EP:47
陛下との謁見を終えて、私は思う。
やっぱり、陛下はお優しかった、と。
ジャックの交渉は、正直に言えば「賭け」だった。
陛下の悲願の可能性は、確かにその通りなのだけれど。
……陛下が何故その悲願を持っているのかと言えば、
それは「奇跡を扱える者がいる世界」であるから、に他ならない。
……逆を言えば「誰も奇跡を使えない世界」であることも、また陛下の悲願と言えるのだ。
ジャックの可能性は、陛下にとって価値があり、そして価値の無い物だった。
それに、私には絶対制約がある。
【皇帝陛下にその人生を捧げる】
陛下が私の人生を、行動を縛るなら、私はそれに抗う術を持たない。
陛下が「接触を禁ずる」と命ずるのなら、私はそれに抵抗できず、ジャックの目の前から姿を消すだろう。
そこに、ジャックが介入する余地は残されていない。
……それから、私が諦めた理由として、もう一つ。
絶対制約は、何も3つだけである必要は無い。
陛下が望まれるのなら、追加することは可能だ。
その方法も……難しいモノではない。
私はただ、機械として、その一生を過ごす事も、また可能なのだ。
だから……陛下に交渉なんて、無意味だと結論を出していた。
ジャックの必死さが、ララの必死さが、私には伝わらなかった。
結果は、何も変わらないと、そう思い込んでいた。
……。
多分、陛下の中の結論は、何も変わっていなかった。
私が、何を言おうとも「変わっていなかった」と、そう思う。
陛下の結論は、私が思う結論では無かっただけ。
陛下は、私が思っていたよりも、ずっと、ずっと、
ずっとお優しいお方だった――。
なんとなく、思っていた事がある。
口では「今度は命を取られる事になるでしょう」と言っていたけれど。
そんな事にはならないのではないか、と、心のどこかで思っていた。
陛下の事を多くは知らない。
けれど、冷徹で、完璧で、無慈悲で、そして、とても慈悲深いお方であると、知っている。
なぜなら私は、一度も「神の遣い」を手にかけたことが無いからだ。
私達は、普通とは異なる。
幼き頃からその様に「教育」されている。
だから、幾度となく、絶対制約が破られているはずである。
それでも、私は一度も、暗殺の対象者が神の遣いであったことは無い。
この意味が、分かるだろうか?
私たちの存在価値がなくなっても、陛下は、処分していない、という事だ。
存在価値の喪失は、本来なら受け入れがたいモノだ。
逃亡か、あるいは自壊か、ともかくと、その人格が破壊されうる可能性を持っている。
にもかかわらず、私は、誰の事も処分した記憶が無い。
もちろん、他の可能性も考えられる。
私の任務ではなかった、あるいは対象者が奇跡を使わなかった。
でもなんとなく、そうは思わない。
それは、多分、幼き頃から、その様な人が回りに居たから、と言えばいいのだろうか。
名前の無い者、仮面を着けている者、過去を話したがらない者。
誰もが私の近くに居て、そして誰もが自分の足で、立っていた。
それを望み、人生を歩んでいた。
それに、後悔は感じられなかった。
陛下は、壊れた私達の事も、国民として受け入れてださるのだと、そう思う。
私たちから人権を奪い、人生を奪い、すべてを掌握していても、
陛下は、決して、私達を見捨てないのだろう。
……きっと、ロクの様に。世話になった、皆の様に。
理論武装は、最初からいらなかった。
私がただ「生きたい」と言うだけで、陛下は許可を下さった。
今は、そう思う。
陛下は私に「その人生を謳歌せよ」と命じられた。
それは、私の人生を歩く許可を下さったということ。
絶対制約である【皇帝陛下にその人生を捧げる】の命として、
「その人生を謳歌せよ」と、レールを敷いて下さった。
私は、ジャックと共に、この命を生きていいのだ。
「好き」から始まり、「愛」を知り、「幸せ」を感じる。
満ち足りた人生を、自らの意志で選び取っていい。
……陛下の御心を、私は理解しきれない。
陛下が何を思い、何を選ばれたのか。
その答えに、私の思考は届かないだろう。
だから、私は、この目に映る現実だけを見たい。
私は陛下に、恩を感じている。
ララは私をこんなにしたのは皇帝陛下だと、怒っていたけれど。
私は、それでも、陛下に感謝しかない。
ジャックの切り札の詳細は分からないけれど、陛下のその悲願でもって、恩に報いたい。
ララにも、深い感謝を抱いている。
なぜ彼女がこれほどまでに私を信じ、買ってくれるのかは分からないけれど。
ララがいなければ、私はきっと、ジャックと共に逃げていたかもしれない。
私の代わりにジャックを護ってくれた、尽力してくれた。
返しきれぬほどの恩を、私は背負っている。
だから私は、私にできるすべてで、今度は彼女の力になりたい。




