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EP:45.2


ジャックとレイニーだけの、二人きりの甘やかな世界。


そこへ、一人の侵入者が現れる。


部屋の外に、誰かの気配。

レイニーも、ジャックも、それを察知していた。


互いに見つめ合えば、すでにその存在を共有していることがわかる。


しかし、その者は部屋へは入ってこない。

扉の向こうに立ち、沈黙していた。


きっと、私たちの時間を配慮してくれたのだろう。


今も、その優しさを感じる。


静かに声をかけ、大丈夫だと伝える。


「……ララ」


呼びかけに応えるように、そっとドアが開かれる。


入ってきたのは"レイニー"の姿をしたララだった。



私の換りの人物が誰なのか。


それはすぐにわかった。


写真などの記録媒体を懸念すると、容姿がある程度似ている事は必須


背丈や体型も、様々な可能性を考えると、許容範囲は限られる。


更に、ジャックの事を護れる女性。


護る事に特化している神の遣いでなければならない。


同年代、もしくは近しい年齢であればあるほど良い。


私の換り、という事は、私でなければならない。


最低条件として、そもそもが難しい。


私の知る限り、そんな人物はララくらいしかいない。


もちろん、陛下には他の選択肢もあっただろう。


ただ、私が「ララ」と確信したのには訳がある。


見た目や雰囲気、全てが"レイニー"であったが、ララ本人の持つ癖をとたんに隠す事は難しい。


一番如実に現れるのは、ララの歩き方。


ララは少し特殊な歩き方をする。


奇跡の恩恵なのか、自覚してやっているのか。


ともかくと、ララの歩き方はもの凄く静かだ。


それは技術によるものではない。


つまり、ものすごく不自然だ。


ララが屋敷に現れた時も、足音ひとつで、私は気づいた。



「お姉さま」


ララは、私に向けてそう囁く。


一方のジャックは、まだ警戒心を緩めていなかった。


握る私の手に、無意識の力が込められている。


威嚇する猫のようで、愛しさが込み上げる。


二人とも、1年近く夫婦だったんだよね?


