表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

53/66

EP:【???視点】

2025/06/24

お姉さまは、天才だった。


お姉さまは素直で、いわばとても「良い子」だった。


そして、お姉さまは「欠陥品」になった。


その様に、育てられてしまった。




お姉さまは悪くない。


もともとは、そんなことなかったのに。


なのに。




お姉さまは要領が悪かった。


もっと言えば、驚くほど純粋で、無垢だった。


お姉さまを構成するすべてが「大人たちの都合」だった。


だから、お姉さまは「欠陥品」として作られてしまった。


その方が「都合がよかった」から。


そうして、お姉さまは「完成」してしまった。




私は、お姉さまのような天才ではなかった。


なにかに特化した才能もなければ、奇跡を自在に扱う力も持たなかった。


お姉さまは分かっていなかったけれど、普通、適性のない奇跡は発動できない。


苦手、ではない。「できない」のだ。


構築式を知っていても、魔力がそれを拒み、描くことすらできない。


それでも、お姉さまは、すべての奇跡を発動できた。


たとえ時間がかかろうと、()()()()()ということ自体が、規格外だった。


それはほぼ奇跡に近しかった。




私は、そんな才には恵まれなかった。


できることといえば、動植物との相性が良い程度。


たとえば、森と一体化し気配を消すこと。


たとえば、動物に簡単な命令を下すこと。


けれど、それすら莫大な魔力を消費し、一日に何度もは使えない。


それでも一般的には「充分に使える」部類だ。


だが、お姉さまと比べてしまえば「落ちこぼれ」と言われても仕方がない。


お姉さまは、あまりにも、規格外だったから。




お姉さまは養子に出された。


誰もが、お姉さまに期待した。


皇帝陛下とて、例外ではなかった。


久しぶりに会ったお姉さまは、私を覚えていなかった。


「初めまして」と、微笑むお姉さまに、背筋が凍った。


「お姉さま……?」と震える声で呼びかければ、「慕ってくれて嬉しい」と笑ってくれた。


「レイニー、行くよ」


お姉さまの“お父様”は私を一瞥しただけで、何も言わずに、お姉さまを連れていった。



今なら、はっきり分かる。


――お姉さまの構築に、私は「不要」だったのだと。



あの時は、ただ寂しかった。


けれど、お姉さまは天才だったから。


私は、きっと大きな使命を背負っているのだろうと思っていた。



一緒に遊んでくれなくても。


私の名前を呼んでくれなくても。


それでも、私にとってお姉さまは、たった一人のお姉さまだった。


怪我して泣いた私に、「大丈夫」と言って、おんぶしてくれた。


あの時のぬくもりを、私は覚えている。




当時、大人たちが何をしていたのか、私は知らなかった。


けれど、会うたびに、お姉さまは少しずつ変わっていった。


そして、ある時。


私は、お姉さまを自分の「奇跡の師」に指名した。


強引だったと思う。


「私が妹であることを誰にも言わないでほしければ、要望を叶えてほしい」と迫った。


皇帝陛下はしばし沈黙し――

やがて、それを許可した。


ただし、ひとつ条件があった。


「“あれ”が其方のことを思い出したら、“あれ”を処分する」


冷酷な声音だった。


私はその条件を呑んだ。


お姉さまは、私の師になった。


