EP:45.5
修正:2025/06/24 DONE
「……なら、問題ないかもしれない。
そうだな。ララも、いなくならなくていい」
ジャックは真剣な声音で言った。
「……公爵様、具体的なご説明をお願いしても?」
ララが涙を帯びた声で問いかける。
「確認だ。皇帝陛下は、レイニーを「暗殺者として“完璧な欠陥品”」に育てた。
ララがある程度自由に動けていることを踏まえれば、レイニーはそれほどまでに優秀だった、ということだな?」
「はい。お姉さまは、誰もが認める天才です。
だからこそ、あのような教育を受けさせられてしまったのです」
「その天才が“契約”の任務を遂行できなかった。
具体的に何が悪かったのかは分からないが、その処罰として、身分の剥奪がされた」
「ジシとしの新たな人生を送り、暗殺の任務をこなしてきた。
しかし、“任務の失敗”が起きてしまった。
陛下はそれを許さない。
次の処罰は命を取られるだろう、という事だな」
「はい……」
「分かった。では、その先を考えよう。
陛下はなぜ、処罰を下すのか?」
「……?」
「レイニーは陛下に対して、絶対の忠誠を誓っている。
その力を持って盾つくことは、まずあり得ない」
「他に大きな懸念もなく、かつ、レイニーに何かを求めることもない。
何故なら存在価値がないから」
「存在価値の無い者に、何かを期待する可能性はほぼ無いに等しい。
つまり、陛下が“処罰”を下す理由が見当たらない」
「お姉さまに何かを期待する可能性は十分にあります。
お姉さまは、本当に、天才なのです」
「……皇帝陛下だぞ?
過去に一度でも“失敗した者”に、再び任務を託すだろうか?
俺なら、壊れた玩具は使わない。
それが重要な任務であれば尚更だ」
ジャックは続ける。
「“代わり”がいるなら、より確実な者に託すはずだ。
レイニーにどれだけの才能があろうと、関係ない。
任務を遂行するという“信頼”が最優先される」
──それは、冷たくも正しい。
そして陛下も、同じ様に考えているはずだ。
「“神の遣い”が何人いるかは知らないが、少なくとも、レイニーの代わりは存在するだろう」
それからジャックは自分の考えを巡らせ、確信したように呟いた。
「つまり、レイニーが新しく依頼を受ける事は、無い」
「……その通りかもしれません」
「存在価値の無いレイニーは、ただ“存在しないもの”として扱われるだろう。
ジシとしての活動もできないはずだ。
幽閉されるか、力を封じられるか、あるいは、形式的に“抹消”されるか──」
ジャックはそれ以上、口に出さなかった。
「ともかく、レイニーに俺が新たな価値を与えれば、話は変わる」
ジャックは一息ついて、それから冷静に話始めた。
「レイニー、覚えているだろう。
俺には“切り札”がある、と言ったことを」
「……ええ、確かに言ってましたね」
「俺は、後天的魔力保持者が発現する条件について、ある程度の仮説を持っている」
「そ、それって……ものすごく貴重な情報では?」
ララの驚きに、ジャックは静かに頷いた。
「その情報を、交渉の材料に使えないだろうか」
「……それを提示して、陛下と取引をする、と?」
「そうだ。具体的な内容は、君達には明かさない方がいいだろう。
君達は陛下の命令に、抗えないみたいだからな」
「そうですね。ジャックであれば、問題ないはずです。
……もし何かあれば、私が必ず護ります」
私が当然のようにそう言うと、ジャックはほんの少しだけ笑った。
「切り札の研究と、その発現に必要な協力者。
俺はそれを“レイニー”に限定すると言おう。
彼女でなければ進められないし、進めない。
そう明言すれば、交渉の余地が生まれる」
「……既に私が、傍におります」
「そうだな。だがララでは意味がない。
レイニー本人でなければならない。
今、俺の傍にいる、愛くるしい、本物のレイニーでなければならない」
「例えレイニーがその命を落とすなら、俺もその道を選ぼう。
制約として奇跡で縛ってもいい。その覚悟が、俺にはある」
「……」
「“切り札”の内容は、誰にも知られていない。
発現のための条件も、研究の進展も、すべて俺だけの中にある」
「陛下は俺に大きな不信感を持つだろう。
希少価値が更に跳ね上がった。そして、そんな俺を野放しには出来ないだろう」
「陛下は必ず俺を管理下に置きたがるはずだ。
その時、監視役として、護衛役として、誰よりも適しているのはレイニーだ」
沈黙が落ちる。
「ララ、お前は元の生活に戻ればいい。
君は“任務を失敗した”わけじゃない。君の価値は、まだ失われていない」
「……」
「この構図が成立すれば、結果的に、すべてが元通りになる」
ジャックの説明は、完璧な作戦の様に思える。
それが通るのであれば、私も、ジャックも、それからララも、全員が幸せな結末に辿れる。
「公爵様の作戦は……非の打ちどころがないというか、私達には考えられない領域の話です」
「まるで、制約の盲点を突いたような、そんな気がします」
「……確かに、君達の中で呑み込むのが難しいのかもしれない。
でも、俺の願いは単純だ。
“レイニーの存在を俺にくれ”
“レイニーもララも解放してくれ”
それだけだ」
「……その言い方だけ聞くと、ジャックの我儘が際立ちますね」
「その通り。全部俺の我儘だ。
でも俺は、もう譲る気はない。
レイニーと共に在るためなら、皇帝すら脅してみせる」
そう言って、ジャックは私の体を持ち上げ、
その膝の上にそっと座らせた。
後ろから、彼の腕が私を抱きしめる。
耳もとにかかる吐息。
ジャックの声が、そこから静かに伝わる。
「生憎、俺は君達の様に作られていないんだ。
俺の我儘を通す事に、一切の迷いはない。
もう二度と、レイニーを手放さない」
その言葉と同時に、ジャックの唇が、私の首筋に触れた。
瞬間、わずかな痛みを感じる。
「レイニーは俺のだ」




