EP:45.1
皇帝陛下との謁見前、ジャックとレイニー(ジシ)の、
季節に似つかわしくない、異様に冷え込んだ夜のお話。
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見つめ合って、ふっと笑い合う。
私の顔に触れる手がとても優しくて、くすぐったい。
こんな時間が、私のすべてを満たしてくれる。
ジャックには、伝わっているだろうか。
好きを自覚したからか、ジャックに更に惹かれるようになった。
さらさらの黒髪も、整った顔立ちも、広い背中も、鍛え上げられた腕と胸板も。
私を、ガラスの様に大切に扱うその手も、私を抱きしめる、その力加減も。
名前を呼ぶ声、身にまとう匂い、私を見るたびに緩むその目が。
……全部が、たまらなく、愛おしい。
「……レイニー」
ジャックが囁くように、私の名前を呼んで、キスをする。
甘く、痺れる、そのキスが、私を堕とす。
思考できなくても、もう混乱しない。
何も考えなくていい。満たされるこの感覚に、身を委ねる。
ジャックが私を求めてくれるように、私もまた、ジャックを求める。
「……ん……はぁ……」
吐息が、熱を孕んでこぼれた。
ただ満たされるだけのキスは、蜂蜜の様に甘く、離れてもまだ感触を残した。
「……レイニー、俺以外とキスしたの?」
「……えっ?」
唐突な問いに、思わず息を呑んだ。
過去には、それなりの経験もある。
でも、本当に好きな人とキスをしたのは――ジャックが初めてだ。
だけど、そのことをどう言えばいいのか分からず、言葉に詰まってしまう。
「……へぇ?」
ジャックの声音が、少し拗ねたように低くなった。
「っ……んっ……」
ジャックは返事を待たずに、唇を奪ってくる。
さっきとは打って変わった、貪るようなキス――
荒々しく、激しく、呼吸すら許さず、逃がしてくれない。
「……ん……ジャック、ん……っ」
逃げる吐息が響く。
ジャックの腕が私の腰を掴み、逃れようとする私を追ってくる。
私はもう受け入れるしかなくて。
ジャックが満足するまで、離してくれなかった。
「……っ、ん……ジャック……」
「誰と、したの?」
私の手にキスをして、髪に、首筋に、鎖骨に、唇を這わせ、火を灯すように触れていく。
その色香に、その目に、捕らわれたように、縛られる。
「……聞いてる?」
焦れたような声音とともに、ジャックの手が私の胸元に伸びる。
指先が柔らかな曲線に沈んで――
ぞくり、と背中が震えた。
「し、してない……!誰とも、してないよ!」
慌ててその手を掴む。
なのにジャックは、じっとこちらを見つめたまま、問いをやめない。
「……じゃあ、なんでキスが、そんなに上手くなってるの?」
少し拗ねた声。
腰を掴む手に力がこもり、愛しさと嫉妬がないまぜになっている。
思わず、ふっと笑ってしまった。
「……何も変わらないよ?」
悪気はなかったけれど、馬鹿にしたように聞こえたのかもしれない。
ジャックはむっとした顔をして、私の手を振りほどくと、お姫様抱っこのまま、ソファに押し倒した。
そのまま、私の上に覆いかぶさり、指先で私の肌を撫でるように這わせてくる。
「ちょっ……ほんとに、ジャックだけだってば」
その手を制そうとすれば、ジャックは逆に私の手を掴み、動けなくした。
……でも、逃れようと思えば逃れられる。
それを分かっていて、ジャックはやっている。
私が、抵抗しないと、そう思ってるのかな?
私が強いのは、もう知ってるよね?
その可愛さに、また笑いが零れてしまった。
「……ずいぶん余裕だね。どこでそんなに経験を積んだの?」
それに、またジャックは不服そうに呟いた。
服の下に指を滑り込ませてくる。
素肌に触れるその感触に、敏感に体が反応する。
「っ……もう、ほんとにジャックだけだってば!」
怒り半分、羞恥半分で返せば、ジャックはあざとく、甘えるような声で問い返す。
「……ほんとに?」
「ほんと!」
ようやく納得したかと思ったのに、ジャックの手は止まらない。
服の裾をたくし上げ、私の胸がほとんど露わになって――
「じゃあ……なんでそんなに余裕なの? キスも、前よりずっと……上手くなってる」
お腹を舌でなぞられ、柔らかな肉を唇で愛おしむように吸われる。
熱が、じわじわと肌に沁み込んでくる。
「……あっ……」
声が漏れる。
心も、体も、ジャックの愛撫に呑み込まれていく。
「わからないよ……」
ジャックはまだ納得していなくて、お腹から、胸に、キスされて――
ジャックの行動に、心音がうるさく鳴って、体温が上がる。
私のドキドキが、ジャックに知られていないだろうか
こんな姿を見られて、恥ずかしくて
なによりジャックに触れられてることが、嬉しくて
気持ちがいっぱいいっぱいになって、思考できなくなる。
「ち、違うのは……ジャックを好きって、自覚したくらいだよっ……!」
焦るように告げると、ジャックの行動がぴたりと止まった。
私を見る目が、驚いたように真ん丸になっていた。
……そういえば、ちゃんと伝えていなかった。
手首を掴んでいた手が緩んだ。
私はそっとその手をほどいて、ジャックの頬に両手を添え、まっすぐにその瞳を見つめた。
「私、ジャックがすき」
そう囁いて、唇を寄せる。
二度目のキスは、最初よりもずっと大人のキスをする。
ジャックは私の上にいるのに、すごく受け身で、私より先に唇を離した。
二人の間に銀に光る線が、名残惜しそうに糸を引いた。
ジャックは、かぁっと頬を染め、口元を手で隠して、目線を逸らした。
その仕草が可愛くて、また笑ってしまった。
「ジャック、顔が赤いよ?」
あの日よりずっと熱を帯びたその顔が、たまらなく愛しい。
「おいで」
囁く私の声に、ジャックが反応して、キスをする。
何度目のキスで、想いを確かめ合った、初めてのキス。
それはとても優しくて、そして満たされるキスだった。
ただ、お互いの熱を感じ、存在を確かめ合う。
触れた唇の温もりが、愛を囁くようだった。
やがて、ゆっくりと唇が離れ、私たちは抱きしめ合う。
「俺も……レイニーのことが、大好きだ」
……そういえば、私もジャックからきちんと言葉で言われた事は無かった。
ただ行動で、その愛をずっと感じていた。
それに気づけたことが嬉しくて、幸せを感じて、また笑みが零れた。
幸せだと、人は自然に笑うのかもしれない。
その幸せの形を教えてくれたのは、やっぱりジャックで。
私はジャックから貰ってばかりだなって、そんなことを思った。




