな、今度は奇跡を使ってもいい」
「まぁ!随分ね」
「勝ったのに、あまり勝った気がしないからな」
「……結構本気で戦いましたけれど?」
「……暗殺者を相手に、正面から、奇跡も使わずに、でね?」
「ふふ、それなりには戦えると思っていたのですが?」
「言ったろう。君に憧れてたって。――弱かったら、君に失礼だ」
ジャックの瞳に映る私は、少し眩しすぎる。
「……私が弱くて、幻滅しました?」
「いいや。むしろ嬉しい」
「……なぜ?」
「憧れの相手が、手合わせしてくれたんだ。勝敗に関係なく、光栄だ」
「……最初は、あまり乗り気じゃなかったように見えましたけれど?」
「突然だったし、俺のせいだと思ったから、素直な気持ちになれなかったよ。でも――」
「でも?」
「でも、内心は震えてた。レイニーと戦える現実に。
そんな夢のようなことが、起こるなんて思わなかったから」
「……そうですか?」
「あぁ。それに、「死んでも大丈夫」って言うじゃないか。
本気で殺合える機会なんでそうあるものじゃない」
私は、お父様とよく訓練した。闘技場ではなかったけれど。
確かに、普通ならそんな機会は多くありませんね。
「そうですか。なら、よかったです」
「いつでも、またお願いしたい。今度は、君のフィールドで」
「……即死ですよ?」
「ぜひ、お願いしたい」
あまりにも真剣なジャックの様子に、思わずたじろいだ。
咳払いして、それから戻ろうと伝える。
「……さて、そろそろ戻りましょう。皆に心配をかけては申し訳ありませんもの」
「……レイニー」
私が席を立とうとしたとき、ジャックが私の袖をそっと掴んだ。




