EP:45.3
「お姉さま。私は“お姉さまを失いたくない”と言いました。
どうか、勝手に運命を受け入れないでください」
ララの声音は、静かでありながら、確かな意志を帯びていた。
私の言葉に納得していない──そのことは、痛いほど伝わってくる。
「俺も同じだ。レイニーが運命を受け入れるというのなら、俺も共に進む」
「それは……許されません。ジャック、考えを改めてください」
それは、私からの拒絶。
私の運命を共にすることは許さない。
ジャックにはジャックの人生を生きてほしい。
それが私の願いだから。
「無理だな。レイニーこそ、考えを変えろ」
あっけらかんと答えるジャックに、理解が追い付かない。
「ジャック、お願いだから、言うことを聞いて」
「無理だ。俺はレイニーと共に、その道を進む。……もう、迷わない」
その声には、揺るがぬ覚悟があった。
何を言っても、ジャックの決意は変わらない、そんな風に見えた。
「ジャック!いい加減にしてください。貴方までその道を進む必要はありません!」
声を荒げる。他に、方法が無くて。
お願いだから、そんな選択をしないでほしい。
「……レイニーは、俺のことを何もわかっていないな。もう少し、勉強するべきだ」
「ジャック!真剣に言ってるんです!」
「……俺は、いつだって本気だ」
どうすればいいのか。
この変わらぬジャックを、どうすれば止められるのか。
自分自身を俯瞰する。
そして、冷徹な手段に訴える。
ナイフを手に、ジャックの背後に回り込む。
ジャックの目を手で覆い、首筋に刃を当てた。
私の行動に、世界がざわつく。
ララの命令なのだろう。「ジャックを護れ」に、植物が反応している。
植物がざわめき、風が警告のように揺れる。
私は光の宿らない目で、静かに、低く、ジャックに囁く。
「ジャック……そんなに死にたいなら、今、私が殺して差し上げます」
刃に力を込める。
首筋にかすかな傷を刻むと、血が溢れ、滴り落ちる。
窓を風が、何度も叩いた。
「……いいよ」
ジャックの声は、とても静かだった。
その答えに、私はさらに深く刃を押し当てる。
血がどくどくと流れる。
このままでは出血多量で命を落とす。あと数ミリ深く刃を進めれば、それで終わる。
「……本当に死ぬよ?」
その瞬間、世界が私を拒絶し始めた。
誰にも何もされていないのに、空気が痛い。
空間が歪み、吐き気のような違和感が押し寄せる。
ララは、命令していないのだろう。
本当に、脅威だ。
ジャックは少し言いにくそうに、それから柔らかく言う。
「……いい、よ」
その声には、怒りも恐れもなく、ただ優しさがあった。
理解できない。
なのに、それが真実であると、直感が告げていた。
──本気で、私に殺されてもいいと思っている。
完敗だった。
私は、手を離す。
俯瞰の視点から戻ってくると、思わずため息が漏れた。
空気はまだ痛い。
指先で魔法陣を描き、回復の奇跡を発動させる。
ナイフの傷が、ゆっくりと癒えていく。
ジャックは咳払いして、それから少し嘲笑したように言う。
「……殺さないのか?」
「……手荒にして、ごめんなさい。……痛かったでしょう?」
「そうだね。……だから責任を取ってもらうよ」
「……ほんとうに、馬鹿ですね」
一時的な回復が完了する。
痛みに歪んでいた視界も晴れ、空気のざらつきも消えていく。
ジャックは自らの首に触れ、傷跡を確認してから、深く息をついた。
「レイニーの言葉に従った結果、ものすごく後悔した。
……それから、自分の意思で行動することに決めたんだ」
ジャックは私を見て、微笑んだ。
──もう、何を言っても無駄なのだと、悟る。
「……わかりました。では、別の方法を考えましょう」
まったく理解できなくて、ただその我儘を、受け止めるしかできない。
正直言って呆れた。
何がそこまでジャックを頑なにさせるのか。
そして問題はどうするか。
振り出しに戻った思いで、深いため息をついた。
重い沈黙のなか、ジャックが静かに問う。
「俺が諦めないことを前提にして、……逃げるという選択肢はあるか?」
「……難しいでしょう。ただ、ジャックが奇跡を扱えるのなら、あるいは」
「残念ながら、俺にはレイニー以外に師がいない」
「……そうですか。それなら……ほぼ不可能ですね」
「そうか。では、無理だな。他の道を探そう」
何かが吹っ切れたようなジャックの声に、私は思わず笑ってしまった。
「私たちは……陛下に仇なすことはできません。考えることすら、制限されるのです」
「君たちは、本当に……生きにくそうだな」
「それが当たり前なので、そう感じませんが、ジャックから見たら少し異常かもしれませんね……」
「陛下に許してもらう道はないのか?」
「……難しいと思います。私はもう、“暗殺者”として機能しませんから」
「でも、レイニーには他にも得意なことがある。魔道具の作成とか……」
「確かに。利用価値は、あると思います」
「暗殺をせずとも、任務はこなせるんじゃないか?」
「はい。暗殺以外であれば、問題なく遂行できます」
「なら、それで手打ちに……ならないか?」
「難しい、でしょう。そもそも、私の目的はジャックと共に生きる事です。
例えこの命が助かったとしても、ジャックと共にいられないのであれば、
私が今この場にいる意味がないのです」
「……たとえ、君がジシでも、俺は構わない」
「私も、ジャックと共に在れるのであれば、身分は問いません。
ただ、ジシもまた、世界に存在しない者。陛下が許可を出されるとは思えません」
「そうか……」
沈黙が流れる。
選択肢など、やはりない。
初めから、決まっている。
彼女達は、陛下に害成す思考は出来ない。
厳密には、思考した瞬間に制限される。
よって、陛下を殺す、脅すなどの選択肢を持つこと、考える事すら許されない