けれど、私が失敗しても、もう昔のようには心配してくれなかった。


「大丈夫?」と声はかける。

でも、その声音に、心は宿っていなかった。


どうでもよい、そんな風に。


「陛下の命令だから、ここにいるだけです」そう言いたげだった。


変わっていくお姉さまを、私は止めることができなかった。


お姉さまが何をして、何をさせられているのかも知らない。


それでも、「完璧な欠陥品」に作り上げられてゆくお姉さまを見て、私はどうしようもない喪失感に襲われた。




十五の頃、お姉さまと同じ学園に通うことになった。


師としての教授が終わってからは、顔を合わせることもなかったから、久しぶりに会えることに、胸を躍らせた。


けれど。


そこにいたお姉さまは、完成していた。


誰が見ても、完璧だった。


だからこそ、私は確信した。


――もう、お姉さまはいないのだと。


自然と涙が溢れた。




お姉さまが何をしているのか、私は知らなかった。


でも、もし何かがあった時、頼ってもらえる人間でありたいと思っていた。


それは、ずっと変わらない私の願いだった。



そして――

お姉さまに頼られる機会があった。


「任務を手伝ってほしい」と言われたとき、心が跳ねた。


けれど、その期待はすぐに絶望へと変わる。


お姉さまが「暗殺者」であることを、私は知ってしまった。


「人を殺す」――その洗脳は、常軌を逸していた。


知りたくなかった。


お姉さまが、人を殺す存在であるなんて――。


そのために「欠陥品」にされたなんて――。


その事実が、辛くてたまらなかった。


お姉さまが当然のように命を奪う姿を見て、心が張り裂けそうだった。


もっと、普通の人生を歩めたはずなのに。


それが「当たり前」の生活として与えられ、


それを、お姉さま自身が「受け入れた」ことが、何よりも苦しかった。


私は、お姉さまの代わりに泣いた。大声で、泣いた。


お姉さまは困惑しながら、懸命になだめてくれた。


「ごめんね、ごめんね」と、抱きしめてくれた。


私はその腕のなかで、あの日のお姉さまの面影を感じ、さらに泣いた。



「報酬は何でもいいから」と、励ましてくれた。


私は、報酬として――お姉さまを元に戻そうとした。


無理だと分かっていたのに。


今思えば、それはとても浅はかだったと、反省している。


それから、私たちは互いに干渉しなくなった。




月日が流れた。


私のもとにお姉さまから手紙が届いた。


『故に光とならん。我、寵愛の求める先、汝の求める礎となろう』

(ワイルズ公爵家当主の護衛を依頼したい、報酬は望むままに)


お姉さまの久しぶりのお手紙は、暗殺のお手伝いではなかった。


お姉さまとワイルズ様の関係はそのとき知らなかったけれど、私はすぐに情報を集め、準備を整えた。


護衛は、私の得意とする分野だった。


能力は隠密に優れ、急襲にも対応できる。


護衛は、予想よりも簡単に終わった。


それほどの危険は、初めからなかったのだろう。


お姉さまが動けない。


だからこそ、私に依頼したのだと気づいた。


頼られたことが、嬉しかった。


次の報酬は、デートにでも誘ってみようか。そんなことを考えていた。




けれど――

ワイルズ様が遠征から戻る途中、愛鳥が急報をもたらした。


お姉さまが、何者かに攫われた――


そんな、ありえない報せに、私は愕然とした。


あの人が、誘拐される?


