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EP:06

『どんな状況でも、平常心を装え』


何度も言われた言葉を思い出す。


深呼吸して歩き出す。凛とした佇まい、何も問題ないような素振りで歩く。

額に滲む汗だけはどうにもならなかったけど。


さて、問題は食堂がどこにあるか。できれば先に医務室に行きたい。

鎮痛剤が欲しい。腕が痛い。


廊下を歩いていても誰にも出会わない。


ゆっくり歩き、各部屋を確認する。


私の部屋の隣は鍵がかかっている部屋が三つ、

その先は応接間、居間、図書館、浴室、子供部屋……


流石公爵家。部屋が沢山ある。

目的の部屋はどこにあるのか。次第に足取りも重くなる。

うろうろとさまよっていると、後ろから執事のシュラクが声をかけてくれた。

正直、助かった。


「奥様、如何されましたか?」

「シュラク!すみません、食堂を探していたのですが見当たらなくて」

「お時間にはまだ少々お早いかと存じます。お部屋で休まれてはいかがですか?」


しまった、突然の事で動揺して、回答に失敗した。


「確かに少し早いですわ。だから屋敷を見て回ろうと思いましたの。妻になるのに屋敷の事を何も知らないのはおかしいでしょう?」


笑顔で答えた。


「左様でございましたか。それでは私がご案内をさせていただいても構いませんでしょうか?」

「もちろんです。お手を煩わせてしまい申し訳ございません。助かりますわ」


ズキンズキンと痛む腕が、涙を滲ませる。

シュラクにバレない様に、ハンカチで拭い、汗を拭き、なんとか冷静を保つ。


丁寧に各部屋を案内してもらった。


「ありがとう、とても広いお屋敷なのね」

「また何かありましたらお声がけ下さい」


「あ、そういえば鎮痛剤をお願いするのを忘れてしまっていて、できればすぐに欲しいのだけれど」

「お怪我でもされましたか?それは大変な事態でございます、直ぐに専属の医者を呼びましょう」


この流れはまずい。鎮痛剤が欲しいだけなのだ。


「すみません、あまり大事にしたくないのです。いたずらに皆さんの不安を煽りたくありません。原因は分かっていますので医者は不要です」

「左様でございますか。我々への心遣い感謝致します。鎮痛剤をすぐに手配し、部屋に持っていかせましょう」


この流れもまずい。また持ってきてもらえない可能性がある。


「できれば今すぐに欲しいのです」


少しシュラクの顔が強張ったが、すぐに笑顔に戻り、「それでは今から取りに行きましょう」と、歩き出した。


医務室に向かい、戸棚から鎮痛剤を持ってきてくれた。


「奥様、鎮痛剤でございます」

「ありがとう、助かりました」


私はその場で一錠飲んだ。

シュラクはびっくりしていたが、当然の反応だと思う。

そのうち、薬が効き始めたら腕の痛みはましになるはず。

よかった、これでとりあえず一安心。


シュラクは自分のポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認した。


「そろそろ夕食の時間になります。食堂までご案内致します」

「もうそんな時間なのね」


問題発生だ。時間を確認していなかった。

今手元に髪留めは無い。

一時間で食事が終わるとは思えない。

つまり、髪色変更の効果が食事の途中で切れる


まだズキンズキンと痛む腕にうまく思考がまとまらない。

どうしよう、どうしよう。


考えているうちに、執事に案内されて食堂に着いた。

既にジャックは席について、書類片手に難しい顔をしていた。


「旦那様、奥様がいらしております」


そう声をかけられて書類から目を離した。


「レイニー、待っていました。食事にしましょう」


笑顔で受け答えする彼は、どこから見ても好青年のように思える。


「お忙しい中、時間を作って頂けて嬉しいですわ」


こちらも笑顔で返事を返す。見事な仮面夫婦だなと思う。


シュラクがジャックに何か耳打ちし、その後席の後ろに控えた。


席に着き、運ばれてくる食事に目を通す。


……違和感は無いわね。


食事に手を付けない私を見て、ジャックが声をかけてきた。


「どうかされましたか?」

「どれも美味しそうで見惚れていましたの。頂きますわ」


どうしても日頃の習慣がでてしまう。

室内の環境、見た目の確認、食器の質、毒への反応、相手が先に食べた物から頂く、ほとんど無意識だ。

日頃のおまじないもしていない。その分神経が敏感だ。


鎮痛剤が効いてきて腕の痛みが軽減されてきた。

食器を持つ手は震えない。

まだズキズキと痛むが、これくらいであれば問題ない。

神経に刺された針から、腕に針を刺された程度に緩和されてきた。


「レイニー、本日は何をして過ごしましたか?」

「荷物をまとめて、それから屋敷を見て回りましたの。シュラクに案内をして頂きましたわ」


スープを口にして、流石公爵家、シェフの腕も食材の質も違うな……なんて思った。


「そうかですか。屋敷にはもう慣れましたか?」

「はい、侍女のメノールとも挨拶ができましたわ」


「メノールはとても優秀です。何でも彼女に頼ってくださいね。もちろん、僕でも構いません」

「ふふふ、お気遣いありがとうございます」


随分と丁寧だ。皆が見ている前では素晴らしい当主を演じているらしい。


「そういえばメノールから教育係について相談したいと聞いています」

「はい、勉強不足で、今のままではお力になりかねますので」


「今のままでも十分だと思いますよ」


応答の代わりに笑顔で返す。


「わかりました、明日から手配させましょう」

「ありがとうございます」


「それと、そうですね」


彼は合図して部屋から使用人を追い出す。

それから琥珀石をテーブルに置いた。

二人の間を防衛障壁が包む。


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