思わず言いたくなるほどに、二人の距離は程遠い。



ララが近づけば、ジャックはさっと私を背中に庇う。


その動作に、私は深く、確かな愛を感じた。


ジャックの警戒心と呼応(こおう)するように、植物がざわめく。




ララは、自然に愛されている。


その様は、私の目から見ても“異常”に思えるほどだ。


本人に自覚はないが、ララが願うだけで、世界は応える。


ララが奇跡を使わずとも、願うだけで行使されうる。


その力に気づいているのは、彼女の師である、私だけかもしれない。


だが私は、あえて彼女に伝えていない。


皇帝陛下すら、その可能性をご存じないはずだ。


だからこそ、ララの力は“知らぬまま”であるべきだと思っている。




「ジャック、ララは味方です」


私はジャックの背にそっと手を置き、落ち着かせるように声をかける。


それでも、ジャックの警戒心は容易に解けない。


私を護る忠実な番犬のようで、頼もしくて、切実で。


その姿に、小さな笑みがこぼれた。


「……お姉さま、ご無事で何よりです」


ララは膝をつき、私に礼を示した。


それを見て、ジャックがやっと、警戒を解いてくれた。


隣に座りなおして、今だ、私の手を握る力は込められているけれど。



「ララも、元気でしたか?」


「はい、公爵様と共に、無事に過ごしておりました」


「姿を、見せていただけますか」


ララは静かに幾つかの指輪を外し、レイニーの姿から、ありのままの彼女へと変化した。


ピンク色のショートヘアに、自然なウェーブ。


花の香りを纏い、あどけない目と小さな口──


まるで可憐な少女のようで、愛らしい姿になる。



「お姉さま、この後はどうなさるおつもりですか?」


ララの問いかけに、私は少し目を伏せる。


その声は、見た目に反して落ち着きがあり、少し低めだ。


ララの声を聴いて、風が鳴く。


嬉しいのだろうか。


きっと自然に奇跡の干渉はないはずだけれど、ララがララであることが、嬉しいのかもしれない。



「……何も考えていません。ただ、ジャックに会いに来たのです」


私がジャックに目を向ければ、彼もまた、私を見つめ返していた。


そのまなざしの温かさに、心が揺れる。


――ああ、やっぱり、好きだな。そう、実感する。



「それは……つまり……?」


ララが戸惑いながら尋ねてくる。


「はい。ジャックがすき、です」


私の言葉に、ララはきょとんとした顔をした。


それから難しい顔をして聞いてくる。



「……お姉さま、それはつまり……“好き”、なのですね?」


「はい、すき、です」


言葉にするのが、こんなにも照れくさいなんて。


隣にいるジャックを、思わず見られなくなる。



「ジャックがすきで……ジャックと共に生きたいと、そう思ったのです」


私がここに来た理由を、確かめる様に。



「……お姉さまに、何があったのですか?」


ララの声に、少し戸惑いながら、私は息を吸った。



「難しいですね……ただ、ジャックと共に生きたいと思ったのです」


「だから、公爵様に会いに?」


「はい」


私のこれは、本当に衝動的で。


何の目的を持つわけでもなく、ただ本当に、自分の意思に沿って、ここに来た。


先のことなど、まだ何ひとつ決めていない。


ララはそれから少し考えて、それから深刻に話始めた。



「お姉さま、この後のことを考えましょう。私は……お姉さまを失いたくありません」


「そうだな。俺も、二度とレイニーを失いたくない」


「……ありがとう」


二人覚悟の籠った声に、胸が苦しくなった。


でもたぶん、私の未来は決まっている。


どれだけ願っても、抗っても──意味はないのかもしれない。


======================


「……おそらく、陛下は私の行動を許さないでしょう」


「何をされたのですか?」


「任務を……対象を一人逃しました」


「それは……意図的に、ですか?」


「ええ。私の意志で、殺しませんでした」


「人殺しが、任務だったのか?」


「はい、私は暗殺者ですから」


「お姉さま、それは、殺したくなかった、という事ですね?」


「そうです。対象がジャックにとても似ていて、殺せませんでした」


「……ということは、任務の失敗、ですね」


「その通りです。そして陛下は、その事実を決して許さないでしょう」


空気が凍りつくような、沈黙が流れる。


「……それほど、大きな問題なのか?」


「そうですね、私達に、任務の失敗は許されていません」


「許されていなくとも、任務の失敗なんて誰にでも起こる事だろう?」


「……文字通り、許されていないのです」


「失敗すれば……どうなるんだ」


「存在価値がなくなります」


「……つまり?」


「……詳細は知りません。殺されるか、存在を抹消されるか、もしくは他にもっと何かあるかもしれません」


ジャックは絶句していた。


「公爵様、私達は特殊なのです。そしてそれが当たり前なのです」


「私は新しい名前を頂き、今はジシとして活動しています」


「……」


「私は既に存在の抹消がされています。そのうえで任務の失敗をした。恐らく、今度は命を取られる事になるでしょう」


それは不確かな事実。


されど、それ以外の可能性は考えられない。


「……回避する方法はないのか?」


「そうですね……逃げる、くらいでしょうか?」


「お姉さま、現実的ではありません」


「そうですね……追跡に特化した者から逃げきるのは、難しいでしょう」


「お姉さま一人なら、問題は無いと思いますが……お姉さまは公爵様と共に生きたいのではありませんか?」


「俺も行く。どこへでも」


真っ直ぐな想いに、心が揺れ動く。


そうだ、ジャックはジャックの人生がある。


私の想いだけで、ジャックを振り回すのは、嫌だ。


「……いいえ。逃げるのはやめましょう。私は、この運命を、受け入れます」


空気が、張りつめる。


「……それは、俺が“弱い”ってことか?」


「いいえ、ジャックは強いです。ただ、ジャックの人生を……縛りたくないのです」


「俺は、レイニーの為に生きてきた。誰にも縛られてなんかいない。俺自身の選択だ」


「それでも、私は、あなたを巻き込みたくない」


「レイニーが俺の生きる意味なんだ、レイニーと同じように、俺もレイニーと共に生きたい」


「それは……嬉しいです。でも、それでも、私は、ジャックにその責を負わせるわけにはいきません」


「っ…!何度言えば分かるんだ、レイニーがいなければ、俺は生きる意味もないんだ!」


声を荒げる。そんな姿を見たのは初めてだ。


私が脅した時でさえ、そこまで取り乱していなかったのに。


その愛に、なんだか笑えた。


「……真剣に、話してるんだけど」


「……ごめんなさい。ありがとう。でも、私はもう、決めたのです」


「なんでっ……!」



「だからジャック、この時を、今だけ、私に貴方の時間を下さい」


未来が閉ざされているのなら、せめて今だけでも。


私達の時間が有限なら、それなら今この時間を、楽しみたい。


ここに来たのも、この先の未来も、全て自分で選んだ。


私はそれに、後悔は無い。



「生きたい」と思ったから「殺さなかった」のに、


「ジャックの人生を奪えない」と思って「運命を受け入れる」


……なんだか、好きって難しいなと思って、これが好きってことなのかなと思った。



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