そんな未来は想像したことすらなかった。


だからこそ、お姉さまがその力を封じられていると即座に判断した。


危険だった。


情報によれば、すでにお姉さまとワイルズ様は結婚しているらしい。


理由は分からなかったけれど、夫である彼なら、きっと助けに行くと信じた。


私は矢文を放ち、知らせた。


ワイルズ様は、すぐに応じてくれた。


その行動に、私は救われた。



だが、その後の動きはなかった。


何が起こっているのか、分からなかった。


私の奇跡はそう何度も使えない。


でも、あの時のワイルズ様の行動を見たから、信じて待った。


なんとかしてくれると、信じた。


お姉さまが選んだ人なのだから。




植物に訊ねたところ、お姉さまは北へ向かったという。


自分の限界を感じて、出来る調査は限られた。


でも、行き先さえ分かれば、私なら追える。


あとは、ワイルズ様が動いてくれるのを待つだけ。



私が助けるのは、得策ではない。


私が助けていいのなら、皇帝陛下がすでに動いているはずだ。


この事件に奇跡の使用許可が下りていれば、それは容易い。


だから、私が出る幕は無い。



でも、ワイルズ様が助けに行くのなら、その手助けくらいはしてもいいはずだ。



私は、静かに、しかし切実に祈るような気持ちで、待ち続けた。


ワイルズ様が再び動き出したとき、辺りはすっかり夜だった。


無我夢中で駆ける彼に、目的地はないように見えた。


私はすぐに手紙をしたため、子どもに託して届けさせた。


そして、奇跡を使い、植物たちに居場所を尋ねた。


何度の奇跡の使用で、すでに限界は近い。


けれど、私は導く。


どうか――


お姉さまを、どうかお願いします。




その後、これ以上は無理だと判断し、急ぎ帰宅した。


久しぶりの過剰使用による強い倦怠感が残り、しばらくは体力の回復に努めることとなった。


数日後、皇帝陛下より直々の招集が下された。


――お姉さまは、どうなったのだろう。


そのことを知りたくて、私はすぐさま王城へ向かった。


話は、私の予想を遥かに上回っていた。


「"アレ"の“代わり”となれ」


そう告げられたのだ。


さらに話を聞けば、お姉さまは「公爵様の妻となり、護衛する」という任務に就いているという。


そして私は、その“代わり”を務めよと命じられた。


……。


ドクン、と心臓が大きく跳ねた。


まさか――。


「お姉さまは……ご無事ではないのですか?」


私の問いに、陛下は深く息を吐き、「問題はない」と答えられた。


でもその声は、まるで別の何かを呑み込んでいるように感じられて。


私は察してしまった。


「無事」ではあっても、陛下の中で、お姉さまは“良くない結果になった”のだと。


けれど、それでも――

お姉さまが“生きている”ことに、何より安堵した。



なぜ、私なのか。


そう問うのは、愚問だろう。


“代わり”が務まる者など、私以外にいない。



そして、私も、皇帝陛下に絶対の忠誠を誓う者。


【皇帝陛下を裏切らない】

【皇帝陛下にその人生を捧げる】

【任務の遂行こそ、存在価値】



けれど私は、お姉さまほど、そのように育てられてはいない。


皇帝陛下に命を捧げながらも、私は私の人生を歩みたいと思っている。


自分の意志や希望を、条件として陛下に伝える自由が、私にはある。


任務の遂行“だけ”が、私の存在理由ではない。




お姉さまほどには、縛られていない。


けれど、それでも――


皇帝陛下が「命じる」のならば、私はそれに逆らえない。


命じられた任務を、必ず遂行せねばならない。


私は、お姉さまの代わりとして、公爵様の妻となり、その身を護るのだ。


……それでも、どうしても、確認しておかねばならなかった。


「お姉さまは、どうなるのでしょうか?」


私の問いに、答えはなかった。


「お姉さまの身の保証をしてください。さもなくば、この任務はお引き受けできません」


しばしの沈黙の後、陛下は短く告げた。


「……“あれ”次第だ」


それならば、問題はない。


お姉さまは、既に完成されている存在なのだから。




私は、お姉さまの“代わり”となった。


高度な魔道具を装着し、文字通り「お姉さま」になった。


お姉さまとしてその身分を受け継ぎ、その人生を歩むこととなった。


抵抗がなかったわけではない。


元の私は、どうなるのか。


私自身の人生は、どこへ消えてしまうのか。


けれど、皇帝陛下がそう定めたのならば、私はそれに従わねばならない。


()()にとって、皇帝陛下が絶対な事に変わりは無いのだ。




ワイルズ様――いいえ、公爵様は、混乱しておられた。


お姉さまの手を取り、すがるようなその姿に、胸が痛んだ。


私は、お姉さまの姿をしていても、お姉さまではない。



この異常な状態は、すべてが、間違っている。


何ひとつ、解決してはいない。




けれど、陛下はこの契約を破棄なさらぬだろう。


公爵様という存在は、“イレギュラー”なのだから。


私は理解している。

