EP:45.4
静寂を破ったのは、ララだった。
「お姉さま、公爵様……私の考えを聞いてください」
一息ついたララは、凛とした声で語り始めた。
「お姉さまは、暗殺者として“完璧な欠陥品”に作られました。
それを前提とすれば、任務を遂行できなかった時点で、すでに“壊れている”と判断されるはずです」
その声音には、冷徹な理性と、静かな悲しみが滲んでいた。
「壊れた存在に、陛下は価値を見出されないでしょう。
たとえ他の技能があろうと、暗殺こそが“お姉さまの存在価値”だからです」
ララは、視線をジャックへと向ける。
「ですが──お姉さまには、公爵様がいらっしゃいます。
そして公爵様は、私たちのように“作られた者”ではありません」
「お姉さまは、契約の通り妻になろうと努力されたと思いますが、根本は違います。
公爵様がその力を持ってして、この帝国に仇成す事がないか。
それが何よりも最優先で懸念されるべき事項です。
つまり"公爵様の監視"が、この契約の本質です」
言葉を一度切り、ララは静かに続けた。
「公爵様を抹消することは、容易ではありません。
その血筋、地位、希少性、そして──陛下の“悲願”に関わる可能性。
殺すには、あまりに惜しい存在です。
だからこそ、監視が必要なのです」
「そして──お姉さまと公爵様は、お互いに強く惹かれ合っている。
壊れてしまったお姉さまに、存在価値はない。
けれど、もし陛下がその関係性に“新たな価値”を見出されるのであれば……
お二人の契約に、落としどころが見つかるかもしれません」
再び深く息を吐き、ララは覚悟を込めて言った。
「……ただし、それには私が“いなくなること”が条件です」
「ララ……」
「他に、方法が見つからなかったのです。
たくさん、たくさん考えました。でもやっぱり、私の存在が──邪魔になる」
「待って」
「お姉さまには、返しきれないほどの恩があります。
だから今、私なりのやり方で、その恩を返したいのです」
震える声。涙をこらえる眼差し。
けれど、その意志は確かだった。
「ララ、そんなこと、私は望んでいません」
私はそっとララの肩に手を添えた。
「でも、他に道が無いのです。……私は、お姉さまを失いたくないんです!」
その必死な瞳に、心が揺れた。
なぜそこまで、私のことを思ってくれるのか。
理由なんて、わからなかった。
でも、胸が熱くなった。
「ありがとう」
そう言って、私はララを抱きしめた。
ララは、まるであの任務の日のように、声を上げて泣いた。
あのときは、ただ困るばかりだったけれど、今は、この涙が嬉しかった。
暖かくて、愛おしくて、幸せだった。
──ほんとうに、ありがとう。
そんな私たちの傍らで、ジャックが静かに口を開いた。
「……ララの言っていた“陛下の悲願の可能性”って、何のことだ?」
ララは涙を拭きながら答える。
「“全人類が奇跡を扱える世界”──
それが陛下の夢。笑われる理想ですが、陛下は本気で目指しておられます」
「先天的な魔力保持者についての研究は、すでに終息段階にあります。
その力は世代を経るごとに弱まり、いずれ人々は、魔力を持たぬ存在になるでしょう」
「けれど、後天的な魔力保持者は違います。未知数であり、だからこそ、可能性がある。
そして公爵様には、その“可能性”が、確かに宿っています」
その言葉に、ジャックがふと目を伏せた。
「……ならなぜ、俺は監禁されていない?」
「正直なところ、理由は分かりません。
いくつかの懸念はありますが、どれも取るに足らないもの。
戦死と処理すれば、ほとんどの問題は解決しますし……」
「公爵様は後天的魔力保持者ですから、生活の中でその可能性を見出そうとしているのかもしれません」
「……つまり、生活を続ける中で何かを期待されてるってことか」
「あくまで可能性の話です。お姉さまの言う通り、分かりません」
ジャックは少し笑って言った。
「……少なくとも、俺が“相当な価値を持っている”ということだけは、間違いなさそうだな」
「そうでなければ、お姉さまがこんな契約に縛られるはずがありません」
少し煽るような言い方に、ララがこの契約を怒っていた事にびっくりした。