陛下のご意図も、そして私の役割も。


公爵様の私に対する態度は、冷淡だった。


まるで、まったくの他人のように。


構わない。

私も、公爵様も、互いに何も望んではいないのだから。


皇帝陛下が恐れているのはただ一つ。


公爵様がその力をもって、帝に仇なすことがないかどうか。


それが、最優先されるべき懸念事項。


何故なら彼は後天的魔力保持者。


()()の様に、作られていない。


その様に作られていない者が力を持った時、それは何よりも警戒せねばならない。




私は、妻になるためでも、護衛のためでもない。


ただ、公爵様を“監視”する者。


妻という立場も、都合がよいだけ。


お姉さまは、きっと“妻になる”努力をなさったのだろう。


それはそれで、正しいと思う。


けれど、やはりお姉さまは、少し要領が悪いのだ。



私は、できる限りお姉さまの後をそのまま引き継いだ。


アンクライトの一件も、ウェディングドレスの選定も――


お姉さまの希望通りに。


それに対し、公爵様は何も咎めなかった。



おそらく、そんなことはどうでもよかったのかもしれない。


心はすべて、お姉さまに囚われていた。



私も、公爵様も、互いに干渉することなく、すべての行事を淡々とこなした。



そんな日々のなか――


ある日、公爵様が怒り狂った。


私の部屋に侵入し、私を罵倒した。


「お前のせいで……レイニーが、死んだ!」


涙を流しながら、言葉をぶつけてくる。


私はそれを、静かに受け止めた。


哀れで、可哀想な方だと思った。


たった数か月。


お姉さまと共に過ごした、それだけのことで――


これほどまでに人を愛せるものなのか、と。


……流石、お姉さまだ。



お姉さまが“死ぬ”など、恐らくあり得ない。


あのお姉さまが、命を落とすなど――。


そう思ってはいるが、私は真実を告げなかった。


誰に聞いたかは知らない。

だが、教える必要もない。


彼は、公爵様なのだから。


お姉さまを忘れ、新たな人生を歩んでいただきたい。


たとえこの契約が破棄されずとも、貴方は寵愛を向ける先を作っていい。


お姉さまに捕らわれなくていい。


貴方を求める女性は多いのだから。



憎しみと、愛情の入り混じる言葉を吐きながら、涙を流すその人を、私は静かに見つめ続けた。



やがて、公爵様は落ち着きを取り戻し、私の前で深く頭を下げた。


「……取り乱して、すまない。君は……何も悪くない」


「冷静さを欠いていた。不快にさせただろう……本当に、申し訳ない」


その姿に、私は驚いた。


だからこそ、私もまた、敬意を示した。


彼の言葉を受け止め、私はただ黙って見つめ返した。


私は「お姉さま」ではない。

だから、何も言わなかった。


沈黙をもって、彼に寄り添った。


それ以降、公爵様は時折、私の部屋を訪れては、ただ黙って私を見つめるようになった。


言葉もなく、この姿を見に来るだけ。


そのたびに私は思う。


なんと哀れな、可哀想な方なのだろうと。


そして同時に――

お姉さまが、どれほど深く、この方の心に入り込んだのかを思い知った。




そうして一年以上が過ぎた。


私は“公爵家の人間”として、それらしい振る舞いを覚えた。


ただ同棲しているだけ。


そう表すのが最も正確な、この奇妙な生活にも慣れていった。





季節に似つかわしくない、異様に冷え込んだ夜だった。


公爵様と夜を共にすることはない。


夫婦の寝室にて、一人、肌寒さを感じながら床に就いていた。


突然、脳裏に響く植物たちの声。


「侵入者! 侵入者! 危ない! 危険!」


その警告に、跳ね起きた。


ただの訪問者ではない。

植物たちの驚き様が、それを教えていた。


公爵様は、おそらく書斎かご自室。

護らねば――。


そう思って動こうとしたその瞬間。

バルコニーから、控えめな「コン」という音。


……その仕草に、誰であるか、なんとなく察しがついた。


ゆっくりとカーテンを開く。


そこにいたのは――仮面をつけた人物。

赤い短髪が、夜風に揺れていた。


お姉さま――。


その姿を目にして、私は安堵した。


やはり、生きていたのだ。


「何しに来たのか」

「なぜここにいるのか」

「なぜ“今”なのか」

「何があったのか」


何も分からない。けれど――


私は、その行動の意味を、朧げに理解した。



公爵様が、お姉さましか見えていなかったように。


お姉さまもまた、公爵様を想っていたのだ。



中へ招き入れ、私が微笑むと、お姉さまは静かに「ありがとう」と言った。



公爵様のもとへ向かう背中は、ただ一人の男性を想う、年相応の女性のものだった。


“完璧な欠陥品”には、とても見えなかった。






私の役目は終わりか。


皇帝陛下は、このすべてを、どこまで想定しておられたのか。


私に与えられた任務は、お姉さまを、どうなさるおつもりなのだろう。


そのお心までは、私には分からない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